第330話 ユーゴー・マナ・シルヴィア
「いや、ちょっ、待っ……」
緩く回していたユーゴーの両腕にギュッと力が入る。互いの身体がより密着し、ユーゴーの豊かな双丘が俺の胸板に押し付けられてふにゃりと潰れる。
いや、ちょっと、ユーゴーさん。この柔らかさ……シャツの下に何もつけてませんね!?
ほら、アスカはいつもセシリィを着けてるからさ、寄せて上げてるから、触れるともうちょっと固いっていうかさ。いや、あれはあれで形がすごく綺麗で、美しく上向いてるし、素晴らしく良いものなんだけどさ!
何も着けてないであろうユーゴーのは、もうなんていうかふわふわなんだよ! それでいて、この圧倒的なボリューム感! 健康的に焼けた小麦色の肌色と襟ぐりから覗くやや白い肌色の差が艶めかしい!
「うぉっ」
ユーゴーにぐいぐいと押され、ベッドの縁に足を取られる。俺の背中に腕を回していたユーゴーと同体になってベッドに倒れ込む。背中からベッドに倒れた俺に、ユーゴーが覆いかぶさった。
「すぅー……」
ユーゴーはそのまま俺に体重を預け、俺の首元に鼻先を押し付けて息を吸い込んだ。
「ちょっ、待てって、ユーゴー」
ちゅぅ……
ユーゴーは俺の首に唇を押し付ける。ねっとりとした触感が首筋を這い、ゾクリと背筋にまで刺激の波が走る。同時に下腹部の疼きが、じわりと熱を持つ。
「待て待て待てっ! ちょっと、一回、落ち着こう!」
いや、落ち着くのは俺だろうと頭のどこかで思いつつも、ユーゴーの両肩を掴んで押し上げる。ふわりと銀髪が舞い、潤んだゴールデンイエローの瞳が俺を覗き込んだ。
普段と変わらず表情に乏しいユーゴーではあるが、その頬には赤みがさし、吐息もやや荒い。毛布を被らないと寒いぐらいの季節なのだが、火照ったユーゴーはうっすらと汗ばんでいた。
「アルフレッド……」
「ダメだ、ユーゴー。俺は、アスカを、裏切りたくない」
ユーゴーの切れ長の瞳がわずかに見開き、ピンっと立った両耳がピクリと揺れる。
こんなにも情熱的に求めてくれたユーゴーに、恥をかかせるのはどうかとは思う。男として黙って受け入れるべきだとも思う。だけど……
「……アスカは、俺達と価値観がまるで違う。一人の男性には一人の女性、それがアスカの価値観だ。央人とも獣人とも、土人や神人とも違う。アスカは俺だけを愛してくれる。俺にもアスカだけを愛することを求めてる。俺は、アスカを裏切りたくないんだ」
あの明るく、屈託のない笑顔を陰らせるようなことはしたくない。情欲に押し流されるようなことは、するべきじゃない。
「アルフレッド……今夜だけでいいんだ」
「今夜だけって……」
一夜だけ、自分を好きにしていいとか……そういうこと?
情欲や衝動のままに俺を求めてるってわけでもなさそうなんだが……。
「アスカのようにアルフレッドの寵愛を求めたりはしない。クレアのように契りを求めたりもしない。今夜だけだ……」
薄く艶やかな唇が僅かに震え、白銀の長い睫毛が揺れる。ユーゴーの瞳から伝わってくるのは、緊張……そして不安……?
「ユーゴー……。恩を返したいからって、身体を差し出してるわけじゃ、ないよな?」
ユーゴーがそっと目を伏せる。
失礼だったかもしれない。でも、ユーゴーは必要以上に俺に恩を感じているようだったから、聞かずにはいられなかった。
「奴隷の身から解放してくれた。母を救ってくれた。深く感謝している。それは確かだ」
「……その気持ちだけで十分だ、ユーゴー。だから」
「それだけではない」
ユーゴーは首を左右に振手、ふうっと浅く息を吐く。
「恩を仇で返し、私はアルフレッドに剣を向けた。それなのに、アルフレッドはいとも簡単に払いのけた。私を傷つけないように、配慮までしてくれた。獣人は強き者に惹かれる。私は、アルフレッドに……強く惹かれている」
「そ、そうか」
面と向かって言われると、照れるな……。そう言えば、アリスとセッポ村長も、獣人族の女性は強い男性を求めるとか言ってたな。
「今夜だけで良い。私を受け入れてくれ。アルフレッドに……抱かれたいんだ」
「ユーゴー……」
「それとも、私を抱きたくないか? こんな筋張った身体は……」
「いや、そんなことはない! ユーゴーは……魅力的だよ」
すらりと引き締まった肢体も、ふっくらと重みのある乳房も、俺の腰の上に乗っている豊かな臀部も。ユーゴーの肉体に惹きつけられない男なんているだろうか。いや、いるはずもない。
「それなら、アルフレッド。私を抱いてくれ。私を、記憶を、塗り替えて欲しいんだ……」
「塗り……替える?」
一転して、ユーゴーの表情が昏く陰る。
「私は……アルフレッドに救われるまで……奴隷だった」
その言葉にハッとする。
ユーゴーの身上のことは知っていたじゃないか。自ら俺の寝所に訪れ、『情けが欲しい』とまで言ったユーゴーの想いを、なぜ察することが出来なかったんだ。
「あの男に……何度も何度も、抱かれたんだ……貞操を散らされ……奉仕を強要され……」
ユーゴーはゆっくりと身体を離し、俺の腰の上で自身を抱くようにして震える。
「ユーゴー……もういい」
「部下の相手をさせられることだって……」
「もういい!」
俺は身体を起こし、ユーゴーの身体を掻き抱いた。ユーゴーはビクッと身体を震わせて硬直する。
「すまない……こんな汚れた身体を抱きたくなんて」
「そんなことはない!」
俺はユーゴーをきつく抱きしめ、小刻みに震える背をゆっくりと摩る。
「汚れてなんかない。君は、美しい」
何分も、もしかしたら何十分も、俺はユーゴーを抱きしめ続け、背を摩り続けた。次第にユーゴーの震えは止まり、俺に身体を預けるようにしなだれかかった。
「アルフレッド……情けを」
「……ユーゴー」
例え情欲や同情だったとしても、人に求められ触れられるだけで救われることもある。分け与えられる体温が、凍てついた心をも暖めてくれることもある。
俺は、それを知ってる。俺を求め、触れてくれたアスカに救われたから。分けてくれた体温に、暖められたから。
烏滸がましいけど、俺が求めに応じれば、ユーゴーも少しは救われるかもしれない。
でも……同時にアスカを傷つけることになる。
「ユーゴー。勝手だけどさ、全ての決着がつくまで、待ってくれないか?」
俺の胸の中で、ユーゴーがピクリと反応する。
「アスカの願いを叶えたいんだ。だから、今はユーゴーの気持ちに応えられない」
でも、願いを叶えたら、アスカとは別れることになる。きっと、二度と会うことは出来なくなる。
目を逸らして、考えないようにしていた。でも、もういい加減に向き合うべきだよな。
「ユーゴーの剣は受け取った。ユーゴーの全ては、俺のものだ。ともに生きよう」




