第296話 レグラム王国
「ごめんなさいなのです」
翌朝早々にオキュペテの村を出た俺達は、レグラムに向けて旅立った。その馬車の中で、アリスはアスカの前に正座させられている。
「いつから覗いていたのかな? アリスちゃんは」
アスカがアリスに問いかけて、にっこりと微笑む。目は全く笑っていないけど。
「その、アスカが、家族の顔が思い出せないって言ってたところからなのです……」
ほぼ最初からじゃねえか。普段なら部屋の周囲の気配をちゃんと探っているのだが……油断したなぁ。昨日はアスカの話を聞くのに集中していたから、注意を怠っていた。
「へぇー、ずっと見てたってことか」
アスカの笑顔が引き攣る。あ、わりと怒ってる……。
「み、見てないのです! 声だけ、なのです!」
「声だけだって恥ずかしいじゃない! もうっ!」
「ご、ごめんなさいなのです……」
まあ、確かになぁ。恥ずかしいのはわかるけどさぁ。アスカに文句を言う資格は無いと思うけど?
「アスカだってクラーラ達のしてるとこ覗いてたじゃないか」
「そ、それとこれとは話が別!」
いや別じゃないだろ。バレてないと思ってるかもしれないけど、野営の時だけじゃなく孤児院でもクラーラ達のことをこっそり覗いてたの知ってるからな?
「そのへんにしときなさいよ、アスカ。アリスだってアスカのことが心配で様子を窺いにいったのよ?」
御者台でエースの手綱を握っていたエルサが、アスカに声をかけた。
「それは…………そ、そういえばエルサだって覗いてたってアリスが言ってたじゃん!」
「あら、人聞きが悪いわね。私は二人が始めちゃったあとは部屋に戻ったわよ? 部屋にいても声は聞こえたけれどね。アスカ、あなたもう少し声を抑えた方がいいわよ」
「えっ……うそっ!? 隣りの部屋でも聞こえたの!?」
こくりと頷くエルサ。
アスカってけっこう声が出ちゃう方だもんなぁ。隣部屋だったエルサに聞こえてしまうのは無理ないかも。宿の壁、そんなに厚くはなかったし。
アスカは一部始終を聞かれていたことに赤面して項垂れた。いや、俺もかなり恥ずかしいんだけどね。
最中にアスカの耳元で囁いていたこととかも聞かれていたのかな……。いや、小声だったから聞こえてないさ。うん。そういうことにしておこう。
「盗み聞きしてしまったのは申し訳なかったわ。でも、私達もアスカが心配だったのよ。急に泣き出してしまうのだもの」
「あ……ごめんね、心配かけて」
「いいの。アスカが不安に思うのも無理ないと思うもの」
御者台から振り返り、エルサはアスカに優しく微笑みかける。
「でも忘れないで。私も貴方の力になりたいと思っているの。一人で考えこまないで、出来れば私にも頼ってちょうだい」
「……うん、ありがとう」
エルサは強いな……。自分だって最愛の従妹を失って間もないのに、こうやってアスカのことを気遣えるんだから。
「アリスもアスカの力になりたいのです。アリスにも頼ってほしいのです!」
「アリス……」
アスカは瞳を潤ませて、こくりと頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから馬車で移動すること1週間。ようやくレグラムに辿り着いた。
予定していた日程より3日ほど早い到着だ。途中の村落には立ち寄らなかったし、出てくる魔物は全て【威圧】で追い払っていたしね。もちろんエースも良く頑張ってくれた。
道中の出来事と言えば、冒険者ギルドで受注した賞金首ハント魔闘猪を討伐したぐらいかな。後は代り映えのしない森の中をひたすら南下して来ただけだ。
レグラムはオキュペテと違い、濠と土塁に囲まれていた。ここも濃い霧に囲まれ魔物は寄り付かないわけだから、これは人の侵入を防ぐためのものってことだろう。小国家群は獣人族同士で内戦を繰り返しているのだから、これぐらいの防御施設があるのは当たり前か。
「身分証を」
「これでいいかい?」
濠に設けられた門を通過する際に狼人の門衛に呼び止められ、俺達は冒険者タグを提示する。アスカは商人ギルドの会員証だ。
身分証は問題なかったようだが、馬車の中に何も置いていなかったことで訝し気な目を向けられた。失敗したな。ベッドは論外としても、衣服や食料などの荷物ぐらいはアイテムボックスから出しておくべきだった。
「結構。入市税は一人銀貨1枚だ」
入市税か……。
セントルイス王国では国内の人と物の流れを阻害するということで、百年以上前に撤廃された制度だ。自由に土地を行き来できれば、商人の往来や物資運送が盛んになり、結果的に都市の財政を潤沢にするからだ。
鉱山都市レリダでも、魔法都市エウレカでも、通行にかかる税は取られなかった。エウレカは荒れた土地が広がっていたため人の往来が盛んでは無さそうだったし、レリダはそれどころじゃなかっただけかもしれないけど。
小国家群では、通行税も領主の重要な財源の一つとなっているのだろう。その財源の使い道は、戦費といったところか……。獣人族が種族ごとにバラバラに国家を立て、小競り合いをしているような情勢では致し方ないのかもしれない。
払わないわけにもいかないので、素直に入市税を支払い街に入る。この街はレグラム王国の事実上の首都なのだろうが、街の雰囲気はオキュペテとさほど変わらない。違いは、規模が大きく、瓦葺き屋根の家屋が多いことくらいだ。
「さて、まずは冒険者ギルドに行くか」
「あら。傭兵ギルドではなくて?」
エルサは少し不満そうに、そう言った。魔人族の情報を得たいエルサとしては、傭兵団『荒野の旅団』の団長ゼノと早く接触したいのだろう。
「先に冒険者ギルドに顔を出しておいた方が良い。当面はここを拠点にするわけだしな」
エルサを宥めつつ、冒険者ギルドに向かう。
木造の平屋が立ち並ぶ目抜き通りを行き交う人は、犬人族が大半だが、央人もそこそこいるようだ。
「獣人って一口に言っても、獣寄りな人もいれば、央人寄りな感じの人もいるんだねー」
耳と尻尾だけ獣っぽい人もいれば、手足や首回りがふさふさとした毛に覆われている獣人もいる。王国では毛深い獣人を見ることはほとんど無かったが、こちらに来てからはよく見かけられた。
「そうだな。獣人の血の濃さによるのかな?」
王家や領主を名乗る一族は、やはり獣人の血が濃かったりするんだろうな。神人族みたいに、選民思想が強くなきゃいいんだけど……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「Aランク冒険者アルフレッド……ああ、あんたが」
冒険者タグを確認した犬人族の受付が、俺の顔をまじまじと見ながらそう言った。
「なんで俺の名を?」
「オキュペテでゼノ様のコードを照会しただろ?」
「ああ、そういうことか」
冒険者ギルドは近隣の支部同士で、鳥型の従魔を使って連絡を取り合っている。俺達がゼノを探していることも、既に伝わっていたようだ。
「あんたがゼノ様を探してることは荒野の旅団にも連絡してある。今、ゼノ様は不在にしてるそうだが、数日後には戻るってよ」
ゼノがこの街に戻ってきたらギルドに連絡をくれるそうなので、俺達は待っていればいいそうだ。話が早くて助かるな。傭兵ギルドを尋ねる手間も省けた。
道中でこなした賞金首ハントの報告を済ませ、良質な厩がある宿を聞いてから冒険者ギルドを出る。連格があるまで数日はのんびり過ごせるかな……と思ったら、ギルドの前で数人の男達が俺達を待ち構えていた。
「お前がアルフレッドか?」
狼人の男が剣呑な雰囲気で俺を睨みつける。
うーん、テンプレってやつかな?




