第305話 大森林の最奥
「【火柱】!!」
「キシャァァッーー!!」
第五位階の火魔法で地面から噴き出した火柱が、双頭蛇の半身を包む。
「アリス、そっちに行ったぞ!」
「逃がさないのです!!」
半身を焼き尽くされ、逃げ出した双頭蛇の退路を塞ぐように、アリスが戦槌を振り回す。アリスに牽制された双頭蛇は、撤退を諦め【再生】のスキルを発動した。
俺が発動した【火柱】で炭化した半身が青緑色の光に包まれ、みるみるうちに回復していく。身動き一つとらずに回復に専念しているので、その隙にもう半身の頭を潰せば倒してしまえるのだが、俺達はトドメを刺さずに回復を見守る。
「キシャァァッーー!!」
「【紫電】!」
「【火柱】!」
「キシャァァッーー!!」
再生が終わった瞬間、エルサが掲げた天龍の聖短杖から、紫色の閃光とともに一条の稲妻が走る。それとほぼ同時に、噴き出した火柱が再び双頭蛇の半身を焦がす。
炭化した半身を引きずり、再び逃げ出そうとする双頭蛇だが、今度は細剣を抜き放ったエルサが道を塞ぐ。双頭蛇は撤退を諦め【再生】のスキルを……
「はいっ『下級魔力回復薬』っと。もう少しで【火柱】もマスターだよ! あともうちょっと、がんばってね!」
「もうちょっとって……あと【岩壁】と【瀑布】も残ってるだろ。あとどんだけかかるか……」
「今日中には無理そうだねー。適当なところで声かけるから、逃げてキャンプを張ろう」
「……ああ。お、そろそろ【再生】が終わりそうだな」
「はいはーい。あ、アリス―、やっぱり金と白銀で【錬金】するのが一番効率良いみたい! 再生中は白銀で熟練度稼ぎしてー」
「わかったのです! でもこんなにたくさん魔力回復薬を使っていいのです?」
「いいのいいのー。素材はそこらにいくらでもあるんだし。じゃあ、あたしはまた素材集め行ってくるねー」
「気をつけろよー」
「うんっ! 行くよ、エース!」
「ヒヒンッ」
アスカがエースとともに魔力回復薬の材料である『トレントの樹液』の採集に向かう。採集とはいってもトレントはDランクの立派な魔物なのだが、今やBランクの竜種並みの強さを誇るエースにかかれば、出会い頭に瞬殺できる雑魚でしかない。俺達が双頭蛇を囲んでイジメ……戦っている間に、アスカとエースは別行動してトレント狩りに勤しんでいるのだ。
「キシャァァッーー!!」
「【紫電】!」
「【火柱】!」
「キシャァァッーー!!」
再び【再生】を済ませた双頭蛇に第五位階の魔法を放って半身を潰し、逃がさないように俺・エルサ・アリスで取り囲む。
もう2,3時間ほど俺とエルサが魔法を浴びせ続けている魔物『双頭蛇』は、マナ・シルヴィアの冒険者ギルドで受けた賞金首の討伐対象だ。双頭っていうから俺はてっきり、一つの胴体に二本の首と二つの頭がある蛇なのかと思っていたのだが、実際には両端に頭がある蛇だった。本来なら尾があるところにも頭があり、普通の蛇型魔物と思って戦っていたら、もう一つの頭が不意を突いて襲い掛かるという、初見殺しの魔物なのだそうだ。
コイツの面白いところは片方の頭を切り飛ばしても、もう一つの頭が健在なうちは死なないこと。さらに、もう一つの頭が【再生】のスキルを発動すれば、斬り飛ばしたはずの頭でさえ再生してしまうことだ。【再生】スキルの発動中は数十秒も身動きを止めるから、その間にもう一つの頭の方も潰すのが正攻法らしい。
ようするにトドメさえ刺さなければ、延々と戦えるってわけだ。俺達はこの高い回復能力を利用してスキルの熟練度稼ぎをさせてもらっている。
【再生】スキルにも魔力を使用するから、アスカが適度に戻ってきて双頭蛇の魔力を回復をしてあげなければならないという手間はある。だが、風竜のように【突風】を浴びせて墜落させ続けるという面倒さは無く、片方の頭にひたすら攻撃魔法をぶつけて潰せば、再生中に休憩が出来るというお手軽さだ。
しかも、この個体はわりとレベルが高く、風竜よりも熟練度稼ぎの効率が良い。まさに熟練度稼ぎのためにいるような魔物だ。ほんと、こんなお得な魔物と巡り合えるなんて、獣人の守護龍である風龍ヴェントスと世界樹の恵みに感謝しないとな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「くっそ、待てコラっ!」
翌朝、第五位階の魔法の残り一つを修得しようと双頭蛇を探していたら、ヤツは俺達に気づいたとたんに脱兎のごとく逃げ出した。昨日、丸一日かけて嬲ったから顔を覚えられたのかもしれない。
森の中は枯葉が堆積して地表が見え辛く、縦横無尽に張り巡らされた樹々の根に足を取られやすい。双頭蛇は勾配のきつい地形も容易く乗り越え、飛び跳ねて逃げていくため、なかなか追いつけない。
「アルフレッド! 合わせるわよ!」
「おうっ!」
「【岩壁】!」
第五位階の土魔法を二人同時に発動し、双頭蛇の前方に巨大な岩壁をコの字型に隆起させる。
しかし、逃げ道を塞いだと思った次の瞬間、双頭蛇は器用にも壁面を上りはじめた。
「エース!」
鬱蒼と茂る森の中ではさすがのエースも本来の速度では疾走できないが、それでも俺達よりは脚が速い。俺達をあっという間に追い越して岩壁に迫った。
「ブルゥッ!!」
短い嘶きと共にエースの螺旋角が紫色の閃光を発し、双頭蛇に稲妻が放たれる。双頭蛇は電撃で痺れて壁面から落下した。
「【瀑布】!」
続けて、エルサがかざした聖短杖から凄まじい勢いで水が放射され、双頭蛇を岩壁に縫いとめる。
「もう逃がさねえぞ! 【紫電】!」
いよっし、岩壁に追い詰めた! あとは逃がさないように気を付けて、嬲る……いや、熟練度稼ぎに付き合ってもらおう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「【盾撃】!」
「【紫電】!」
牙を突きたてんと飛びかかってきた双頭蛇を円盾で弾く。跳ね上がった頭部に、エルサがすかさず電撃を食らわせた。既にもう片方の頭部をアリスに潰されていた双頭蛇は、プスプスと焼け焦げた音と匂いを発しながら落葉積もる地面に倒れ伏した。
「お疲れ、エルサ」
「お疲れさま。すごいわね……体の内側から魔力が溢れてくるようだわ!」
俺とエルサの【魔道士】の加護レベルを、丸一日半かけてようやく上げることができた。双頭蛇に逃げられなかったら、もう少し早く片付いたんだけどな……。
「ねぇ、それよりさ、ここどこ?」
アスカがキョロキョロと周囲を見回す。
辺りには濃い霧が広く立ち込めている。霧に含まれる魔素で光が乱反射しているせいか、すぐそこの樹々や地面でさえ、ぐにゃりと歪んで見えた。
しまったな……。夢中で双頭蛇を追いかけていたら、いつの間にか森の奥深くに足を踏み入れてしまった。
「これだけ霧が濃いってことは、集落が近くにあるのかしら」
「アル、わかる?」
「んー、感覚がイマイチぼやけてるんだが、向こうの方に人のような気配がいくつかあるな」
蛇が滅茶苦茶に逃げ回ったせいで、方向感覚が乱れてしまった。森の奥深くで、方向を見失うなんて間抜け過ぎるな……。まあ、日の位置で方角はわかるから、迷うことは無いけどさ。
「小集落があるかもなのです。そっちに行ってみます?」
「そうだね、行こうか。アル、案内してー」
「おう」
【警戒】スキルで周囲を探り、人らしき気配に向けて歩き出す。えっと、4人、いや5人か?
数分ほど歩くと不意に濃い霧が晴れ、俺達の前に巨大な壁が現れた。
視界一面に広がった壁は亀甲状にひび割れが走り、左右にどこまでも続いている。見上げると壁からいくつもの巨大な柱が突き出ていて、その柱からさらに緑に包まれた太い柱が伸び……
「……っていうか、これ、木、なのか?」
「あ、もしかして……」
それは木と言うには、あまりにも大きすぎた。上を見上げても、左右に目を向けても、端が見えないぐらいだ。とんでもなく巨大な存在感に、俺達は茫然と立ち尽くしてしまう。
「誰だっ!! 貴様ら!!」
揃って呆けていると、横から急に怒鳴りつけられた。
4人の獣人が手に大剣や槍を向けて俺達を睨んでいる。おいおい、剣呑な雰囲気だな。
「ちょっと迷ってしまってさ。ここはもしかして……」
「なぜ世界樹の下に央人や神人がいる! どうやって、ここに近づいた!?」
やはりこれは世界樹か……。『純血の灰狼族』しか近づけないんじゃなかったのか……?




