第323話 天駆
「…………はぁ?」
目の前の信じ難い光景に、思わず間抜けな声が漏れ出た。
エースの肩あたりから半透明の白い翼が生えていた。エースは、まるでそこに目に見えない道でもあるかのように空中を蹴り、半透明の翼を大きく広げてゆっくりと羽ばたかせて空を駆け上っていく。
「あははははっ!! すごい、すごい、すごーい! エース、やばー!!」
エースの背に跨っているアスカが、高らかな笑い声をあげて興奮している。
いや、どういうことだ? エースのスキルなのか!?
でも、ついこの間、ステータスを確認したが、そんなスキルは無かった。エースが持っていたスキルは、刺突・帯電・威圧・紫電・硬化の5つだったはず。
【刺突】は鋭い螺旋角を用いた突進攻撃で、【帯電】は身体に雷属性魔法を纏わせて触れるものに感電によるショックと一時的な麻痺の追加効果を与えるスキルだ。
【威圧】は格下の敵に恐怖を抱かせ戦意を喪失させるスキル、【紫電】は第五位階の風魔法、雷属性の攻撃魔法だ。そして【硬化】は自身の防御力と魔法耐性を向上させる効果を持つ。
空を駆けるスキルなんて持っていなかったはずなのんだが……。
あ、もしかして、レベルが上がったからか?
『トレントの樹液』を集めるために、ここら辺に生息していたトレントを根絶やしにする勢いで狩っていたし、さっきも相当数のオークやフォレストを倒していた。つい最近までレベルは20台後半だったと思うが、もしかしたら30の大台に乗って、新たなスキルを得たのかもしれない。
状況も忘れてそんなことを考えていたら、翡翠竜が翼を羽ばたかせて空を駆けるエース達の方へと向かった。巨大な翡翠竜が、なぜあんなに軽やかに飛べるのかも分からないんだよな。たぶん風魔法を使っているんだろうけど……
ってそんなこと考えている場合じゃない。
「【岩槍】!」
駆け上って来るエースに気を取られていたのか、翡翠竜に初めて魔法攻撃が命中する。岩槍が翼の皮膜を突き破り、翡翠竜はバランスを崩し僅かに降下した。
続けて岩弾を連発し、翡翠竜の注意を俺に引き付ける。翡翠竜はまたしても翼をはためかせて俺の魔法から逃げ回った。
「アルーッ! 翡翠竜をあたし達の下に追い込んで!」
いつの間にかエースは翡翠竜よりも高くに駆け上っていた。
なるほど、頭上から圧し掛かって翡翠竜を地面に落とす作戦か!
「了解っ! 【岩弾】!」
俺は翡翠竜の逃げ道を塞ぐように、魔法を放つ。エースも俺の反対側から雷撃を放ち、翡翠竜を世界樹の方へと追い込んでいく。
翡翠竜も風の刃を放って反撃してきたが、この距離なら俺もエースも回避するのは容易い。次第に翡翠竜は逃げ回るだけとなり、俺とエースが左右上下から放つ魔法に逃げ場を失くしていく。
「【大岩槍】!」
敢えて避けやすいように放った岩槍を、翡翠竜が翼をバサっと羽ばたかせて急旋回する。逃げた先は狙い通りに、エースの直下だ。
「きたーっ! いくよっ! ストーン・ハンマー!!」
突如、周囲が薄暗くなる。
頭上に石柱が出現したためだ。それも空を埋め尽くさんばかりの、大量の石柱が。
なんだ、これは!? アスカが【岩槌】の魔法を使ったのか?
いや、【岩槌】は目標の頭上に石柱を落下させる地属性攻撃魔法だ。岩槌で創り出すの石柱は一つだけ。こんな大量な石柱では……
ってヤバい! 巻き込まれる!!
「うおおぉぉぉっ!!」
「アギヤァァッッツ!!」
俺は即座に翡翠竜に背を向けて、その場から全速力で逃げ出した。
ゴゴゴゴォォォォッツ!!!
大地が割れてしまうんじゃないかと思うぐらいの轟音が鳴り響く。
必死で走り、音が鳴りやんだところで立ち止まって振り向くと、世界樹の前の地面に多数の石柱が突き刺さり、崩壊した石柱の瓦礫の下で翡翠竜が圧し潰されていた。
おいおいおい……。Aランクの上級竜種を一撃かよ。
「いやったぁー!! アスカ、ウィーーン!!」
エースの首にかじりつきながら、アスカが歓喜の声を上げる。
……あ、そっか。
収納していた石柱を一気に【アイテムボックス】から取り出したのか。そう言えば、エルサが熟練度稼ぎのために大量に創った石柱を、質量兵器がどうとかって言って収納してたな……。
アスカのアイテムボックスの容量は、同じ物なら99個だ。つまり【岩槌】数十回分の威力があるってことか? だとしたら上級竜種が耐えられないのもわかる。
っていうか、こんな危険な攻撃をするなら、先に言ってくれよ……。死ぬかと思った。
「ブルルゥァッ!!」
「くらうのですっ!!」
怒声が聞こえて振り向くと、アリスが振り下ろした戦槌と狂獣がカチ上げた巨大な角が激突するところだった。アリスは激突の衝撃で弾かれ、狂獣もまた大きくよろめく。
「はあぁぁっ!! 【漆黒の諸刃】!」
その隙を逃さず踏み込んだユーゴーが、漆黒の魔力を纏わせて大剣で刺突を放つ。首元から大量の鮮血が噴き出し、狂獣が崩れ落ちる。
良かった。さすがはアリスとユーゴーだ。
ユールとリア王達も無事のようだな。少し離れたところにいてくれて助かった。あの石柱に巻き込まれていたら、どうしようかと思った。
あとは、ジェシカだけだ。エルサは……?
「【火球】!【岩弾】! いつまで逃げ回るつもりなの!?」
いつの間にかエルサとジェシカの戦いの場が離れていた。相変わらずジェシカは攻撃もせずに駆け回っていて、エルサの放つ高速の第一位階黒魔法を躱し続けている。
「ん。ここらが潮時なの」
ジェシカがフワっと跳びあがり、世界樹の太い枝に着地する。
「待ちなさい!」
「お断りするの。ジェシカは勝てない戦いはしないの」
ジェシカはそう言ってさらに高い枝へと飛び移り、双剣を交差させて頭上に掲げた。同時に纏う魔力が膨れ上がっていく。俺どころかエルサさえ凌駕する強大な魔力の波動が吹き荒れる。
「まずいっ! エルサッ、伏せろ!」
「えっ?」
俺はそう叫んで、【水装】と【不撓】を重ね掛けしつつ、エルサに駆け寄った。
「【戦神の雷槌】!」
「【大鉄壁】!」
俺はエルサを掴んで胸の中に抱え込み、渾身の魔力を注ぎ込んで魔力盾を展開する。それとほぼ同時に、ジェシカが魔力を解き放った。
目の眩むような閃光が、腕の中に抱え込んだエルサの銀色の長髪を青く染める。
ズガァァンッ!!
轟音が、まるで地震のように大地を揺らす。降り注ぐ雷撃が質量を持っているかのように魔力盾に圧し掛かった。
「ぐっ……」
必死で盾に魔力を注ぎ込み、雷撃に耐える。
数瞬後、ふっと圧力が薄れ、眩んだ目が戻った時には、既にジェシカの姿は無く、辺りはしんと静まり返っていた。




