第308話 避難
「はぁっ!」
股間のモノを屹立させて鳥人族の女性を押し倒していたオークの首を、一刀のもとに斬り飛ばす。噴き出した血をもろに浴びた女性がヒィッと短い悲鳴を上げた。
「冒険者ギルドへ逃げろ!」
「あ、あ、ありがとう」
脚を小鹿のように震えさせている女性に手を貸して立ち上がらせ、ギルドの方へと走らせる。
これでオークとフォレストウルフを合わせて10体は倒した。村に入った魔物はあともう僅かのはずだ。
「いっけぇ、エースゥ!!」
「ヒヒーンッ」
魔物の気配の方へと走ると、フォレストウルフを踏みつぶすエースと腰を上げ前傾姿勢で騎乗するアスカの姿が目に飛び込んで来た。アスカとエースは一緒にトレント狩りに励んでいただけあって、息がぴったり合っている。
「アスカ、エース、おつかれさん。今ので魔物は片付いたみたいだ」
駆け寄って声をかけると、アスカはぶんぶんと手を振って破顔した。一角獣に乗って魔物を蹴散らすなんてアスカも逞しくなったもんだ。
「おつおつー。じゃー救助活動でもしよっかな」
「ん、そうだな。そっちは任せていいか? 俺は消火にまわるよ」
「はいはーい。がんばってねー」
「アスカも。エース、頼んだ」
「ブルルゥッ」
アスカ達は避難した村人達が集まっている冒険者ギルドの方に向かい、俺は轟々と燃える木造家屋に両手を向ける。
「【瀑布】!」
凄まじい勢いで放射された水が燃え上がる壁や柱を打ち倒し、炎が消えていく。消火しているというよりは、火元を破壊していると言った方がいいかもしれない。
まあ既に全焼しているわけだし、燃え広がるよりはいいよな? 木造建築が密集するスラムなんかでは、火元の周囲の燃えていない建物を破壊して延焼を防ぐとも言うし。
何棟かの家屋を消火し終え、同じく消火活動をしていたエルサと落ち合って冒険者ギルドへと向かうと、アスカが宣言通り負傷者の救助活動を行っていた。
アスカの前に重症者や火傷を負った村人が列をなしている。アリスは負傷者を誘導したり、怪我の具合を確かめたりしてアスカの補助をしているようだ。魔力は十分に残っていたので、俺も救助活動に加わる。
負傷者の中には俺が【治癒】をかけると、あからさまに残念そうな顔をする輩もいた。うん、わかるよ。回復魔法をかけてもらうなら、可愛い女の子にかけてもらった方が良いもんな。ふざけんな、治してやらねえぞコラ。
「あ、貴方は、確かアルフレッドさん!」
次々と負傷者に治癒をかけていたら、鳥人族の女性が駆け寄ってきた。確か、ギルドで受付をしていた子だ。表面積の少ない服が非常に眼福……ゴホンッ。
「ありがとうございます! 魔物を倒してくれた冒険者ってアルフレッドさん達ですよね!? しかも治療まで手伝ってくださるなんて……」
「好きでやってることだから気にするな。まあ、特別報酬でも出してくれるんなら、遠慮なく受け取るけど?」
俺は火傷を負った女性に【治癒】を施しながら、冗談めかして微笑みかける。受付の女性は苦笑いを浮かべた。
「も、もちろんですよ。村長には私から話しておきます。ご覧の通りさほど大きくはない村ですから、Aランクのアルフレッドさんを満足させるほどの謝礼は出せないと思いますけど……」
俺の魔力は飯を食って寝れば回復するけど、アスカが使っている薬草や回復薬は元手がかかってるからね報酬を貰えるようならちゃんと貰うよ。大した出費でも無いから別にいいんだけど。
「オークとフォレストウルフの討伐報酬でもくれればそれでいいさ。治癒はサービスしとくよ」
「ありがとうございます」
受付の女性はぺこりと頭を下げた。
その後、俺達は列に並んだ負傷者たちに片っ端から回復魔法をかけていった。救助活動を終えた後、ギルドにあるテーブルを借りて作り置きのオニギリを食べていると、長身の鳥人男性と垂れ耳の犬人女性がやって来た。
「貴方がアルフレッドさんかい? 村を救ってくれて本当にありがとう。心から感謝するよ」
「さすがはAランク冒険者ですわね。感服いたしました」
鳥人族の長だと名乗った鳥人男性が深々と頭を下げ、冒険者ギルドマスターだという垂れ耳犬人女性が柔和な微笑みを浮かべる。
「礼は良いよ。それより、これからどうするんだ? またいつ魔物が襲ってくるかわからないぞ?」
「霧が無くなった以上は、この集落で生活することは出来ん。だが、避難することも難しいんだ」
「この集落には約五百人の人が暮らしていますが、そのうち戦闘職を持つ者は20名にも満たないのです」
なるほどね……。戦士が少ないから、あの程度の数の魔物に対処しきれなかったのか。あっさり片付けたけどオークはEランク、オークアーチャーやらオークメイジにいたってはDランクの魔物だからな。一人前とされるE,Dランクの冒険者達でも数に押されれば対処しきれないだろう。
「レグラムに避難するべきなのだが、この数ではオキュペテの住民を無事にレグラムに送り届けることは出来ん」
レグラムに避難するにしても魔物が跋扈する大森林を1週間も移動しなくてはならない。いや、エースが引っ張る馬車で1週間だったのだから、オキュペテの住民が徒歩移動するとなると倍はかかると考えた方が良いだろう。20名程度の戦士で五百人の住民を魔物の脅威から護りながら移動するなんて現実的では無いな。
「それなら、俺達が護衛を手伝おうか?」
「おお、ちょうどそれを依頼したいと思っていたのだ。協力を願えるかな?」
「ああ。皆、いいな?」
俺の問いかけに皆がこくりと頷く。
その後、俺達は長とギルマスとともに避難の準備に奔走した。
まずオキュペテの住民の避難準備だ。霧が消失したことを公表し、速やかに荷造りをするように長が指示する。反発もあったが、ここに居続ければ魔物に食い殺されるかオークやゴブリンの慰み者になることは避けられないのだから、どうしようもない。
そして荷物の整理だ。住み慣れた家を捨ててレグラムに向かうわけだから、住民たちは持ちうる限りの家財道具を持っていこうとする。だが、それぞれが目一杯の荷物を載せた荷車や馬車を引いて行くと、どうしても移動速度が落ちてしまう。
それに荷車や馬車が連なると避難住民達の隊列は長くなってしまい、護衛しづらくなる。俺達と20名程度の戦闘職だけで避難住民を守らなくてはならないので、できるだけ小さく纏まって移動したい。
そのため、俺達の『龍の従者』という立場を長とギルマスに説明し、住民達の荷物はアスカがアイテムボックスで運ぶことにした。ガリシアへ大量の食糧を運び込んだ時に使用した巨大な木箱に住民達の家財道具や荷物を詰めさせて、アスカが一気に収納したのを見て長たちは唖然としていた。
彼らには『これが守護龍の力だ』『王家の魔法袋だ』などと適当な言い訳をしておく。俺は『王家の紋章』をちらつかせていたし、アリスをガリシア氏族の娘だと紹介していたから、余計な追及してくることは無かったけどね。
「先頭はエースに騎乗したアスカ、20人の戦士達は住民達の列の周囲に等間隔で配置、アリス・エルザは列の中央付近、俺は最後尾で殿を務める。エースと俺が【威圧】し続ければ、そこらの魔物なら追い払えるだろう。列が間延びすると効果が全体に及ばなくなってしまうから、住民達は出来るだけ小さく纏まって移動させるようにしてくれ」
「わかりました。しかし、本当に魔物を追い払えるのですか? 【威圧】スキルのことは知っていますが、五百人の住民から魔物を遠ざけるなんて、とても出来るとは思えないのですが……」
「出来なかったら魔物に襲われるだけだ。そしたら戦士達と一緒に撃退するさ。どっちにしろ、ここで滅びを待つよりはいいだろう?」
レベル30を超えたエースと修得に至った俺の【威圧】なら問題無いとは思うけどね。むしろ……魔物以外に襲われるかもしれないことの方が心配だよ。




