第325話 風龍の間
「【突風】!」
真っ直ぐに束ねられた暴風が風竜にぶつかる。風竜はバランスを崩したものの、地表から飛び立とうと羽ばたいている時とは違って、これだけで墜落するようなことは無かった。
「【岩槍】!」
「アギャァッ!」
空中で体勢を立て直そうとする風竜に、エルサの魔法が直撃する。槍は翼の皮膜を破り、肩甲骨のあたりに突き刺さった。
俺の魔法にタイミングを完璧に合わせてくる、この巧さ! さすがはエルサだ。
「【岩槌】!」
片翼を動かせなくなり、ぐるぐると回転しながら落下していく風竜に追撃を放つ。地表に墜落した直後に、石柱がその巨体を圧し潰す。
「また落ちたぞぉっ!!」
「すげえっ! なにもんだアイツら!」
「いいからトドメを刺すぞ! 急げ!!」
地面に落ちて飛べなくなった風竜など、ただのデカいトカゲだ。マナ・シルヴィアを守る猫派の兵士や傭兵達に寄ってたかって殴られて絶命していく。
「次、行くぞ!」
「ええ!」
「ヒヒーンッ!!」
まさに天高く嘶いたエースが空を疾駆する。あっと言う間に、近くを飛んでいた次の風竜に肉薄した。
「アギャァッ!」
風竜もただ黙って撃ち落とされるわけでは無い。風刃を放ち、エースごと切り裂こうとする。
だが、エースは脚運びの緩急と方向転換でいとも簡単に躱してみせた。
「【鉄壁】!」
それでも避けきれない風刃は、俺が魔力盾で防ぐ。エースも『あ、これ避けきれないわ。よろしく、ご主人サマ』と、迫る風刃を目前にしても走る速度を緩めもしない。信頼してくれているようで嬉しいね。
ちなみにエースと言葉のやり取りが出来るわけじゃないから、セリフは俺の妄想だ。なんとなく、そう思ってそうな感情が伝わって来るだけだ。
いちおう俺の従魔だから『ご主人サマ』とセリフを当ててみたが、エースの感情を言葉で表すとすれば『頼むね、アル!』ってのが正確かな。従魔にした当初は『お願いぶたないで』って感じの畏怖しか伝わってこなかったから、だいぶ信頼を築けたと思う。
なおアスカに対しては『お姉さま!』、アリスには『かわいいかわいいほんと好き』、エルサには『きれい良い匂い』って感情が流れて来る。どんだけ女の子が好きなんだよ。牝馬のはずなんだけどな、コイツ。
「【岩弾】! 【岩弾】! 【岩弾】!」
エルサが第一位階地魔法を連発して、動き回る風竜を追い込んでいく。
「【岩槍】!」
エルサの岩弾で誘導されたところに置きに行くつもりで放った岩槍が、風竜の腹部に突き刺さる。
「アルッ! 合わせるわよ!」
「おうっ!」
「イチ、ニィ……
「【突風】!!」」
全く同時に放った突風は相乗効果で威力を増し、巨大なハンマーで殴りつけたかのように風竜が弾け飛ぶ。
「続けて爆炎! 射角、合わせて!」
「ああっ!」
「【爆炎】!」
「【爆炎】!」
エルサに続いて、俺も爆炎を放つ。山なりの軌道を描いて飛翔する二つの魔力球が、翼を慌ただしく動かして暴風から逃れた風竜に狙いたがわず命中した。
ズガァンッ!!
「アギャァッ!」
爆発炎上し落下していく風竜。
すごい! 吹き飛んだ風竜が、暴風から脱する地点すら予測したって言うのか!?
まさに大魔道士だな……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あっ、見て! アル!」
最後の風竜を撃ち落とし、ほっと一息ついたところで、エルサが森を指さした。
「おお……無事に『操霧の秘術』ってのが発動したみたいだな」
それは幻想的な光景だった。
マナ・シルヴィアを包む森を真っ白な霧が森を覆い隠していき、舞い上がる輝く粒子が陽の光を乱反射する。空の上から見ると、虹色に輝く雲が海のように広がっているように見えた。
「なんて美しい……」
「ああ。これで、マナ・シルヴィアの民の営みを守ることは出来たかな……?」
「ええ、きっと」
俺の腰に腕を回していたエルサが背に寄り掛かり、甘い香りが鼻翼をくすぐる。
戦いに集中していたため気にしていなかったが、そう言えばエルサと二人乗りしたのってこれが初めてだったな。エースに三人乗りする際に、小柄なアリスを抱きかかえたり、アスカにしがみつかれたりするのとはまた違った感触に、否応なく心音が高鳴る。
「い、いったん降りようか。エースに魔力回復薬を飲ませてやりたい」
「そうね」
マナ・シルヴィアの濠の周りをぐるっと回りながらゆっくりと高度を下げ、エースが地表に降り立つ。ざっと見たところ、森から侵入した魔物達や俺達が撃ち落とした風竜の討伐は済んだようで、兵士達は疲れ果てて、その場に座り込んでいた。
「【静水】。ほら、たっぷり飲め、エース」
鞍に括りつけていた布バケツに水を注ぎ、魔力回復薬を混ぜる。エースはかなり喉が渇いていたようで、ガブガブと水を飲み干している。
「なあ、さっきの騎士ってもしかして……」
「ああ、森で俺達に火を放った魔法使いだ」
「なんで敵兵が……」
「向こうを裏切ったんじゃないのか?」
遠巻きに俺達を窺っていたマナ・シルヴィアの兵士達がざわめく。まあ、そりゃそうだよな。俺は彼らの仲間を焼き払った憎むべき敵なのだ。救援に駆け付けて風竜を次々と撃ち落としたのも見ていただろうから、どう対応すべきか迷っているみたいだ。
すると兵士達の中から、重厚な板金鎧を身に着けた獅子人族の戦士が歩み出て来た。
「先ほどは救援、感謝する。冒険者アルフレッド殿と見受けるが、如何に」
戦士が兜を取り、毅然とした態度で誰何した。
「ああ。その通りだ」
「……貴殿は敵方についていたかと記憶しているが、何ゆえ此方に?」
「リア王から魔物の討伐依頼を受けた。こちらへは、まだ戻っていないのか?」
「陛下はご無事か?」
「ああ。じきにここに戻って来るだろう」
「そうか……。ならば、貴殿は味方と判断して良いのか?」
「……リア王から受けた依頼はマナ・シルヴィアに迫る魔物の討伐だ。依頼完遂の報酬を貰うまでは、味方と言えるかもな」
依頼次第の関係であり、どちらの陣営にも属していないと言外に示す。戦士は意図を正確にくみ取ってくれたようで、やや表情を緩めて頷いた。
「報酬として全ての風竜素材を要求する。リア王に伝えておいてくれ」
「ふっ、冒険者らしいな。承知した」
戦士は身を翻して去って行く。俺達もエースの背に乗り、アスカ達のもとへと戻ることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、あれかしら」
再び空を駆けて世界樹への元へと戻った俺とエルサは、根元へと続くという洞を発見した。根と根の間にぽっかりと空いた穴は、地下へと続く階段が敷かれている。
階段を下りていくと、地下には長方形の空間が広がっていた。部屋の奥には祈る女性の像があり、四方の壁には複数の魔法陣が描かれている。
もはやお馴染みとなった、真っ白な石材が敷き詰められた空間の真ん中には、翠玉に似た透明な六角水晶の塊が鎮座している。
「アスカ!」
風龍ヴェントスの魔晶石の前に、アスカ、アリス、ユーゴー、ユールの四人が倒れ伏していた。




