第337話 オークヴィルの夜と騎士の誓い
「再会を祝して!」
偶然にも再会したマルコ隊商隊長と傭兵団『支える籠手』の面々と、エールがなみなみと注がれた木製マグをぶつけ合う。皆、変わりなく元気そうだ。槍術士のジェフは、少し背が伸びて、体ががっちりしたかな?
「まさかオークヴィルに来ているとは思わなかったな」
「ジブラルタに向かう途中で立ち寄ったんですよ」
「ユーゴーさんも同行されてるんですね」
「ええ、彼女とはマナ・シルヴィアで……」
王都で隊商の皆と別れてからのことを掻い摘んで話しておく。鉱山都市レリダの陥落と奪還、アストゥリアでの不死者騒動、マナ・シルヴィアの内乱。
そして、ジブラルタで動乱が起こると言い残して消えた魔王アザゼルのことを伝える。彼等は年中旅をしているが、本拠地はジブラルタなのだから他人ごとではないだろう。
「何が起こるかわかるか?」
支える籠手の団長、サラディンさんが眉根をひそめる。
「残念ながら、想像もつきませんね……」
アスカからの前情報があっても、暗躍する魔人族の企みを予想できたことが無いのだ。今回はその前情報すらない。海底迷宮で何かが起こるかもってぐらいか?
「皆さんは、最近までジブラルタにいらっしゃったのでしょう? 何か思い当たることはありませんか?」
「うーん、これと言って……。国境を接する聖ルクス教国やセントルイス王国との関係も悪くないしねぇ」
「海底迷宮の方も特に変わったことは聞かなかったな。Aランクの探索者パーティが30層に到達したって話があったな?」
「そっすね。探索者クラン『青の同盟』の剣士フィオレンツォのパーティが、ついに階層主の海竜を倒したらしいっす!」
サラディンさんの問いかけにジェフが答える。
うーん、やっぱり、そう簡単に尻尾は掴めないか。予定どおり海底迷宮を攻略しつつ、情報を集めるしかないかな。
「ふむ……ではアルフレッド殿。よろしければ私の部下をジブラルタに同行させてもらえませんか? ジブラルタの転移陣を利用したことがある者を用意します」
「それは助かります。チェスターで募集を出そうと思っていたんですよ」
マルコさんが隊商の人を俺達につけてくれるそうだ。転移陣を使えるなら、一気に時間を短縮できるな。
「いえいえ。私もジブラルタに残してきた者達に、注意を促しておきたいですから。渡りに船ですよ」
「魔人族が仄めかした、不確かな情報ですが……」
「アストゥリアやマナ・シルヴィアの動向を伝えるだけでも、我々には十分な利益があります。しばらくはアストゥリアからの魔道具が手に入り難くなりそうですから、早めに手を打っておかないといけません」
「なるほど。確かにそうですね」
エウレカは魔道具どころじゃないだろうからなぁ。あの吸魔の魔法陣が使えなくなった今、大混乱に陥ってるいるだろう。生活用水すら魔道具に頼っていたのだから、あの荒野のど真ん中で、それまでと同じ生活水準が保てるとは思えない。
「アルフレッドさん達はやっぱり海底迷宮に挑戦するんすか!?」
「ああ、その予定だよ、ジェフ」
「おー! アルフレッドさん達なら、あっという間に中層に到達できそうっすね! あの鼻持ちならない探索者ギルドの連中にギャフンと言わせてやってくださいよ!」
「探索者ギルド?」
そういえば、さっきも探索者クランがどうだかって言ってたな。聞き流してたけど。
「海底迷宮に潜る探索者を統括する組合よ。ジブラルタでは冒険者ギルドや傭兵ギルドなんかより、よっぽど影響力が強いのよ」
グレンダさんが探索者ギルドのことをいろいろと教えてくれた。
どうやら『探索者ギルド』は海底迷宮専門の冒険者ギルドのようなもので、海底迷宮についての情報提供や魔石・魔物素材などの買い取りをしてくれるらしい。冒険者ギルドも似たようなことをやっているが、探索者ギルドの方が海底迷宮に関する知識や情報の蓄積が豊富なのだそうだ。
海底迷宮でしか手に入らない素材も多く、ジブラルタで流通する魔石のほとんどが探索者ギルドから市場に流れるため、経済的な影響力が大きく、発言力も強い。ジブラルタの王家や貴族の大半が、お抱えの探索者クランに様々な便宜をはかるため、冒険者や傭兵は肩身の狭い思いをしているそうだ。
「大手の探索者クランに入ってるってだけで、低レベルのひよっこが偉そうにしてたりすんのよね」
ふむ……。海底迷宮に潜るなら、探索者ギルドってのに登録した方がいいのかな?
別に冒険者ギルドに義理があるわけでもないし。決闘士の時みたいに、冒険者ランクがある程度高ければ色々と融通を聞かせてくれるかもしれない。
一応、俺とエルサは高ランク冒険者だしな。皆と相談しよう。
「ああ、そう言えば、傭兵団『鋼の鎧』がセントルイスに入ったって話があったな」
ふと思い出したようにサラディンさんが手を叩いた。
「鋼の鎧が?」
ユーゴーの古巣じゃないか。紛争専門の傭兵団だと聞いていたが、なんでまたセントルイス王国に?
「聖ルクス教国で大規模な盗賊団とやりあってたそうだが、あっちは片付いたらしい。王都マルフィを経由して、セントルイスに入ったそうだぞ? どっかの貴族が雇ったんじゃないか?」
ふーん。またウルグラン山脈とかエクルストン侯爵領あたりに盗賊団でも出て来たんだろうか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「楽しかったー!」
「ああ。あんなに集まってくれるとは思わなかったな」
「ほんとに! ジェシー達に会えるなんて思ってもなかったよー」
ジェシーはチェスターでアスカの荷物を強奪しようとした盗賊娘だ。とは言っても、レッドキャップの襲撃で大怪我をした母親や弟達を救うために、止むに止まれずやったことではあったけど。
彼女達にはいくばくかの食料を渡しただけで立ち去ったから、その後どうしているかは気になっていた。チェスターに行ったらスラムにも立ち寄ろうと話していたのだが、なんと武具屋のヘルマンさんと母親のマーゴさんが再婚していたのだ。マーゴさんの元旦那さんが、ヘルマンさんの弟弟子だった縁なのだそうだ。
「びっくりだよねー。でも、ヘルマンさんの男気っていうの? 子供達もまとめて面倒みてやるってかっこいいよねー」
「そうだな。ジェシーも冒険者見習いとして頑張っているみたいだし、安心したよ」
アスカは、レッドキャップ襲撃直後のスラムでマーゴさんや住民達の怪我を癒し、大量の食糧を提供して炊き出しを行った。その行いによって『黒髪の聖女』なんて呼ばれるようにもなった。
だが、スラムの住民達は依然として貧しいままだった。領主である父上に、スラムの窮状を伝え、何らかの保障をして欲しいと要望はしたが、その後のことはわからない。
俺達がやったことは、あくまで一度だけのバラ撒きであり、施しに過ぎない。一時的な延命治療のようなものだ。マーゴさんの怪我を癒して働けるようにはしてあげられたけど、ジェシーや弟のアラン、妹のリタとの生活は苦しいままだっただろう。
「ヘルマンさん、立派だよね……。ノブレス・オブリージュ、力がある人の責任かぁ」
アスカが俺の肩にこてんと頭を乗せて呟いた。『貴族の義務』はちょっと意味が違う気がするけど……まあいいか。
今夜は、以前オークヴィルにいた時に泊まった宿に部屋を取った。偶然にも前と同じ部屋だ。ここのところずっと馬車で皆と過ごしていたから、二人きりになったのは久しぶりな気がする。
「ねえ、アル。ユーゴーのこと、どうするの……?」
アスカの声が僅かに震えている。皆と一緒にいたから聞けなかったけど、ずっと俺に聞きたっかったのだろう。
本当は、俺から話すべきだったよな。ごめん、アスカ。
「……ユーゴーは剣士としてだけじゃなく、全てを俺に捧げるって誓ってくれた。俺はその誓いに責任を持たなきゃいけない。例え、彼女が一方的に誓ったんだとしてもね」
「うん……」
「旅が終わったら……そんなこと想像もしたくもなかったけど……旅が終わったら、俺はウェイクリング家に戻ることになると思う。父上も、母様も、陛下にさえ、そう望まれてるからな……。逃げられそうにない」
「そう……だよね……」
いい加減、先延ばしにするわけにはいかないよな。俺の『想い』を、ちゃんと伝えないとな。
「でも、それは『旅が終わったら』だ」
「え……?」
「アスカがニホンに帰ったなら、俺はウェイクリング家の長子として生きるよ。テレーゼ殿下とクレアと婚姻を結ぶことになると思う。ユーゴーは騎士に叙任して……状況によっては側室に迎えることになるかもな。でも……」
「…………でも?」
「アスカがニホンに帰らないなら、旅は終わらない。俺はずっとアスカの騎士だ」
「あ……」
ユーゴーの全てを受け取った。
ともに生きようと伝えた。
ユーゴーの身命を、預かった。
その言葉を裏切るつもりは無い。
でも、ユーゴーの『想い』には応えられない。
無責任?
そうだな。
でも……俺には俺の『想い』と『誓い』があるんだ。
俺は、アスカの前に立て膝で跪く。あの日の誓いの、やり直しだ。
「アスカ、俺の全てを君に捧げる。死が俺達を別つまで、絶対に君を護り抜くと誓う」
旅が終わったら?
アスカがニホンに帰ったなら?
アスカが、ニホンに帰りたいと望むなら?
俺は…………イヤだ。
「アスカ、行かないでくれ。俺と共に、この世界で生きてくれ」




