第313話 開戦
10日間にわたって進軍し、レグラム勢はマナ・シルヴィアまで、あと数キロという場所に至った。ここまで敵兵は迎撃に現れず、戦闘は魔物達が散発的に襲い掛かって来た時ぐらいしか起こっていない。
「偵察が戻って来たな」
空を見上げると滑空する鳥人の翼が、チカチカと点滅していた。手に持った白光石を点滅させているらしい。鳥人族独自の手旗信号のようなもので、点滅の長短を文字に置き換えて長距離での会話をすることが出来るのだそうだ。
「約3キロ先、街道上に敵部隊を発見。数、凡そ五百。弓兵と魔法兵の混合部隊と思われます」
「いよいよか……」
鳥人の男が信号を解読して報告すると、ゼノは鷹揚に頷いた。
「弓兵と魔法兵の先遣部隊? なんだそれ」
「前衛部隊は森に潜んでいるんだろう。鳥人族を俺達に抑えられたから諜報戦は諦めて、待ち構えてやがんのさ」
なるほどね。空から偵察をされたら、自軍の戦力や部隊配置は丸裸にされてしまう。いっそのこと諜報戦を挑まずに、どっしりと待ち構えた方が良いという判断か。
しかし、先遣部隊が後衛職中心って、どういうことだ?
「平地と森林では戦術が全く違うんだよ。障害物の多い森の中では魔法や矢は扱いにくい。だから魔法兵と弓兵は街道上に配置するのさ。で、前衛職の部隊は5,6人の班単位で森の中に配置して、ぶつけあう。街道上は飛び道具の打ち合い、そして森の中では遊撃戦。これが獣人族の合戦だ」
確かに、セントルイス王国の合戦とは大きく違う。
剣士や拳士を中心とした部隊を前衛に、弓使いと魔法使いを中心にした部隊を後衛として配置。槍使いは従魔に騎乗して遊撃部隊に、そして各部隊に癒者を配置する。
魔法や弓矢の打ち合いから合戦は始まり、前衛部隊が衝突して乱戦となる。大抵はそれぞれの部隊の数の多さで勝敗は分かれるが、遊撃部隊の運用次第で戦局は大きく変わって来る……というのがセントルイス王国での合戦のあり方だ。
だが、ここはシルヴィア大森林。戦場は木々に覆われていて、切り開かれているのは細い街道のみだ。平地とは戦い方が異なるのも当然だろう。
「でもさ、前衛職中心の部隊で一気に突っこんだら、後衛職中心の部隊なんて簡単に崩せそうじゃない?」
「魔法と矢で勢いを削がれ、左右の森の中から挟み撃ちにされるだろうな」
アスカが首を傾げて尋ねると、ゼノがばっさりと切って捨てた。
「となると……班単位で展開した遊撃部隊で、森を制圧した方が勝利を収めるってわけか」
「ああ。それと、全体の指揮を執る本陣は後衛部隊に配置することが多いから、後衛部隊の打ち合いであっさり決着がつくこともあるな。アルフレッドとエルサが大魔法を撃ちこんでくれれば、すぐに片付くかもしれない。オキュペテ住民の避難の時に、【炎嵐】をぶちかましたって聞いたぞ? いっちょぶっ放してくれねえか?」
「俺達の役目は、ゼノの護衛だろ? 打ち合いはレグラム勢でやってくれ」
戦争にかかりっきりになって、肝心の魔人族討伐を疎かにするわけにはいかない。俺達はゼノの護衛に専念し、全体を俯瞰していないとな。
「ちっ、融通の利かねえヤツだ……。まあいい。魔法兵と弓兵による後衛部隊は街道上に配置し、このまま進軍する。前衛職は班編成で遊撃だ」
「定石通りにぶつかるってことか」
「いや? 常道なら剣士は防御役として後衛部隊の防御に回すんだが、今回は半数を遊撃部隊に組み込む」
「それだと……守りが手薄になるんじゃないのか?」
言われてみれば剣士の装いをしている者達の半数は長方形の大盾を持っているが、もう半分は小盾や円盾を手にしている。大盾を持っている剣士達は後衛舞台の防御にまわり、小盾を持っている方は遊撃部隊に回るのだろう。
だが、半数も遊撃部隊にまわしてしまうと飛来する矢や魔法から護りきれないんじゃないか? 確か獅子人族側とレグラム勢の兵数は拮抗してるんだよな……?
「で、俺を含む本陣は後衛部隊の最前面に配置する」
「……はぁ?」
大将のゼノが最前面に? 集中砲火を浴びたら一巻の終わりじゃないか。
「優秀な護衛役がいるからな? 俺を護ってくれよ?」
そう言ってゼノはニヤリと笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「魔法兵、前へ! 撃てぇ!」
敵部隊まで1キロを切ったところで、最前面に陣取ったゼノが魔法兵に号令を下した。
背後から多数の火球が放たれ、敵部隊へと飛翔する。大半は最前面で大盾を構えていた前衛に防がれたが、少なくない数の火球が敵兵に着弾し悲鳴が上がる。
「どうした、泥棒猫ども! 大将首はここにあるぞ!!」
ゼノが怒声をあげて敵兵を挑発する。
ゼノの狙いは最前面に出ることで、自身に敵の攻撃を集中させることだ。ゼノに攻撃が集中する分だけ後衛部隊への攻撃は減るため、少ない数の前衛でも捌くことができる。
「その分、俺達の負担は大きいんだけどな……。【大挑発】!!」
過剰に魔力を注ぎ込んだ【挑発】を発動し、敵兵たちの注意を俺に引き付ける。本能で動く魔物たちと違って【挑発】の効果はさほど出ないだろうが、それでも魔力の波動で煽られれば腹も立つだろう。
「うっは! すっごい数の火球と矢なんですけど!!」
誘いに乗ってくれた敵兵たちの集中砲火に、アスカがまるで大道芸でも見ているかのように興奮する。いやいや、これ直撃したら普通に死ねるからね?
「エルサ、合わせるぞ! イチ、ニィ…【突風】!!」
エルサと同時発動した突風で、火球と矢の雨は落下するか、街道両脇の木々の方へと逸れていく。
「【岩壁】!」
続けてエルサが発動した【岩壁】で、俺達の前にだけ即席の塹壕もどきが出現する。塹壕は敵兵が放った【岩弾】でじわじわと削られていくが、崩れる前に俺が岩壁を追加した。
山なりに放たれた火球と矢、真っ直ぐに飛来する岩弾は完封した。一部は背後の後衛部隊の方に着弾しているが、剣士達が掲げた大盾で大部分は防げているみたいだ。
逆にレグラム勢が放った火球は面白いように着弾している。中には俺とエルサが放った突風に乗せて【爆炎】を放った巧者もいて、敵陣営の中ほどで爆発が起きていた。
「おらおら! そんなもんか? 獅子人族ども! お前ら今日から子猫族に改名しろや!」
ゼノが即席の塹壕に上り、拡声の魔道具を使って敵兵をさらに煽る。当然、塹壕の上で踊る大将首に向かって火球が殺到した。
「ばっか野郎!!【大鉄壁】!!」
俺はゼノの前に飛び出して、最大出力の魔力盾を展開する。矢と火球、岩弾が次々と着弾するが、こんなもの魔人族の放つ岩槍や氷矢の雨に比べればどうということもない。
とはいえ俺が護らなかったらゼノは無事じゃ済まなかっただろう。
「やり過ぎだアホウ! 塹壕の上に立つヤツがあるか!?」
「あっはっは! いや、見事に防いでくれるから、楽しくなっちまって。おっ、岩壁が崩れそうだぞ? ほらほら次の壁を張れって」
「うっせぇ、今やるよ!!【岩壁】!」
「【突風】!」
俺とエルサは第五位階までの魔法を全て修得済みだ。詠唱時間もかなり短くなったし、消費魔力も少なくなった。
対して、敵の魔法兵の熟練度はさほど高くないようで、岩壁を一瞬で崩すような大火力は無いし、俺達の魔法を上回る回転速度も無いようだ。
逆に、自軍の魔法使いたちは、俺とエルサが放つ【突風】に乗せて魔法を放つことを覚えたらしく、火球や爆炎の魔力球が次々と敵陣に着弾している。
とりあえず……街道での飛び道具の打ち合いは、かなり優勢だ。




