第31話 祝杯
「まったく! 男ってほんっっとにバカね!」
「しょーがねーだろ! 女の子の部屋に二人きりで、しかもあんな格好されたら意識しないわけないだろ!?」
「鼻血なんか垂らしちゃってさー。ギャグ漫画かっつーの!」
「うるっせーなー。だいたい【月浄】は男が覚える魔法じゃねーんだぞ? 魔力の操作に失敗して頭に血が上っちゃったんだよ!」
いや、嘘だけどな。興奮してただけなんだけどな。
「うっそくさー!!セシリーにムラっとしちゃっただけでしょ!?」
「うっ…んなことねーよ!」
「ふんっだ!…………あたしには……ぜんぜん……クセに…」
「え??」
「なんでもないわよ! ばーかばーか! アルのばーか!!」
「っだとぉ!? このガサツ女! 少しはセシリーさんの清楚さを見習ったらどうだ!」
「あぁんですってぇー!!?」
セシリーさんのお宅を出た後、冒険者ギルドへの道すがらずっと言い合いを続けてる。ったく。セシリーさんの説明で納得したんじゃなかったのかよ……。
「よっ、アル、アスカ。どうしたんだ? なんか穏やかじゃねーな?」
「なんでもねーよ!!!」
「なんでもないわよ!!」
「お、おう。なんか……すまん……」
冒険者ギルドに着き、顔を合わせたデールが顔を引攣らせる。
「なによ? 痴話喧嘩?」
「猫も食わないニャ」
「ちがうわよ!!」
「ちげーよ!!!」
「……息ぴったりじゃない」
ダーシャは苦笑い、エマは意地悪く顔を歪めてニヤニヤ笑っている。
「いったい何があったのニャ?」
「そーだよ。せっかくこれから祝杯だってのに、ケンカすんなよ」
デールが呆れたように言った。そりゃそーなんだけどさ。アスカがあまりにもしつこくて……。
「ふんっ! アルが変態なのがいけないのよ! 変なとこおっきくして、しかも鼻血たらしてセシリーに興奮しちゃってさ!」
「えぇぇぇ!!?」
「おいおい、アル……」
「おまっ……誰のためにやったと思ってんだよ! 魔法の練習の不可抗力だろ!」
おいおいおい……ダーシャとエマの目線が痛いんだけど……。何を言ってくれちゃってんだよ……。
「魔法って? 何の魔法だよ?」
「え……えっと……その……」
デールまで訝しげな目で俺を見てる。デール…お前もか…。
何もかもぶちまけて楽になりたいけど、何の魔法を練習したかなんて言えるはずもない。公然と言うような魔法でも無いし、何で俺が覚えるんだって話になるし。アスカの魔力の件は伏せておきたいし……。
「【月浄】と【避妊】よ! その練習しながら、おっきくして興奮してたのよ! アルは!」
アスカァァ!何を言ってくれてんだ!!?
「【避妊】と【月浄】……!?」
「アルが練習……?」
あれ? さっきまで俺をすごい目で見てたダーシャとエマが今度はアスカをジトっとした目で見てるぞ?
「アル……お前……尻にひかれてるとは思ってたけど、そこまでかよ……」
「アスカ……あんた彼氏に月のものの世話させるって何考えてんのよ……」
「下の世話をアルに……高度なプレイだニャ」
えぇ?
……そういう事になっちゃう? まぁ、普通に考えたら、アレだよなぁ。アスカ……ご愁傷様。いや、待て。この流れ……俺もその片棒をかついでることに!?
「ちがっ……ちがうの! これには事情が! 誤解よ!」
「五回も六回も無いでしょ……」
「……バカップルにゃ」
あー無理だこれ、もう。今さらだけど、ここ冒険者ギルドのど真ん中なんだよなー。冒険者達がニヤニヤ笑いながらこっち見てるんですけど。
せっかく火喰い狼の件で株を上げたってのに。これは『草むしり君』より酷いんじゃないか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「正式に賞金首の討伐依頼達成が認められました。おめでとうございます。こちらが報酬です」
そう言って領兵詰め所に付き合ってくれた男性職員が、金貨2枚を差し出した。
「いよっしゃ!」
「やったニャ!」
デールとエマがハイタッチする。俺もアスカに向かって両手を上げるが、無視された。唇を突き出して拗ねている。こんのやろう。この手をどうしてくれる……。
……と思ったらダーシャが苦笑いしてハイタッチしてくれた。あぁ、その笑顔が痛い……。
「あのー火喰い狼の素材は売却して頂けますでしょうか?」
おずおずと男性職員が聞いてくる。そりゃあギルドとしてもこの素材は欲しいだろなぁ。
「すまない。この素材で武具を作るつもりなんだ」
「そうですか……魔石だけでも、無理でしょうか?」
「ごめんねー。そっちも使う予定があるんだよねー」
がっくりと肩を落とす男性職員。けっこう大きな魔石だし、ギルドとしてもいい商売になるんだろうからな。譲るつもりはないけど。
「それでは、皆さんの冒険者タグを出してください」
俺達がタグを首から外して職員に手渡す。デールは細い鎖、ダーシャとエマはお揃いの組み紐にタグを繋いでいた。俺はシンプルな革紐だ。
職員はタグを受け取り、一つ一つ手元の機械に挟みプレスしていく。
「はい、どうぞ。今回の依頼達成記録が済みました。アルフレッドさんは基準に達しましたので、Eランクに昇格ですね。おめでとうございます!」
へえ。もうランクアップか。あっという間だな。俺はしげしげとタグを見る。確かにランクEと打刻されている。
「おめでとう、アル。たった3日でEランクか。すごいな」
「ありがとう。皆のおかげだよ。デール達も上がったのか?」
「ううん。私たちは上がってないわ。Dランクに上がったのも最近だし、さすがに賞金首を1体討伐したぐらいじゃ上がらないわよ。その依頼も1回失敗してるしね」
「うかうかしてるとアルに抜かされそうニャ」
そんなことも無いと思うけどな……。今回、火喰い狼を倒せたのも奇跡みたいなものだし。生き残ったのが不思議なくらいだからな。
「そんなに上手くはいかないさ。正直言って、火喰い狼には殺られる寸前だったしな。アスカが助けてくれなかったらと思うとゾっとするよ」
「そうね。本当にアスカには感謝してるわ」
「えへへ……どういたしまして」
アスカが照れ笑いする。
「さて、じゃあ祝杯と行くか! 山鳥亭で席を予約してるんだ」
「ああ! 今夜は楽しもう!」
「行きましょう!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちはさっそく山鳥亭に向かった。店に着くとデールが店員に予約の名を告げる。
俺たちは、少し高い位置にあり店の中を一望できる良い席に通された。普段は領主の代官や騎士などの身分の高い人が使う席らしい。予約したデールも、そんな席に通されると思っていなかったようで驚いていた。
席に座った俺たちは、さっそく乾杯の酒を頼む。俺とデールはエール、ダーシャはワイン、エマはシードルで、アスカは蜂蜜酒。今日はアスカもお酒を飲むみたいだ。
「じゃあ、乾杯の音頭はアルがやってくれ。火喰い狼討伐の立役者だからな」
「いや……それを言うならアスカだろ。俺とダーシャがこうやって生きて酒を飲めるのはアスカのおかげだからな」
「ええっ? 乾杯の音頭なんてどうすればいいかわかんないよ!?」
「適当になんか言って、乾杯っていえばいいのよ」
「早くするニャ。喉が渇いたニャ」
アスカは戸惑っていたが、ダーシャやエマにせっつかれ、グラスを手に取った。
「ええと……じゃあ、皆のご活躍とごケンショーを祈って? かんぱいっ!」
「かんぱい!!」
皆が大きなテーブルの上に身を乗り出してグラスをぶつけ合う。というか、アスカのあいさつ固いな。貴族みたいだ。
「ふうっ! 冷えたエールが染みるな! 今日の乾杯のために今まで我慢したんだよ!」
「いつも夕食と一緒に一杯ぐらいは飲むんだけど、せっかくだから祝杯はアスカ達と上げたいと思ってね」
「戦いの後の一杯は格別ニャー」
おっと。そうだったのか。昼にセシリーさんとワインを飲んだのは黙っておこう。
「じゃあ、酔っぱらう前に報酬を分配しようか。アスカ」
「うん。報酬の金貨2枚と火喰い狼の牙、爪、毛皮。あと肉ね」
「……すごいな。見事な解体だ。食肉屋になれるんじゃないか?」
「あれ……毛皮がやけに綺麗じゃない?」
ああ、そう言えばギルドに提示した時も毛皮は俺が持っていたから、よく見せてはいなかったな。
「ああ、アスカの解体スキルは優秀だからな」
「えへへ……」
まあ、今さら誤魔化す必要も無いか。一応は回収する時に魔法袋偽装はしてたけど、冒険者ギルドに戻って来て袋から取り出した時にはすでに素材が解体されていたのを知っているわけだしな。
「……ふーん。大したもんね」
「アスカは優秀ニャ」
ダーシャとエマは何か言いたげだったが、聞かないことにしたみたいだ。デール達はいっぱしの冒険者だからな。無闇に他人のスキルを聞いてきたりしないよな。
「あ、今回の報酬の分け前はいらないぞ? 全部アル達が引き取ってくれ」
「ええ? そういうわけにはいかないよー! 皆で討伐したんだから、分け合わないと!」
「そうだよ。特に取り決めをしなかった場合は、報酬は均等に分けるのが冒険者の常識なんだろ?」
それに魔物素材は譲ってもらうことになってる。魔石だけでも一人分の分け前ぐらいの価値があるんだから、俺たちが買取分を払わないといけないと思っていたのに。
「アスカには危ない所を助けてもらった恩がある。今回の討伐依頼を手伝ったのはその恩返しだ。それにアル達のおかげで、火喰い狼にリベンジできたしな」
「うん。恩返しに、加勢するって言ったでしょ? 報酬は受け取れないわよ。アスカには貴重な回復薬を何本も使ってもらったしね」
「回復薬なんて1本銀貨1枚ぐらいじゃん! 10本使っても大銀貨1枚なんだよ!? 今回の分け前は素材も合わせれば、一人あたり大銀貨5枚はするんだよ? そんなの釣り合わないよ!」
そうだな。今回の討伐依頼報酬は金貨2枚だ。魔物素材は魔石と毛皮、爪、牙ぜんぶあわせれば、少なく見積もっても大銀貨5枚は下らない。合計で金貨2枚半、一人当たりの分け前は大銀貨5枚ぐらいが妥当だ。あんな危険な目に合ったってのに、報酬を受け取らないなんてありえない。
「いいや。火喰い狼から逃げだして命を落としそうになってたところを、アル達に助けてもらったんだ。命を救ってもらった恩を返させてもらわないと俺たちだって納得できない。命に比べれば今回の分け前だって安いもんだ」
「ダメだよ……そんなの……。あたし達のわがままに付き合ってもらって、ダーシャは危ないところだったのに……」
そうだよ、デール達の取り分は金貨1枚半に相当するんだ。ダーシャ達を助けたのだって、俺たちが勝手にやったことなんだから、恩に着る必要なんて無いんだ。
「うーん、じゃあこんなのはどうだ? ディック達を領兵に突き出したことで、俺たちはそこそこの報酬とギルドの評価を受け取れる。あいつらを捕まえたのは、実際に戦った俺たちの手柄ってことになってる。その報酬は俺たちが貰うって事でどうだ?」
うーん。それなら、いいか?
盗賊は捕まったら、ほとんどの場合は犯罪奴隷になる。捕まえた人には、犯罪奴隷の売却金額の何割かが支払われるはずだ。
さらに盗賊の討伐や鹵獲は、冒険者の評価になるそうだから……。それでも分け前には満たないと思うけど、そこはデール達の気持ちを尊重してお相子ってことにしてもいいかもしれない。
「……わかった。じゃあ、お言葉に甘えて今回の報酬は受け取っておくことにするよ。アスカ、それでいいな?」
「……うん。アルがそう言うなら、それでいいよ……」
まあ、デール達の気持ちも汲むなら、こんなところが落としどころだろう。
「じゃあ、今度は火喰い狼討伐を手伝ってもらった、俺たちの礼を受け取ってもらう。今夜は俺たちの奢りだ。いいな?」
今度はデール達が慌ててしまう。
「いや、そういうわけには……」
「ダーメー! おかげでたくさん報酬をもらったんだから。今日はたっぷり食べて飲んでもらわなきゃ」
アスカがそう言ってにっこり笑う。そうだな、今日はとことん飲んでもらおう。
「いや、そういうわけにはいかねえな」
そう言ったのは、デールでもダーシャでもエマでもない。会った覚えがない筋骨隆々な男だ。周囲を見回してみると、俺たちはいつの間にかムキムキの男たちに囲まれていた。
……え、誰? あんたら。




