第300話 犬人達の宴
「トウロを倒したそうだな」
「だが奴はトゥルク村四天王の中でも最弱……」
「貴様ごときに負けるとは我ら四天王の面汚しよ!」
「【氷礫】」
「ぶべらぁっ!!」
トゥルク村跡地で野営をした翌日の夕方、レグラムに戻った俺達は、その足で風竜討伐の依頼人である元村長のセッポを尋ねた。まるで挨拶をするように絡んで来た犬人達に、問答無用で攻撃魔法を叩き込んだところで、セッポがにこやかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「無事に依頼を済ませて頂けたようですな」
「ああ、これが風竜の魔石だ」
翡翠色に輝く8センチ大くらいの竜石を、王家の魔法袋から取り出してセッポに見せる。
「確かに。いやはや、噂にたがわぬ腕前ですな」
「アカマツの大樹も無事だったよ。御神酒も捧げてきた」
「そうでしたか! 良かった、我らの世界樹は無事でしたか」
「……世界樹?」
世界樹ってマナ・シルヴィアにあるって話の大樹のことじゃなかったっけ?
「ええ。あの樹はマナ・シルヴィアの世界樹の枝を頂き、挿し木から育てたものなのですよ。獣人族の集落には、繁栄を願い世界樹の枝を植えるのが習わしなのです」
俺が手渡したギルドの依頼書に、依頼達成の署名をしながらセッポがそう言った。
「へぇ。レグラムにもあるのかい?」
「ええ。領主様の敷地の一角にございますよ」
レグラムは狼人族の領主が治めている。『レグラム王国』を名乗ってはいるのだが、元々は旧シルヴィア王国の一領主であるため、市井では『国王』ではなく『領主』と呼ばれているそうだ。
「ふーん……。ああ、そうだ。トゥルク村のまわりに、やはり霧は無かった。昨日までは風竜がいたから村の中に他の魔物はいなかったが、すぐに村の中にも住み着いてしまうだろう。墓参りに行くなら気を付けてくれ」
「そうですか。霧は晴れたままでしたか……やはり村を復興するためには黒狼族と共闘するしか……」
「え?」
「あ、いえ、ありがとうございます。今日はもう遅いですし、ささやかですが小宴を設けましたので、今日は我が家に泊っていってください」
どうやら既に宴の準備をしてくれているようで、先ほどから良い匂いが漂ってきていた。今から宿を探すのも面倒なので、俺達はセッポの言葉に甘えることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うまっ!」
「ほふっ、あったまるな」
饗されたのは鳥ガラでとったスープをショウユで味付けした鍋料理だった。鳥肉やキノコ、葉野菜をふんだんに使った滋味あふれる逸品だ。雪が降る土地ではないとは言え、冷たい霧が煙る森で強ばっていた身体が温まり、ほっとため息が漏れる。
「猪肉のミソ鍋も良かったけど、こちらも絶品ね。素材の味が生きていて、優しい味わいね」
「んー鶏ちゃんこだぁ! おーいしいーー!」
馴染みのある料理だったようで、アスカは満足そうに顔をほころばせている。
レグラムまでの道中でショウユを使ったスープを試作してみたのだが、イマイチ味が決まらなかったんだよな。ブイヨンを作るときの野菜が違うのかもしれない。アスカが喜びそうだし、レグラムにいるうちにレシピを覚えておきたいな。
「アルフレッドさまぁ、一献どうぞぉ」
「あ、ありがとう」
「あ、わたしもわたしもぉ。はい、どうぞ、アルフレッドさまぁ」
セッポの娘だという二人の犬人娘が、俺の両隣に腰かけて鍋を取り分けたり、米の酒を注いでくれたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
米の酒は小さなカップになみなみと注いで、一息に飲み干すのが粋なのだそうだ。さっきから一気飲みをする度にお替りを注がれるので、やや飲み過ぎている。
「アルフレッドさまぁ、あの風竜を倒してくださったんでしょう? 戦いのお話をぜひ聞かせてくださぁい」
「わたしも、冒険のお話が聞きたいわぁ」
犬人娘は2人とも豊満な身体つきをしていて、べったりと寄り添って酒を注がれると……当たるんだよな。うん。まあ、悪い気はしないけど。
「はいよー、お待たせ! アルフレッド様達がくださった風竜肉のローストだ!!」
「おおおぉぉぉっ!!」
これでもかと肉が盛りつけられた大皿が、運び込まれる。泊めてくれるお礼にと風竜の肉塊を渡したのだが、殊の外喜んでくれた。
廃村とは言え、自分たちの生まれ故郷に居座っていた魔物の肉だからな。それを食らうんだから、盛り上がりもするか。
それに竜肉は高級食材だしね。レリダの難民キャンプでは、俺達が狩ってきた地竜肉がタダで配給されていたけど。
「わぁ! アルフレッドさま、ありがとうございますぅ」
「すごーい! わたし、竜肉なんてはじめてぇ」
「うぉっと。あ、ああ、どういたしまして」
両脇から犬娘達が黄色い声を上げて抱き着いてきた。
「ぐうぬぬぬぅ」
隣のテーブルでは、トゥルク村四天王と名乗った面々が歯噛みして俺を睨んでいる。いや、四天王はどうでもいいんだけど、アスカからも殺気が漏れ始めてるので、過度な触れ合いはこのへんにしてもらわないとな。うん。
「ほっほっほ。両手に花でしたな」
「娘に接待させても何も出ないぞ?」
「何を仰いますやら。犬人の男達は武を競い合い、女達は強い男に惹かれる。娘達は貴方に興味があるのですよ」
「それは光栄だな。それで、どうだった?」
「今日、お戻りになったそうですよ。面会を希望されています」
「そうか。じゃあ、明日にでもクランハウスを尋ねるよ」
セッポに確認を頼んでいたのだが、『荒野の旅団』のゼノもちょうど街に戻って来たらしい。これでようやく、ゼノが仄めかしていた魔人族の話が聞けるな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜、ギシリと床が軋む音で目が覚めた。米の酒が飲み易くてついつい深酒をしてしまったが、寝る直前に【解毒】をしておいたから、酔いはとっくに醒めている。
冒険者ギルド提携の高級宿なら、高い金を払う代わりにある程度の安全は保障されているから、就寝時にそこまで警戒はしない。だが今日は、信頼関係を築いているわけでも無い依頼人の家に泊まっているのだ。
油断なんてするはずもない。物音一つでも起きれるようにと、注意していたのだ。
【警戒】で気配を探ったところ、どうやら俺の部屋のそばに二人隠れている。アスカ達の個室や建物の周りには、特に怪しい気配は無いみたいだ。
俺は枕元に置いていた漆黒の短刀に手を伸ばし、鞘から抜き放つ。いつでも飛びかかれるように態勢を整えると、ギィィっときしむ音を立ててドアが開いた。
「あらぁ? アルフレッドさま、起きてらしたのですかぁ?」
「うふふ。寝込みを襲っちゃおうかと思っていたのにぃ」
部屋に入って来たのは、肌が透けて胸の突起がはっきりとわかるほどの薄いナイトガウンを羽織った犬人娘二人だった。うん、犬人の男共とはまた別の意味で、やたらと絡んで来たセッポの娘達だ。
「……何の用だ?」
いや、殺気も敵意も感じないし、熱を帯びた表情を見れば何をしに来たのかは分からないはずもないが。
「お情けを頂戴に参りましたぁ」
「わたしも。身体が火照ってしまってぇ」
半裸と言っていいような恰好の二人が、許しも得ずに部屋に入って来る。むせ返るような甘い香油の香りが部屋に充満する。
二人とも、上気して赤みを帯びた肌色が生々しく美しい。ああ、これ、あれだ。竜の肉の効果だな……。
寝る前の【解毒】のおかげか冷静さは保ててるけど……かく言う俺も肉体の方は過剰に反応してる。聖剣アルフレッドは常時発動状態だ。
「アルフレッドさまぁ、わたしたちに」
「子種を注いでくださいませぇ」
酒の席と同様に両脇から俺に抱き着く二人。
あーーーーやばい。これはマズい。何がやばいって……
「アル、起きてるの? あたしも、なんだか眠れなくて……」
犬人娘達が入ってきたと同時に、物音に気付いたアスカが俺の部屋に向かって来てたんだよな。
油断したなぁ……。どうしよ、コレ。
おかげさまで300話到達!
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