第324話 空中戦
「まんまと逃げられたか」
ジェシカは暗殺者の加護持ちだ。姿を一度でも見失うと、遮蔽物の多い森の中で彼女を見つけ出すことは難しいだろう。身のこなしを見るに、俺よりも動きが速そうだし。
それにしても……アイツも魔法を使うのか。さっきのはたぶん、風属性の上位魔法だよな。
ロッシュやフラムと同じく、風竜ヴェントスの魔晶石から何らかの方法で力を奪ったのだろう。【暗殺者】でありながら、風魔法の達人ってことか。
「厄介だな……」
ジェシカも暗殺者スキルの【瞬身】と風魔法【風装】を重ねがけ出来るってことだ。あの速さを、さらに強化されたら手がつけられないな。
「ア、アルフレッド……苦しい……」
「え? あ、すまない!」
慌ててエルサの細い肩にまわしていた腕を解く。咄嗟のことだったとはいえ、エルサを胸に掻き抱いたままだった。
手を貸して立たせると、石鹸の香りと汗の匂いが入り混じったような甘い香りがフワっと漂う。ドクドクッと心臓が早鐘を打った。
「あ、ありがとう。助かったわ」
「え、あ、ああ。間に合って良かった。怪我は無いか、エルサ?」
「ええ、だ、大丈夫よ」
エルサが真っ赤に染まった頬を逸らしながら答えた。その様子を見て、俺も顔が熱く火照り出す。
「アル!」
アスカとエースが、ゆっくりと旋回しながら下りて来た。エースが地表に降り立つと、肩あたりから生えていた一対の透明な翼がスゥっと消えた。
「アスカ、エース、無事か?」
「うん、大丈夫。ねぇ、すごかったね、エース! ほんと、びっくりしたー!!」
「ああ、良くやってくれたな、エース。なんだったんだ、さっきのは?」
「ブルルゥッ!」
「【天駆】ってスキルみたい! いつの間にかレベルが30を超えてたの!」
俺の場合はスキルの熟練度を上げることで新たなスキルを覚えてきたが、普通の人はレベルを上げることで新たなスキルを覚える。一般的に5の倍数に至った時に新たなスキルを習得することが多いそうだ。
加護やスキルレベルが存在しないという違いはあるものの、魔物であるエースも人種と同様にレベルの上昇によってスキルを得ていくみたいだ。今回は絶妙なタイミングでレベルが上がり、正に今欲しいスキルを得てくれた。いささか出来過ぎのような気もするぐらいだ。
なお、エースがどんなスキルを習得できるのか全く分からない。魔物のスキルについてはアスカも知らないそうだ。
以前、王都の魔物使いギルドで聞いてはみたが、軍馬なんかのよく使役されている魔物ならいざ知らず、エースのような幻獣についてはほとんど資料も無いそうで、むしろ教えて欲しいと言われてしまった。そう言えば処女を囮にするってことも知らなかったぐらいだしな。
「アルフレッド!」
アリスとともに、ユールの手を引くユーゴーが駆け寄って来る。そうだ、今はやるべきことをやらなくては。
「リア王達は?」
「マナ・シルヴィアに向かった」
「そうか……」
俺はどう動くべきか考える。さっきまでは、森の霧を晴らしてからマナ・シルヴィアの救援に行くつもりだったが……。
「エース、さっきのスキル、まだ使えるか?」
「ブルルゥッ!」
従魔契約をしているためか、俺はなんとなくエースの言いたいことがわかる。『問題無い! 任せて!』とでも言っているような、心強い思念がエースから伝わって来る。
こういう時は従魔契約しといて良かったと思うな。アリスやエルサの股座に顔を突っ込んでる時の興奮なんかも伝わってくるから、良いことばかりではないのだけれど。
「みんな、俺とエースだけ別行動を取りたい。【天駆】のスキルで森の上を越えて行けば、マナシルヴィアに早く戻れると思うんだ」
霧を晴らすには世界樹の下にある『龍の間』で、ユールに『操霧の秘術』とやらを使ってもらわなくてはならない。時間稼ぎを狙っていたジェシカがあっさりと退いて行ったことから、秘術にはそれなりの時間がかかると思われる。
秘術の方はアスカ達に任せて、俺だけでも一足先にマナ・シルヴィアに向かい、群がる風竜を蹴散らす。巻き込まれた住民達を救うためには、それが最適解だろう。
「アスカ、ユールさんと一緒に『龍の間』に向かってくれ。アリスとエルサはアスカの護衛を頼む」
「うん、わかった。そうした方が良さそうだね」
「了解なのです」
俺がそう説明するとアスカとアリスは二つ返事で頷いてくれた。
「ちょ、ちょっと待って。私もそっちに連れて行って! エースなら私とアルフレッドを一緒に乗せられるでしょう? きっと役に立つわ」
「ん……エース、どうだ?」
「ブルルゥッ!」
問題無いと返すエース。
空を飛ぶ風竜の群れと戦うとなると、中長距離での魔法が攻撃の中心となるだろう。だとすると俺よりも魔法の腕が良いエルサも連れて行った方がいいだろう。
「さっきみたいな無様はさらさないわ。お願い、アルフレッド」
魔人族がどう出てくるかわからないから、出来ればエルサにもアスカの護衛として残ってもらいたいのだけれど……。民を救い、魔人族の企みを挫くには、そうすべきか。
「わかった。エルサ、一緒に行こう。ユーゴー、知っての通りアスカは回復術に長けている。秘術を行うユールさんの助けになると思う。ユールさんと一緒に、アスカも守ってやってくれ」
「もちろんだ」
エルサとユーゴーが力強く頷く。
「よし、アスカ、あとは任せた。頼むぞ」
「うん!」
俺とエルサはエースに飛び乗り、アスカ達は世界樹に向かって駆けだした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「見えた! まだ粘ってる!」
半透明の翼を出したエースは、森の上空を真っ直ぐに駆け抜け、来た時の半分以下の時間でマナ・シルヴィアへと辿り着いた。
エースが空を駆け、蹄の音が鳴る。
どうやら【天駆】は空気を蹄でとらえることがことが出来るスキルのようだ。どういう原理なのかは分からないが、エースは空中に走る道が見えているような感覚を持っているみたいだ。
まあ、考えてみれば【火球】一つとってみても、どういう原理なのかなんてよくわからない。加護に語りかけ、自身の内側を巡る魔力に想いを乗せ、火球という形に変えて打ち出す……ぐらいにしか説明ができない。エースの場合は、魔力を足場に変えて蹄の下に生み出している、といったところだろうか?
この透明な翼は広げた状態であまり動かしていない。方向転換する時や高度を変える時に翼の角度を変えてるから、風をとらえて姿勢を安定させるために使っているみたいだ。なんとなく優雅に空を舞う大鷲の翼に似ている気がする。
「街中に民間人の姿は見えないわ。戦いの最中だったから、元から隠れていたのかしら」
「よし、それなら多少は派手に動いても大丈夫そうだ。街の外に誘き寄せて、片っ端から撃ち落とすぞ!」
土塁の上で風竜に矢や魔法を撃っていた兵士達が、俺達に気付いて慌てている。翡翠龍に乗ったジェシカの姿を見た者もいるだろうから、もしかしたら魔人族の一味かと思われているのかもしれない。なら、誤解をさっさと解かないとな。
「行くぞエルサ!」
「ええ!」
「【突風】!!」
「【岩槍】!!」
俺が発動した暴風で風竜を街の外側へと弾きだし、直後にエルサの放った岩槍が翼の根元に突き刺さった。




