第310話 魔人族の尻尾
初っ端に大魔法をぶつけられて指揮官を失った追手側は動揺を隠せていない。騎兵さえ潰してしまえば、後はたぶん寄せ集めの傭兵だ。なんとでもなるだろう。
「逃げるなら追わないが、戦うのなら容赦はしない!」
俺は【威圧】を発動しつつ、追手達に言い放つ。それだけで数名の傭兵達が慌てて逃げ始めた。
「アリス、騎兵を落とすぞ!」
「了解なのです!」
十数メートル先の騎兵に向かって【跳躍】し、全体重を乗せた【剛脚】で飛び蹴りを食らわせる。騎兵は蹴鞠のように吹き飛び、木に激突して昏倒した。
「くらうのです!!」
駆け寄ってきたアリスが別の騎兵の馬を殴りつけ、倒れた馬から落ちた騎兵に、戦槌の尖った先端を振り下ろす。
「や、やめっ」
胸に大穴を開けられた騎兵は、ビクンッと震わせた後に身動きを止めた。
「【火槍】!」
岩壁の上からエルサが放った炎の槍が飛来し、騎兵の革鎧を貫く。火は一瞬で全身に燃え広がり、騎兵を焼き尽くした。
「死にたくなければ、立ち去れ!!」
再び【威圧】を発動し、【岩槍】を頭上に浮かべる。怯えた傭兵達は一斉に背を向けて逃げ出した。
「くっ! 逃げるな!」
騎兵が慌てて制止するも傭兵達の逃亡は止められない。逃亡を咎めた本人も、どうしようもない状況を悟り、馬を操って逃げ出そうとした。
「くそっ、貴様ら覚えていろ! 次は獣人最強と名高い戦士を連れ、必ずや報復をしグポォッ!」
数の多い傭兵達に散らばって襲われたら、こちらにも被害が出てしまうだろうから、追い払う方がいい。だが、マナ・シルヴィアの正規兵であろう騎兵を逃がすべきではない。
岩の槍が喉元に深々と突き刺さり、騎兵はゴフッと赤黒い塊を吐き出し落馬した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
傭兵は散り散りになって逃走し、後には騎兵達と馬の死骸だけが残された。
「逃げた馬を捕まえて来てくれ」
俺は自警団の面々に、騎兵が乗っていた馬を鹵獲して来るよう指示する。
聖剣の【炎嵐】で焼かれた馬や戦槌を叩きつけられた馬は即死したが、何頭かの馬は生き残っている。出来れば捕まえて避難住民達の足にしたい。
俺は軽い火傷を負い暴れていた馬の手綱を取り、落ち着かせてから【治癒】をかけた。
「あの、アルフレッドさん。あいつらの装備なんですけど……」
「ああ……俺達はいりません」
「ありがとうございます!」
自警団の面々が、俺達が殺した騎兵達から使えそうな装備を剥がしていく。火魔法で焼き尽くした騎兵は剣や槍ぐらいしか回収できなそうだが、それ以外の遺体からは鎧や衣服も剥ぎ取れる。おそらくはマナ・シルヴィアの騎士階級だと思われる騎兵達は、着ている衣服もそれなりに上等だ。
遺体に武具など必要無いし、ましてや相手は自分達に襲い掛かって来た相手だ。使える物は剥ぎ取るのも当然だろう。
「人殺し……か」
俺も、今までたくさんの人を殺してきた。だが今回の殺しは今までとは違う。
初めての殺人は、チェスターで倒した魔人族。死んだふりをして毒を塗った短剣で不意打ちした。
その次はカスケード山での盗賊達だ。洞窟の闇に紛れて背後から漆黒の刃を刺し続けた。
そしてヴァリアハートでは、宿を襲撃してきた冒険者崩れ達と真正面から斬り結んだ。
盗賊達はアスカを攫った誘拐犯だったし、魔人族や冒険者崩れ達は襲撃者だった。街と弟を、アスカを、仲間を守るために戦い、人を殺した。降りかかる火の粉は払わなければ、自分達が生き残れない。だから殺した。
今回の騎兵や傭兵達の襲撃も、その行いだけを見れば、盗賊や襲撃者たちと同じではある。俺達も身を守り、奪われないためには殺すしかなかった。
だが、今回の騎兵や傭兵達の襲撃は、兵站の一環として行われたものだ。そして、彼等が狙ったのはオキュペテの住人であり、俺達の誰かでは無い。
元々は灰狼族が治めていたマナ・シルヴィアを、獅子人族が奪った。そして今は、獅子人族を筆頭とする猫派が獣人族の覇権を握ろうと画策し、黒狼族を筆頭とする犬派がそれに対抗している。
今回の襲撃は、その一連の流れの中で起きたことだ。 例え、魔人族の関与が疑われるとしても、この戦争は獣人族同士の奪い合いに過ぎない。戦争に善や悪など存在しない。あるのは覇権や利益の奪い合いだけだ。
俺達は……いや、俺がすすんでオキュペテの長の依頼を受けて人を殺し、それに仲間を巻き込んだんだ。十数年も続く獣人族同士の奪い合いに踏み入ってしまったんだ。
「アスカの願いを叶えるために、剣を振っていたはずなんだけどな……」
魔物や猫派勢力からオキュペテの住民達を守るために護衛を申し出たことが、誤った選択だったとは思わない。だが、自分達とは無関係の人を殺めるしかなかった現実に、俺はただただ言い表しようのない虚しさを覚えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっと着いたね」
「ああ。なんとか脱落者無しでたどり着けたな。エース、お前のおかげだ。ありがとうな」
「ブルルゥッ」
それから10日後、俺達はオキュペテの住民達と共に誰一人欠けることなくレグラムに辿り着いた。アスカの【アイテムボックス】のおかげで大量の食糧や資材を運ぶことが出来たし、俺とエースの【威圧】で道中に魔物に襲われることもなかったし、懸念していた追手もその後は現れることもなかった。
「皆さんのおかげですよ。皆さんがいなければ、食糧を運べず飢えに耐えながらの逃避行となったでしょうから途中で老人たちは捨てざるを得なかったでしょう。魔物達に襲われて死者も出たでしょうし、獅子人族の追手を追い払うことも出来なかったでしょう。いやそもそも集落を出る前に魔物に殺されていたでしょう」
「本当にありがとう。君たちはオキュペテの民の命の恩人だ。この恩は決して忘れない」
オキュペテの長とギルマスが揃って深々と頭を下げる。
キャンプ地に着くたびに自警団の連中が狩猟や採集をしていたから、集落にいる時よりもむしろ良い物を食べられたらしい。狩猟は俺の索敵による助言のおかげで効率的に行えていたようだし、彼等が集めてきた薬草や魔茸でアスカが回復薬や解毒薬を作ってあげていたから、体調不良者が出ることもなかったらしい。
予定よりも少し早く着くことが出来たし、護衛依頼は完璧な成果を上げたと言えるんじゃないだろうか。
「護衛依頼の報酬はきっちり頂きますから、恩に着る必要は無いですよ」
「いや、しかし、貴方やアスカ君の能力が無ければ……
「王家の魔法袋ですよ」
俺は自分の唇に手を当てて、それ以上は喋らないようにと合図する。長は慌てて口をつぐんだ。
「いよぉ、待たせたな、アルフレッド」
「え? なんでお前が」
役人に取り次ぐというからレグラムの門前で待っていたら、現れたのは荒野の旅団のゼノだった。正直言って面倒な予感しかしない。
「オキュペテの民の出迎えだよ。代表者はいるか?」
「わ、私です。お目にかかれて光栄です、ゼノ閣下」
「あーあー、そういうのはいい。冒険者ギルドからオキュペテの事情は聞いているよ。災難だったな」
膝をついて挨拶しようとした長をゼノがとどめる。あーそっか、役人の代わりに来たってことは、荒野の旅団としてではなくレグラム王国の王子様として来たってことか。ゼノが王子サマであることは有名な話なんだな……つい最近まで全く知らなかったけど。
「条件付きではあるがレグラム王国はオキュペテの民を受け入れる。街の外れに住める場所も用意した。旅装のままで構わないので、貴方はこれからレグラム王に謁見してもらう」
「承知しました。御受入れいただき、感謝いたします」
「アルフレッド、お前も一緒に来てくれ」
「え? なんでまた俺が?」
「そんなに嫌そうな顔をするなよ。いろいろと伝えておきたい話もあるんだ。お前達が最も欲しがってる情報だぜ?」
ふむ。俺達が欲しがってる情報ね。ヤツ等の尻尾を掴んだってことか……?




