表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士とJK  作者: ヨウ
第七章 瘴霧の大森林マナ・シルヴィア
321/499

第316話 奇襲

「霧の先の平地に敵兵の姿はありません。マナ・シルヴィアの環濠内に撤退したものと思われます」


「マナ・シルヴィアの南東から南西の森に、伏兵はおりません。北側へも偵察隊を放っております。今しばらくお待ちを」


 偵察から戻って来た鳥人(バードマン)犬人(ワードッグ)の斥候がゼノに報告する。鳥人は空の上から平地を、犬人は空からでは見通しにくい森の中を探ってきたようだ。


 マナ・シルヴィアはレグラムと同じように平地の中心に市街を設け、その周りを濠と土塁で囲っている。約2万人ほどの人々が生活する、シルヴィア大森林では最も規模の大きい都市だ。濠の周りには稲や麦の畑が広がり、さらにその周りをシルヴィア大森林が包んでいる。


 森に漂う霧を抜けた先の平地には、獅子人族(ライオス)の兵達が待ち構えているものと思っていたが、敵兵の姿が見えないらしい。森の中に伏兵を潜ませている様子も無いのであれば、本当に兵を市街の中に引いてしまったのだろう。


「どういうつもりだ……? 平地で雌雄を決するつもりではなかったのか。籠城などしたところで不利になるだけだというのに」


「援軍が期待できる……とか?」


 籠城戦を選ぶということはそういうことだろう。そうでなければ街道以外にまともな補給路が無いシルヴィア大森林で、そんな策を採るはずが無い。


「援軍を出すとすれば猫人族(キャットマン)が治めるヴァーサ王国ぐらいだが、ヤツらは犬人族(ワードッグ)のポリ公国との争いで、こちらを援助する余裕などないはずだ」


「小規模な部落が駆け付ける可能性は?」


「獅子人族に与している牛人族(タウロス)羊人族(ゴートマン)の兵は、すでに獅子人族と合流している。集落に残っている者達に、援軍を送る余裕などないだろう」


 となると、相当量の備蓄があり、消耗戦の方が勝機があると思ったとか? 2万人の人口を抱える環濠都市だと言うのに? 


 ここまでレグラム勢は神速といってもいい進軍速度でマナ・シルヴィアに至っている。アスカが糧秣の半分以上を持ち運んだことを知らないのだから、無茶な進軍をしたレグラム勢に継戦能力は無いと踏んだとか?


「……とは言っても奴らの補給線は断たれ、長期戦になれば俺達は兎人族(バニー)鼠人族(ラットマン)の集落から補給することも出来る。下策だとわかりそうなもんだがな?」


「なら、どうするんだ?」


「敵が自ら泥沼に沈んでくれるなら楽でいい。この機を逃す術は無いな。何か策を弄していたとしても蹴散らしてやるさ」


 ゼノはそう言って不敵に笑った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 それから数時間後、レグラム勢は一切の妨害をされることなく進軍し、マナ・シルヴィアの四方を取り囲んだ。敵兵からすれば、これほどの速さで取り囲まれるとは想像もしていなかっただろう。


 ここまでの道中で信頼を得ていたアスカが、全ての糧秣と武具などの軍需品を一時的に預かったため、レグラム勢は異常な速さで四方に展開することが出来たのだ。


「よっ、お帰り。配達ご苦労さん」


「まいどあり。配達料金は大銀貨4枚だ」


「たけぇな。もう少し、まかんないか?」


「なら大銀貨5枚でどうだ?」


「高くなってんじゃねえかよ」


 俺とアスカはエースに跨り、預かった軍需品を各部隊に届けてきた。もちろん護衛依頼外の命令なので追加料金は頂戴する。


 レグラム兵や傭兵達は、夜になる前に馬防柵や天幕を設置するために、慌ただしく陣営を整えている。だというのに獅子人族側は打って出ることもなく静観している。


「いったい、どういうつもりなんだろうな?」


「さあな。獅子人族が戦下手なだけじゃねえか?」


 北側の森に向かっていた偵察部隊も帰還したが、北側に兵を動かした形跡は見られず、伏兵も確認されなかったらしい。やはり敵兵は残らずマナ・シルヴィアに立て籠もったようだ。


「で、これからどうするんだ?」


「とりあえずは明日の朝に開城交渉だな。早期に開城してリア・レイヨーナの一族の身柄を引き渡せば、身の安全と一定の財産の保有を保障するって条件を突きつける」


「応じなければ?」


「昼夜を問わず火攻めだな。火球と火矢を打ち続ける」


「まあ、妥当な作戦だな」


 獣人族の集落の家屋は、そのほとんどが木造建築だ。火攻めには脆いだろう。


 それにマナ・シルヴィアも規模は大きいが、環濠集落には違いない。王都クレイトンのように高い城壁に囲まれているわけでは無いので、濠を飛び越して火球や火矢を撃ちつけるのは容易だ。先ほどの一戦のように、【突風(ガスト)】に乗せて【火球】(ファイヤーボール)や火矢を撃てば、かなり奥の方まで火を放てるだろう。


「今日のところは、敵の奇襲に注意しつつ様子見だな。そうだ、挨拶がわりにさっきの大魔法をぶち込んでこないか?」


「打ち合いには加わらないって言っただろうが。さっきは敵兵の突破を許すなんて間抜けなことをするから、仲間とお前を守るために仕方なく撃っただけだからな」


「ケチくせぇな」


「ああ、念のために言っておくが、大将のお前が攻城に加わるつもりなら、護衛契約は破棄させてもらうからな。囮役の護衛なんて、契約外もいいところだ」


「おっと、先手を打たれたか」


 輜重の搬送やら敵兵の殲滅やらと、ゼノには良いように使われてしまった。もうここまで来れば、俺達の助力なんて必要無いだろう。あらためてゼノの護衛と、戦場の俯瞰に集中させてもらう。 




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ヒヒーン!!!


 状況の変化に、最も早く気付いたのはエースだった。


 護衛対象のゼノの天幕に間借りしていた俺は、エースの嘶きに飛び起きて、即座に【警戒】を発動する。広範囲の索敵でわかったのは、北に位置するマナ・シルヴィア側からではなく、本陣の背後からの奇襲だった。


「ゼノッ! 起きろ! 森側から敵襲だ!」


「んむ……な、何ぃっ!? 森側だと!? 伏兵はいなかったはずだろう!?」


「この気配は……百匹は下らないぞ!」


 戦場のため革鎧を着こんだまま休んでいた俺達は、天幕を飛び出る。不寝番の兵とエースに甘えてぐっすりと寝込んでいたようで、空はすでに白んでいた。


「なっ……」


「言っただろ、敵兵じゃない。敵襲だ」


 敵陣に向かってのみ馬防柵を設置していたため、背後はまったくの無防備だ。しかも伏兵がいないことを確認し、援軍が来ることは無いと考えていたため、ゼノの天幕は本陣最奥の森側に配置していた。


「なんで、ここに魔物が……!」


「グオォォォォッ!!」


 夜明け早々に森から飛び出して駆け寄って来たのはオークとフォレストウルフの群れ、およそ百匹だ。


 不寝番の兵達がわらわらと森側に集まってきては、驚愕に顔を歪める。天幕から飛び出した者達も、突然の事態に右往左往してしまっている。


「えぇっ!? なんで魔物が森から出て来てるの!?」


「森の霧は魔物を追い返すんじゃなかったのです!?」


 ゼノの天幕の真横に設置した馬車から、アスカ達が飛び出して来た。皆、夜明け早々の奇襲と、予想していなかった魔物の姿に困惑している。


「森をよく見てみろ!」


「えっ…………」


「霧が、霧が晴れているじゃない!」


「くそっ、やりやがったな、アイツら! 操霧の秘術で、森の霧を晴らしやがったんだ!」


 ゼノが大剣を地面に打ち付けて叫ぶ。


 カァーン、カァーン、カァーン!!


 混乱する本陣に、敵兵の襲来を知らせる警鐘のけたたましい音が鳴り響いた。


「警戒、警戒!! マナ・シルヴィアの濠に、跳ね橋が渡されようとしています!」


 突貫で設えられた物見櫓の上で、哨兵が叫ぶ。見計らったかのように、マナ・シルヴィアから敵兵が打って出て来ようとしているようだ。


「……子猫(キティ)共が待っていたのは援軍じゃなかった。魔物を利用した挟み撃ちだったのか!」


 乱戦の火蓋は、想定外の方法で切って落とされた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ