第314話 混戦
「第三魔法隊、前へ! 第二は下がって魔力回復に努めろ!」
「第二剣士隊、対空防御姿勢、用意!」
「魔力盾展開準備! 大盾、構え!」
「カウント開始! 3、2、1、展開!」
雨あられの様に降り注ぐ火球や矢を、【鉄壁】を展開した剣士たちが受け止める。滑り出しは優勢だった戦況だが、敵陣の激しい反撃により拮抗しはじめた。
それでもゼノは余裕の笑みを浮かべ、塹壕がわりの岩壁の上から敵陣を俯瞰している。このヤロウ、狙い撃ちされるから下りろといくら言っても聞きゃあしないのだ。
「ははっ、魔法兵のローテーション回しが早すぎる。子猫ども、だいぶ焦ってるな」
「こんなところから、よく見えるな」
俺は【鉄壁】を張り続けながら、ゼノに応える。
「央人の貧弱な視力と一緒にするなよ。このぐらいの距離なら余裕だ」
「ああそうかい。で、状況はどうなんだ?」
「さっきの集中砲火で相当数の盾役を仕留めた。盾役交代の時間を稼ぐために、ローテーションを早めて必死で弾幕を張ってるな。あれなら近いうちに魔力枯渇に追い込めるぞ」
「お前が下りないせいで、俺もゴリゴリ魔力が削られてるんだが? 魔力回復薬分も経費に上乗せするからな」
「ケチくせえこと言ってんなよ。ほらほら、エルサを見習って岩壁を張りなおせ」
「だったらここから下りろ! 魔力盾張りながら魔法を使えるわけないだろ!」
「なんだ、出来ねえのか? 龍の従者はなんでもありかと思ってたよ」
魔法使いの魔力は有限なので、ローテーションを組んで途切れないように魔法を放つのが戦場の定石だ。そのローテーションを早めれば、それだけ魔法兵の負担は大きくなるし、魔力回復薬の消耗は早くなる。敵陣は初っ端から無理を強いられている状況なのだろう。
対して、こっちは敵の攻撃の大半をゼノに集中させ、俺とエルサで処理している。【鉄壁】を張り続け、【突風】や【岩壁】を乱発している俺とエルサの負担はかなり大きいが、魔力回復薬の大量な在庫を持ち、なんならこの場で追加を作ってしまえるアスカがいるから魔力が枯渇することはほぼ有り得ない。
「いよっし、弾幕途切れた!」
「第三魔法隊、攻撃開始!」
「続いて第一、第二弓兵隊、斉射! 魔法隊はローテーションを維持せよ!」
「癒者班、剣士隊の治癒を急げ!」
敵陣の弾幕が途切れるとともに、ゼノは岩壁の内側に飛び降りた。再び両軍の打ち合いが始まる。
「すまん、待たせた!【岩壁】!」
「助かるわ! さすがに一人じゃ維持できないわよ!」
ゼノに続いて岩壁から飛び降りると、俺はエルサとともに塹壕もどきの設営にまわる。
その後ろで魔法兵が次々と入れ替わりながら火魔法を撃ち続け、弓兵は矢を放つ。形勢は均衡、ただし消耗は向こうの方が早いってところか。まあ、『一人で輜重部隊』のアスカがいれば、消耗戦でこっちが負けるはずもないのだけど。
「報告します! 遊撃班アルファからガンマは優勢! 1の五から3の五まで制圧完了!」
「イプシロン5の四、ゼータ6の五まで制圧! デルタ、押されています! 4の二まで後退!」
「ちっ、予備剣士隊を投入! デルタの直掩にまわせ!」
斥候隊からの報告を受けたゼノの表情が曇らせて、指示を飛ばす。
「状況は?」
「左は優勢、右が一部劣勢だ」
街道の左右の森では、近接戦闘職を中心とした遊撃班がぶつかり合っている。全体としては優勢のようだが、右側が崩れかかっているようだ。
「デルタ、突破された模様! 予備剣士隊と接敵します!」
「第3剣士隊、右翼を固めろ! ガンマが敵陣を突破するまで、なんとしても持ちこたえろ!」
敵兵は右側の森に主戦力を配置して一点突破を狙っているといったところだろうか。
まずいな……。本来なら自陣の奥で采配を振るうはずのゼノが、撃ち合いを制するために自らを囮として最前面に出張っている。右翼に展開した剣士隊が突破されてしまったら、一気に本陣に寄せられてしまうぞ。
かと言って、俺もエルサも敵の攻撃を防ぐことで手いっぱいだ。剣士隊が持ちこたえている間に、左の森に展開している遊撃隊が敵の本陣に食い込めれば……。
「おおおぉぉっ!!」
「くっ、抑えろ!!」
残念ながら祈りは届かず、敵兵が森の中から飛び出してきた。おおよそ20名程度の分隊の突破を許してしまったようだ。
「アリス、ゼノのガードを頼む!」
「了解なのです!」
大剣を振り上げた黒ローブの戦士を先頭に、敵分隊が突貫してくる。その勢いを、右翼に展開した剣士達は抑えられていない。もう大将まで十数メートルというところまで差し迫っている。
――くそっ、どうする!?
いったん防御から離れて剣士隊の援護に向かうか? いや、持ち場を離れるとエルサに一気に負担がかかる。いくらエルサでも、一人でこの数の火球や矢を凌ぎ続けるのは無理がある。
……いつまでも『護衛』に拘っているわけにもいかない。仲間やゼノを危険に晒す前に『殺人』に転じる、か。
「はぁぁっ!!」
俺は岩壁の上に躍り出て、火龍の聖剣に渾身の魔力を注ぎ込む。
味方を巻き込んでしまうため、突貫してきた敵兵は狙えない。ならば狙うは敵本陣!
「舞え、炎よ……」
イメージするのはチェスターに火の雨を降らした魔人族フラムの大魔法だ。肌がひりつくほどの刺々しい殺気を乗せた膨大な魔力の波動で、圧倒的な暴力で、『勝てないことが決まっている』と敵兵を恐れさせるのだ。
「薙ぎ払え――――火龍の聖剣!」
周囲にいくつもの炎塊が浮かび上がり、敵陣へと殺到する。炎塊は大盾を焼き、弓兵や魔法兵を火だるまにしていく。
「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァッ!!!」
敵兵の四半ほどが身の毛がよだつほどの絶叫をあげ、悶え苦しむ。
「【威圧】」
大混乱に陥った敵陣にさらに殺気を放つ。それでも後方にいた敵兵は火球や矢を放つのを止めないが、その勢いは半減した。
「エルサ、俺はゼノの護衛に回る! ここは頼んだ!」
「任されたわ!」
岩壁から飛び降りて、大剣を敵兵に叩きつけているゼノのもとへと走る。
一点突破してきた敵兵は、既にこちらの首元に食らいついていた。アリスは戦槌を振り回し、先頭を走っていた黒ローブの戦士と打ちあっている。
黒ローブはアリスと同格以上の剛の者のようだ。小さな身体を独楽のように回転させてアリスが戦槌を振るい、戦士が真っ向から受け止める。お返しとばかりに振り下ろされた大剣を、アリスは掬い上げるように振るった戦槌ではじき返す。
何度も武器が衝突し、互いにその衝撃で身体を泳がせながらも、再び武具を搗ち合わせる。凄まじい勢いと速さで武器をぶつけ合い、拮抗しているように見えた戦いだったが、その均衡はすぐに崩れた。
「ガアァァァッツ!!」
怒声を上げた黒ローブの動きが鋭さを増し、命を刈り取るかのような横薙ぎの剣がアリスを襲う。間一髪で戦槌の柄を滑り込ませたアリスだったが、その衝撃に堪えきれず弾き飛ばされた。
「アリス!!」
アリスに詰め寄り大剣を振り下ろそうとした黒ローブに向かって、最も発動の早い第一位階の魔法【岩弾】を放つ。直線軌道で急襲する岩の弾丸を、黒ローブは大剣の軌道を捻じ曲げて、いとも簡単に一刀両断した。
凄まじい反応速度に驚きつつも、続けて二射目の岩弾を放つ。黒ローブは何故かびくりと動きを止め、今度は斬り払わずに大剣の腹で岩弾を受け止めた。
「俺が相手だっ!」
【瞬身】を発動しつつ一足飛びで黒ローブに飛びかかり、【牙突】を放つ。何故か、この刺突にも鈍い反応を見せた黒ローブは、仰け反るようにして飛び退った。
バランスを崩した黒ローブのフードがめくれ上がる。フードの下から現れたのは、黒みがかった銀髪とゴールデンイエローの瞳を持つ狼人女性だった。
「え……?」
その姿を目にして、俺は思わず絶句する。
先陣を切って大剣を振るっていた黒ローブの猛者。その正体は、一度は剣を交え、その後は頼もしい仲間として共に旅をした、ユーゴーだった。




