第299話 獣人と森
「【魔力撃】!」
「アギャアーーーッ!!」
墜落した風竜に一足飛びで詰め寄り、最も得意とする攻撃スキルを発動する。火龍の聖剣は竜の鱗を易々と切り裂き、俺の胴体よりも太い首を半ばまで断ち切った。
鮮血を噴水のように撒き散らしながら倒れ伏す風竜の瞳が、どこかホッとしたように見えたのは気のせいだろうか。
うん、まあ、半日以上も突風を浴びせられて、地べたに縫い付けられていたんだもんな。しまいには俺とエルサで交代しつつ、目の前でのんびりランチをとられる始末。
大空を風のように舞う竜としては、忸怩たる思いだっただろう。そんな感慨を抱ける頭脳があるのかは知らんけど。
「おつかれー! 二人とも第四位階の黒魔法をマスターできたね!」
「ああ、おつかれ」
突風で風竜を翻弄しつつ、明後日の方向に槍系の魔法を放ち続けること丸一日。ようやく俺とエルサは第四位階黒魔法の全てを修得することが出来た。
「今さらだけど、信じ難い成長速度よね……」
「俺はアスカ式でしかスキルの訓練をしたことが無いからわからないが……やはり異常だよな」
「今日だけで普通の魔道士が十年以上かけて辿り着くような成果よ。今までの地道な訓練が馬鹿らしく思えてくるわ……」
魔法の訓練といえば、的に向かって何度も発動を繰り返したり、瞑想をして集中力を高めたりするのが一般的だ。そもそも肉体レベルと違って、スキルにレベルが存在することすら一般的には知られていないのだから、そういった訓練が行われるのは当たり前のことだろう。
俺も剣術・弓術・槍術・体術は、加護を得るずっと以前から訓練をしていた。戦い方を身に着けるためには必要不可欠なことであり、決して無駄なことではない。
だが、スキルの威力や効果を向上させるという目的に限っては、地道な訓練が馬鹿らしく思えてしまうのはしょうがないことだろう。訓練所でいくら練習しても、熟練度はこれっぽっちも稼げないからね。
ああ、今さらだが、俺の今の加護は【魔道士】だ。今日、第四位階の黒魔法を全て修得したので、加護レベルは『魔道士Lv.2』になっている。
加護を変更するための大事な物は『アストゥリアの短杖』。アルセニーさん達とシルヴィアの転移陣に来る前に、エルサとともにエウレカの転移陣に立ち寄って入手した。
エウレカの転移陣では、いつもの通り四角錐状の神殿がせり上がり、狭い通路を通って白い部屋に行き、女性の像の前にある棺のような匣から大事な物を手に入れた。エルサが驚いて言葉を失くしていた以外に、特筆すべきことはなかった。
ちなみに、エルサの加護は『天龍の従者』になった時に、【魔道士】から【大魔道士】にクラスアップしている。第九位階までの全ての黒魔法を覚えることが出来る、魔法使いの最上位加護だ。
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エルサ・アストゥリア
■ステータス
Lv : 29
JOB: 大魔道士Lv.1
VIT: 364
STR: 141+300
INT: 1625
DEF: 507
MND: 1334
AGL: 535+300
■スキル
第四位階黒魔法
初級細剣術Lv.6・馬術Lv.4
火柱Lv.1・瀑布Lv.1・紫電Lv.1・岩壁Lv.1
■装備
天龍の短杖
白銀の細剣
神鳥ガルダの半外套
風装の足輪
火装の腕輪
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アスカによると、『大魔道士Lv.1』と表記されているものの、ステータスの補正は『魔道士Lv.2』と同じ程度らしい。それは、まだ第四位階までの魔法しか修得していないからなのだそうだ。
魔法はそれぞれの属性で第九位階まであるから、エルサは肉体レベルと加護レベルを上げていくことで、まだまだ強くなれる余地が十分にあるってわけだ。アスカの指導があれば、歴史に名を残す大魔法使いにだってなれるかもしれない。
「アリスも! アリスも、やっと錬金のスキルレベルが上がったのです!」
「おー、よかったな、アリス」
アリスは戦闘には加わらず、魔力回復薬を呷りながらスキル【錬金】をひたすら繰り返していた。アストゥリアでキャンプをした時は『鉄から銅、銅から鉄』の変換を繰り返してみたが、スキルレベルは全く上がらなかった。今日は『銀から金、金から銀』の変換を試してみたのだが、上手くいったようだ。
貴金属の錬金は魔力消費が激しく、たった数回の錬金でもアリスの魔力は枯渇してしまう。そのため発動回数を稼ぎにくく、効率が悪いと思っていた。だが【錬金】の熟練度稼ぎには、『発動回数を稼ぐ』ことよりも、『錬金する金属の希少さ』や『魔力消費の多さ』の方が重要な条件なのかもしれない。
「たぶんなんだけど、【錬金】スキルは『レベルの高い敵がいるフィールド』で『貴金属を錬金する』ことで、効率良くレベルを上げられるっぽいね!」
アリスは肉体レベルが高いから、スキルの熟練度を稼ぎにくい。加護もスキルも違うから比較しにくいが、少なくとも俺達の数十倍の労力がかかると思われる。
そのため、アスカは旅の道中や街中、戦闘中などで、条件や場所を変えてスキルを使わせ、統計を取っていたのだ。アスカのことだから、さらに効率的な稼ぎ方を見つけてくれるに違いない。
「アリスもまだ強くなれるのです!」
そもそも鍛冶師や錬金術師は戦闘向きの加護ではないにもかかわらず、アリスは十分な戦力になってくれている。そのうえで、さらなる強さを求めるってんだから……俺もその熱意やひたむきさを見習わなきゃな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、あれじゃないかな?」
元村長のセッポから、村人達の共同墓を確認して来て欲しいと言われていた俺達は、トゥルク村の外れに足を運んだ。
「これがトゥルク村の人達のお墓なんだね」
「ああ。魔物に倒されてなくて良かった」
俺達は一列に並んで、トゥルク村の共同墓を仰ぎ見る。
高さは20メートルを超え、周長は俺達全員が手をつないでも足りないぐらいに大きな墓。それは樹齢100年は優に超すだろうアカマツだった。
アカマツの幹回りには、稲藁を編んで作ったのだと思われる太い縄が、ぐるっとまわしてあった。たぶん魔除けや豊作を願うリースと同じような意味を持つのだろう。
森の中に生まれ、森の恵みで育ち、森の霧に守られて生き、死して森に還る。トゥルク村の犬人達に限らず、どの種族の集落にも象徴の樹があり、集落に生きる者は最期にその樹の糧となり、樹の一部となって集落を見守る。それが獣人族の一般的な死生観なのだそうだ。
「セッポ村長の依頼を受け、風竜を討伐した。これからは村人たちが、会いに来れるよ」
俺はアカマツにそう語りかけ、元村長から預かっていた米の酒を樹の根に振りかけた。
「よし、じゃあ行こうか」
「ええ。早く野営の準備しないとね」
風竜の討伐に丸一日かけたから、もう間もなく日が暮れそうだ。周囲の田畑で遊ばせているエースを呼び戻して、野営を張らないと。
村の広場に戻る俺達の背後から、一陣の松風が吹く。アカマツの梢を渡る波の音が、『ありがとう』と囁いたように聞こえた。




