第320話 抱擁
「ハァッ!!」
ユーゴーの振るう大剣を、円盾を傾けて受け止め、間髪入れずに聖剣を右薙ぎに振るう。
「ッシィッ!!」
大剣を受け流されて体勢を崩したユーゴーは、敢えて前方に倒れ込むことで俺の斬撃を躱した。
「【風衝】!」
「グァッ!!」
俺の懐に飛び込んだユーゴーはそのまま体当たりを仕掛けようとしたが、俺の魔法発動の方が一瞬早かった。真正面からカウンター気味に空気の塊をぶつけ、ユーゴーを派手に吹き飛ばす。
「【紫電】!」
「クッ!!」
転がったユーゴーに追撃の雷撃を放つも、地を蹴って躱されてしまう。
「ちっ……」
受け流したというのに盾を持つ手を痺れさせる膂力。それだけではなく俊敏さもかなり高い。紫電すら回避してしまうなんて、相変わらず尋常じゃ無い身体能力だ。
第五位階の風魔法【紫電】は、【火球】や【岩弾】などの第一位階の魔法よりも詠唱に時間がかかる。だが、発動後の目標への到達速度は攻撃魔法の中で最も速いのだ。
第五位階の魔法は修得まで熟練度を上げている。詠唱速度もかなり早くなっているってのに……。逃げ場がない程の広範囲の魔法でも無い限り、ユーゴーに魔法を当てるのは難しいかもしれない。
ユーゴーは獣人族の特有の加護である【獣戦士】の加護を授かっている。近接戦闘に秀でた加護だそうだが、魔力や魔法耐性はそう高くないはずだ。
麻痺や気絶の追加効果がある【紫電】を当てられれば、一瞬で無力化できると思ったんだが……当たらなければどうしようもない。即発動できる第一位階の魔法なら、近接戦闘でも当てようがあるんだけどな。
「【瞬身】! 【風装】!」
ならば、近接戦闘で戦うしかない。俺は敏捷性を上げるスキルと魔法を重ね掛けし、暗殺者の加護補正による高い敏捷性を約2倍に引き上げる。
「【戦場の咆哮】!」
同時にユーゴーも身体強化スキルを発動した。ゼノによると【戦場の咆哮】は、膂力と敏捷性を高めるとともに、発動時に敵を萎縮させる効果があるそうだ。
俺の手持ちスキルで言えば【烈功】と【瞬身】、【威圧】を同時に発動するようなもの。かなり高性能なスキルだ。
「【牙突】!」
一瞬でユーゴーに接近し、聖剣を突き出す。だが、ユーゴーは俺の攻撃を読んでいたかのように反応し、横に半歩ずれるだけで躱してみせた。
「ハァツ!」
ユーゴーが繰り出した突き返しを、円盾を扇のように動かして防御する。
「はぁぁぁぁっ!」
「ハァァァァッ!!」
互いに息つく暇もない程に剣を打ち合う。ギィン、ギィンッと剣と剣がぶつかり合う音が鳴り響く。早さに勝る俺が手数では圧倒しているが、俺の攻撃はことごとく受け止められた。
【獣戦士】は、膂力と敏捷性に優れ、体力や防御力もそれなりに高いとは聞いていた。だが、ユーゴーの倍以上の敏捷値をもって振るう剣撃が、こうも見事に捌かれるとは思わなかった。
これが『怒れる女狼』と呼ばれる凄腕の傭兵の実力か。積み重ねた対人戦の経験から、俺の攻撃を読み切っているのだろうか。
そのまま数十秒打ち合いを続け、身体強化の効果時間切れ寸前にバックステップで距離をとる。
いったん、仕切り直しだ。
「……腕を上げたな、アルフレッド」
「俺の加護は、特殊だからな」
「神龍ルクス様の思し召しか?」
肩で息をしながらユーゴーがにやりと笑う。
『神龍の思し召し』ね。そう言えばユーゴーと旅をしている時は、事あるごとにそう言って誤魔化していたっけな。
「ユーゴー、どうしても引くつもりはないのか?」
ここまでの戦況は、ほぼ互角。
だが、俺はさらに身体強化を重ねることが出来る。おそらく素の膂力はユーゴーの方が上だが、スキルと魔法の重ね掛けで強化すれば、その差は覆る。
敏捷性は俺の方が遥かに高いし、【喧嘩屋】のスキル【気合】や治癒魔法で体力回復を図ることも出来る。既に体力を消耗し、肩呼吸をしているユーゴーに勝機は無い。
もう、訓練でコテンパンにやられていた頃の俺ではないのだ。
「残念ながら、な」
ユーゴーほどの戦士なら、力量差は感じ取っているはずだ。それでも引かないと言うのなら、止むに止まれぬ事情があるんだろう。
だが、こっちも早急にリア王を討ち、灰狼族ユールに世界樹の霧を元に戻させないとならない。それを阻むユーゴーを討つことを躊躇っていたら、マナ・シルヴィアは滅んでしまうかもしれない。数万人の無辜の民の命とユーゴーを天秤にかけるわけには……
「そうか……なら、本気で行くぞユーゴー」
烈攻・瞬身・水装・風装……と立て続けに身体強化スキルを発動する。
「来いっ! ハアァァァッ!!」
ユーゴーが雄叫びを上げて大剣を構える。
「【魔力撃】!」
炎を纏わせた聖剣を右薙ぎに振るい、躱される。続けて盾撃で突っ込み、カウンターで振り下ろされた大剣を弾き返す。
仰け反ったところに斜めに聖剣を斬り落ろし、追撃する。大剣で受け止められるも、ユーゴーは身体を大きく泳がせる。
「ハァッ!」
体勢を崩したユーゴーに、斬り上げを放つ。大剣を弾き、両手ごと跳ね上げる。ユーゴーは諸手を上げた状態になり、上体がガラ空きになった。
「隙ありっ!」
俺は、息をもつかせずユーゴーの懐に飛び込み……
きつく抱きしめた。
「な、なにを……!」
「しばらく寝てろっ! 【紫電・改】!」
ユーゴーの背中に当てた手から紫電が迸る。当然、ユーゴーだけでなく俺にも高圧の電撃が駆け巡る。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッ!!」
「うっぐぅぅっっ!!」
突き刺すような痛みが全身を覆う。気を抜くと一瞬で意識が飛びそうだ。
「ア、ア、アァ……」
アッシュグレーの髪が逆立ち、全身に走った稲妻模様の火傷からプスプスと煙が上る。ゴールデンイエローの瞳がぐるんと回り、意識を失ったユーゴーは全身の筋肉を弛緩させ俺にもたれかかった。
自分で放った魔法とは言え、直撃すると威力が強すぎるな。【水装】で魔法耐性を強化していなかったら俺自身もやばかった……。魔法耐性の低いユーゴーじゃあ、ひとたまりもないだろう。
ユーゴーを殺さずに無力化するには、この方法しか思いつかなかったんだ。
第五位階の魔法、【火柱】・【瀑布】・【紫電】・【岩壁】は修得に至ったとしても数秒の詠唱時間を要する。詠唱の挙動を察知されたら、敏捷性が高いユーゴーに中長距離から当てるなんてとても無理だった。
ならば近距離から当てればいい……のだが、斬撃が雨のように降る間合いで、のんびり詠唱する隙なんてあるはずもない。
ということで、近接戦闘でユーゴーを追い込み、最大の隙を作ったところで一気に懐に飛び込み、体幹を拘束して大剣を振れなくしたうえで、自分もろとも紫電を食らわせることにしたのだ。
刺突で腹を抉られると思ったら急に抱き着かれたことで、さすがのユーゴーも混乱したようだ。拘束したとたんに、びくっと硬直してくれたから、余裕をもって電撃を食らわせることが出来たよ。
それにしても、なんとか殺さずに済んで良かった。これで、ユーゴーとの通算対戦成績は2勝30敗だ。




