第311話 参戦
レグラム王の屋敷は、街の中心に位置する小高い丘の上にあった。
ゼノに案内された屋敷に靴を脱いで上がると、板張りの広間に通された。重厚ではあるものの飾り気の無い木造の屋敷からは、ウェイクリング家に共通する武骨さが感じられた。
オキュペテの長がレグラム王に謁見している間、ここで待つようにと言われたため、板張りの床に腰を下ろしてボーッと庭を眺める。広間から見える庭の中心には巨木がそびえ、その周りに池や庭石、草木が配されていた。
まるで自然の風景をそのまま切り取ったかのような庭園だ。森と共に暮らす獣人族の想いが表現されているのだろう。
板張りの床に腰を下ろして待っていると、狼人の男性がゼノとともに広間に入って来た。男は立ち上がろうとした俺を手をかざしてとどめ、広間の奥側に腰を下ろした。背筋をまっすぐに伸ばして胡坐をかいたその姿は、まるで一振りの剣を思わせる。
「其方がアルフレッド殿か。黒狼族の長、ヴォルフだ」
「冒険者のアルフレッドです。お初にお目にかかります」
この人がゼノの父親である、レグラムの王か。ゼノと同じく体表がふさふさとした毛に覆われている。
思えば世界樹の下で遭遇した獅子人族のリア王も、灰狼族の生き残りらしき女も、体毛が全身を覆っていたな。『純血の灰狼族』なんて言葉も出て来ていたし、特権階級は獣人族の血が濃く、体毛も濃いのかな?
「オキュペテのことは聞いた。我らが盟友達を助けてくれたそうだな。感謝する」
「一冒険者として護衛依頼をこなしただけです。礼には及びません」
「ふっ。獅子人族の追手を退けて、五百人の民を無事に避難させておきながら、ただの護衛依頼か。ゼノに聞いた通り、剛毅な男だ」
「優秀な仲間達のおかげですよ」
無事にレグラムに送り届けられたのは、アスカの【アイテムボックス】のおかげで荷物がほとんど無かったため身軽に移動できたことと、エースが【威圧】で魔物を追い払ってくれたことが大きい。それが無ければ、とてもじゃないがあんな大人数を護りきるなんて不可能だった。
ちなみに俺以外の仲間達は、オキュペテの住民達が仮住まいをする予定の場所に向かったのでここにはいない。住民達には黒狼族から土地と天幕を一定期間貸し与えられるそうで、預かっている荷物の受け渡しに行ったのだ。
「それでだ、魔人殺し。オキュペテまで落とされたとなると、もう猶予は無い。レグラム兵と荒野の旅団は、数日中にマナ・シルヴィアへの進攻を開始する」
同席していたゼノが、いつになく真剣な表情でそう言った。
「もう一度お前に依頼したい。俺達に力を貸してくれないか?」
「……その前に、俺達が欲しがっている情報ってのを教えてくれ」
今のところ俺達は、一冒険者として護衛依頼を受けてオキュペテの民を守ったに過ぎない。既に巻き込まれている気はするが、一線はちゃんと引いている……と思いたい。
「ちっ、頑固なヤツだな。親父殿?」
「ああ。アルフレッド殿、貴殿らは『龍の従者』として魔人族を追って旅している、それに違いはないか?」
「ええ、その通りです」
「マナ・シルヴィアとヴァーサ王国で、灰色のローブを羽織った怪しげな者達の姿がたびたび見かけられていたらしい」
「灰色のローブ……!」
「セントルイス王国とガリシア自治区に現れた魔人族達が身に着けていたのだろう? 冒険者ギルドと商人ギルドからもたらされた信頼のおける情報だ。央人族の男女二人と神人族の女一人の3人組の行商人で、訪れるたびに武具屋や魔道具店に現れて付与魔法が施された高性能な武具や魔道具を卸していたそうだ。央人のうち一人は子供のような背格好で、親子連れのように見えたらしい」
魔王アザゼルは闇魔法【幻影】で姿を偽ることが出来る。央人のうち一人はアザゼル、もう一人はエルゼム闘技場を襲撃した魔人族のうち一人だろうか。神人族の女というのは先代の神子ラヴィニアだろう。
「卸した魔道具のほとんどは身体能力を向上させる効果のある装身具なのだそうだが、いくつか厄介な物も置いて行っている。その内の一つが『隷属の魔道具』だ」
「隷属の魔道具……」
「その灰色ローブの行商人達は、マナ・シルヴィアやヴァーサ王国の王の屋敷にも入り込んでいたらしい。最初に見かけたのは数年前で、何か月かに一度は現れていたそうだ」
数年前から現れていた灰色ローブ達、時を同じくして犬派の集落ばかりで薄れだした霧、『霧を操る秘術』と『純血の灰狼族』、そして『隷属の魔道具』か……。なるほど、全てが繋がった。
「ヴォルフ様、私からも話しておきたいことがあります」
俺は、賞金首を追って世界樹に辿り着いたこと、そこでリア王に遭遇したこと、リア王は隷属の首輪を着けた灰狼族らしき女性を連れていたことをヴォルフ王とゼノに話した。
「世界樹に近づくことができて、霧を操る秘術を行使できるのは、純血の灰狼族だけなのでしょう? おそらくリア王は純血の灰狼族の生き残りを隷属の魔道具で従えて、自分達と敵対する集落の霧を晴らさせていたのではないでしょう」
「たしかに……辻褄は合うな」
「しかし親父殿、純血の灰狼族は一人残らず殺されたのではなかったのか?」
「ああ……我が主の血筋は絶えたはず……あ、いや、まさか……」
「なんだ、親父殿? 心当たりがあるのか?」
顎に手を当てて思案するヴォルフ王にゼノが問いかける。
「灰狼族……シルヴィア家に連なる純血の者は、一人残らず20年前の魔人族の襲撃で殺されてしまった。しかし、その前にシルヴィア王家から勘当され、マナ・シルヴィアから追放された者がいたのだ」
「もしかして、そいつが……」
「そうかも知れん……。だが、霧を操る秘術はシルヴィア王家でも王とその後継者にのみ伝えられていた。例え彼女が生きていたとしても、その秘術を知っているはずが無いのだ」
「ですが、実際にリア王は灰狼族の女性を引き連れて世界樹の下にいたのです。リア王はその追放された者を見つけ出したのではないでしょうか」
リア王が灰色ローブと結託しているのか、それとも丁度よく市場に流れた隷属の魔道具を使っただけなのか。どちらなのかはわからない。だが、20年前のシルヴィア王家が滅んだ内戦時と同様に、今回もこの大森林で暗躍しているのは間違いなさそうだ。
「ヴォルフ様、お願いがあります」
俺はヴォルフ王とゼノに、一つの提案をすることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふーん……めっちゃ怪しいね」
「アザゼルが獅子人族を上手く誘導して、獣人族達の内戦を激化させているように思えるんだよな」
「私もそう思うわ。王都クレイトンでも、鉱山都市レリダでも、魔法都市エウレカでも、魔人族は何年も何十年も前から陰でうごめき、企みを巡らせていたわ。今回もそうに違いないわ」
ヴォルフ王との話を終え、食事だけ宿酒場でとったあとに、俺達は焚火を囲んでいる。
今日はオキュペテの民が仮住まいする天幕が並ぶ一角に、俺達も寝泊まりすることにした。馬車にベッドが設置してあるし、テントをたてて風呂にも入れるから、わざわざ宿を取るよりも居心地良く過ごせる。発情した犬人に襲われる心配も無いしね。
「それで、これからどうするのです?」
「ヴォルフ王に提案をしてきた」
「提案?」
「ああ。数日中にレグラムはマナ・シルヴィアへの進攻を開始する。荒野の旅団の団長であり、ヴォルフ王の子でもあるゼノが、その指揮をとるらしい」
「そう……黒狼族の兵士と傭兵団を指揮するのに、ゼノほど適任はいないでしょうね」
「俺が提案したのは、ゼノの護衛。そして魔人族が現れた場合は、その排除を最優先とさせてもらうこと。もちろん、仲間と話し合って合意がとれればと言ってある。どうだ?」
獅子人族のリア王には指名手配されているだろうし、ヤツの配下十数人の命を奪っている。魔人族が関わっていることがほぼ確実な状況なのだから、今さら他人事のように静観するわけにもいかない。積極的に獣人族の戦争に関わりたくは無いが、そうも言っていられない。
とは言え、皆の意見も聞かずにパーティの方針を勝手に決めるわけにいかない。俺はアスカ、アリス、エルサの顔を順々に見回した。
アスカとアリスは無言でうなずく。俺の提案に異存は無いようだ。
「必ず魔人族を……討ってみせるわ」
エルサが瞳に昏い光を宿し、誰に言うともなく呟いた。




