第327話 交渉
明け方に魔物の奇襲を受け、世界樹に向かい、魔人族や翡翠竜と戦い、マナ・シルヴィアに戻って、風竜の大群を撃ち落とし、また世界樹に戻り、アザゼルと対峙……。さすがに疲れ果てたし、日も落ちそうなので、世界樹の下で野営をすることにした。
世界樹の周囲に漂う霧は、人も魔物も寄せ付けないそうなので安全なはず。リア王達、俺達、さらには魔人族まで出入りしていたから、本当に安全なのかって気もするけど。
アスカがアイテムボックスから取り出したベッド付きの馬車と猫足のバスタブに驚愕するユールを、風呂に入れて着替えさせる。鳥の巣のように乱れていた銀髪と手足を覆う毛をアスカの香油で整え、エルサの服に着替えたユールは見違えるほどに美しくなった。
食事を摂りながら、これからどう行動するかを皆で話し合い、日が落ちるとすぐに眠りにつく。馬車に積んだ2台のベッドはユーゴーとユールに譲り、俺達はテントで休むことにした。
夜間警戒はエースにお任せだ。脚は早いし、馬力はあるし、並大抵の魔物は軽く蹴散らせるほどに強いし、短い睡眠を苦にせず夜間警戒を担ってくれるし、しまいには空まで飛んでしまうエースは本当に頼りになる従魔だ。アリスとエルサに欲情さえしなきゃ、言うこと無いんだけどなぁ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして翌日の早朝、俺達はマナ・シルヴィアへと向かう。レグラム勢は既に、霧に覆われた森の内側に駒を進め、マナ・シルヴィアの四方を取り囲んでいた。
「ユーゴーの予想通り、ゼノ達は戻って来たみたいだな」
「魔物を呼び寄せられない限り、レグラムの勝利はかたい。ゼノは勝機を見逃すような間抜けではない」
「また霧を晴らされるかもしれないって思わないのかね」
「アルフレッド達がリア・レイヨーナを止めたと信じているのだろう」
母親を人質に取られてリア王に従っていたユーゴー曰く、獅子人族勢はレグラム勢の半分程度の兵力しか無いそうだ。レグラム勢をマナ・シルヴィアの平地に誘い込み、魔物を呼び寄せて挟み撃ちにするしか、撃退の方法は無いとリア王は考えていたらしい。
操霧の秘術を失った獅子人族勢に、平地での合戦での勝ち目はほぼ無く、取れる戦術はもう籠城策しか無い。案の定、マナ・シルヴィアの四方の門は固く閉ざされていた。
「補給線を断たれたうえに、援軍も期待できないんだ。とっとと白旗を上げればいいのにな」
「そうだな……」
マナ・シルヴィアの外周には土塁が築かれ、その周りに濠が張られている。南側の土塁の一部は石垣が積まれていて、金属板が張り付けられた頑丈そうな門が据えられていた。
俺とユーゴー、アリスは、その南側の門に堂々と徒歩で近づいていく。俺達の姿は門楼の上にいる兵士達にはとっくに見つかっていた。
「止まれ!」
濠を挟んで向かい側に着くと、兵士達に制止される。跳ね橋が上がっていて、濠を渡ることは出来ないんだから、止まれもクソも無いと思うんだが……。
「何者だ!」
「冒険者アルフレッドだ! リア王に会いに来た!」
兵士達に向かって叫ぶ。俺の名を知っていたようで、兵士達は顔を見合わせ何事かを囁き合う。
「しばし待たれよ!」
俺は仲間を焼き殺した敵でもあるが、群がる風竜を殲滅してくれた恩人でもある。そのためか無視はしないことにしてくれたようだ。
しばらく待っていると、堀の向かい側にリア王が二人の配下を引き連れて現れた。まさか大将自ら出て来るとは思わなかったので、少し驚く。
配下の二人の顔に見覚えがある。世界樹の下にいた獅子人と猫人だろう。猫人がアリスを見てわずかに怯えの表情を浮かべていた。アリスに手足をへし折られていたからな……。
「アルフレッド、風竜の討伐、大儀であった。貴様が希望した報酬は確保してある。だが、今は戦の最中だ。竜素材の受け渡しは、この戦が終わった後にしてもらおう」
確かに戦争の真っ最中に引き渡しなんてする暇は無いだろう。数十体の風竜を撃ち落としたから、アスカがいなけりゃ回収するのも一苦労だからな。
まあ、ここに来た目的はそんな事じゃないんだけど。むしろ、素材を引き渡せと言ったことをすっかり忘れていた。
「報酬の件は後でいい。今日は別件でここに来た」
「ほう? ならば何用だ?」
「降伏を勧めに来た。これ以上の抵抗は無意味だろう?」
俺の物言いに配下二人が殺気立つ。リア王は金と黒の豊かな毛髪を逆立てて、俺を見据えている。
「……獣人同士の縄張り争いに興味は無いのではなかったのか?」
「民の血が無為に流されるのなら話は別だ。レグラム勢に囲まれて補給路を断たれ、ヴァ―サ王国からの援軍も期待できない。『操霧の秘術』を失い、魔物を誘き寄せて挟み撃ちにすることも出来なくなった。もう貴方に打てる手は無い。籠城して二万人の民を飢えさせるつもりか? すぐにマナ・シルヴィアを明け渡すのなら、身の安全を保障するようゼノに掛け合おう」
「好き放題に言ってくれるな……。我らは、侵略者などに屈さぬ」
「何が侵略者だ。20年前に、魔人族に踊らされてマナ・シルヴィアを灰狼族から奪った侵略者は貴方達だろう?」
「ふん……。そう簡単にやられはせん」
「降伏交渉に応じるつもりは無い、ということか? 多くの血が流れることになるぞ」
「くどい!」
残念ながらリア王は交渉に応じるつもりは無いようだ。世界樹の下でやり合った時は、『民だけでも救ってみせる』なんて言ってたから評価してたんだけどな……。それだけ種族間の軋轢は大きいってことか。
「なら……仕方がないな」
俺は火龍の聖剣を抜き、魔力を注ぎ込む。真紅の輝きを放つ聖剣を、腰だめに構えた。
「な……何を」
「門を破壊させてもらう。伏せておけ、リア王。行くぞ……薙ぎ払え――――火龍の聖剣!」
火龍の聖剣から幾つもの炎塊を門扉向かって放つ。幾重にも貼られた鉄板や桟が爆発炎上し、門楼にいた兵士たちが慌てて逃げ出す。
「続くのです! 撃滅せよ――――地龍の戦槌!」
アリスが金糸雀色の輝きを放つ戦槌を、大地に振り下ろす。幾つもの巨大な土の杭が轟音を立てて突起し、門と石垣を食い破る。
アリスがぶんっと戦槌を振るうと、隆起した土の杭が崩れていく。この時点で門と石垣は半壊し、今にも崩れ落ちそうになっている。
「ユーゴー」
「ああ。蹂躙せよ――――風竜の聖剣!」
ユーゴーが淡く紫色の輝きを放つ大剣を振り下ろす。直後、巨大な旋風が巻き起こり、土砂を巻き上げながら門へと進む。塵旋風は幾筋もの風刃を放ち門を切り裂き、門の残骸や崩れた石垣を四方に吹き飛ばした。
「な、な、な……」
腰を抜かしたリア王が、茫然とうめき声をあげる。
「さて、仕上げだ」
俺は頭上に向かって手を振る。上空にはちょうどエースに騎乗したアスカとエルサが到着していた。
「いっくよーーっ! ストーン・ハンマー!!」
濠の上空に来たアスカが、アイテムボックスから大量の石柱を取り出した。石柱は翡翠竜を押しつぶすのに使ったものを、再び回収したものだ。石柱はドボンドボンと着水し、濠を埋めていく。
結果、マナ・シルヴィアの南門は、文字通り跡形もなく消えてなくなった。門があった場所だけ土塁がぽっかりと途切れ、濠は崩れた石柱で埋まっている。
「リア王、交渉に応じるのなら、2時間後に護衛だけを連れて、レグラムの本陣とここの中間地点に出てこい。出てこなければ、四方の門を全て破壊するからな」
俺達の狙いは、双方を交渉の場に立たせて戦争を止めること。武力衝突が起こらなければ、兵が血を流すことも無いし、民が飢えることもない。
獅子人族側が不利な敗戦交渉になるだろうけど、知ったこっちゃない。20年間に及ぶ対立感情とか、種族間の軋轢なんかも知ったことじゃない。
20年前に魔人族の暗躍から始まった北方小国家群の内戦をとっとと終わらせる。力を持つ者として、魔人族から人族を守るために行動する。例えそれが、魔人族という『小』を切り捨てることだったとしても。




