第29話 セシリーの料理教室
「アスカさん、アルフレッドさん、いらっしゃい。お待ちしていました」
「おじゃましまーす!」
「今日はよろしくお願いします」
火喰い狼との決戦の翌日、俺たちはセシリーの家にお邪魔していた。家は町の中心の広場のほど近くにある3階建ての立派な建物だ。
1階部分はレンガ造り、2階と3階は木造の混合造りになっている。おそらく3階は後から建て増しされたのだろう。境目のところから上の部分の色合いが異なっていた。
「前に伺った時にも思いましたが、立派な邸宅ですね。この町で石造りとはめずらしい」
夕食を一緒にした日に、セシリーさんを送った時は夜だったから気付かなかったが、1階は石造りだったんだな。この町は樹海が近くにあり丈夫な木材が豊富に採れるから、ほとんどの家は木造だ。石材は木材に比べて高価だろうし、中心部からも近い位置にあることを考えると、セシリーさんのお宅はこの町の富裕層なのだろう。
「父が、防犯と安全のためにどうしても1階だけは石造りにしたいと言って作らせたそうなんです。父は冒険者ギルドの職員で、現役の冒険者でもありますから、職業柄のこだわりみたいです」
「そうなんですか。お父様はこの町の冒険者ギルドに?」
「いえ、父は母と一緒に王都クレイトンに行っています。父がこの町にいてくれれば、火喰い狼の被害もここまで大きくならなかったと思うのですが……」
へえ。相手が賞金首でも問題なく解決できそうだという事は、セシリーさんの父親はなかなか凄腕の冒険者みたいだ。優秀な冒険者の中には豪商や貴族にも引けを取らないぐらい財力を持つ者も多いからな。冒険者ギルドの職員でもあるそうなので、セシリーさんが優秀な商人ギルド職員なのも親御さんの薫陶によるものなのだろう。
「立ち話もなんですから中へどうぞ。さっそく、羊肉のシチューを作りましょう」
セシリーさんが台所に案内してくれる。台所には石造りの大きな竈だけでなく石窯まであった。
「すごいですね……。こんなに立派な台所なんて、貴族の邸宅のようだ」
「母が料理好きなもので、父にねだって作ってもらったそうです。私が一人で使うには大きすぎるぐらいなのですが」
一人で料理するには俺が使っていた薪ストーブでも大きいぐらいだったからな。この台所は、店でも開けそうなぐらい立派な設備だ。
「ではさっそく作り始めましょうか。まずは野菜を洗いましょう」
「あ、水を出しましょうか? こちらの甕にためていいですか?」
セシリーさんの料理教室が始まった。山鳥亭のシチューは羊乳を使ったクリームシチューだったが、母親から教わったと言うレシピでは羊乳を使わないみたいだ。
と言うより羊乳を料理に使えるほど融通できるのは放牧をしている酪農家ぐらいなんだそうで、使わないのが一般的らしい。山鳥亭は酪農家が運営している酒場なのかな?
「材料はポテトと玉ねぎ、人参、羊肉ですね。ポテトはこのぐらいの大きさにカットしてください。人参は乱切りで、こちらも大きめにカットします」
「え……乱切りってどうやるの……?」
「こうやって回しながら切るんだよ」
アスカもいちおう一緒に教わっている。料理は全くしたことが無かったそうで、ナイフの扱いもたどたどしく、手を切ってしまわないかと見ていて冷や冷やする。
「そうですね。形はバラバラでいいのですが、大きさは合わせるようにしてくださいね」
「えぇー難しいよぉー」
よっぽど良家のお嬢さんなんだな、アスカは。普通は母親から教わったりしないものか?
「ふーんだ。アスカちゃんはやれば出来る子なんだからねー。料理なんかすぐ覚えちゃうんだから」
ああ、頑張ってくれ。長旅になるとアスカのアイテムボックスにある薪ストーブで野外調理することも多くなるだろうしな。ある程度は出来るようになってくれないと俺も困る。
「では、この玉ねぎは薄くスライスしてください」
さすがにスライスはアスカに任せられないので俺がやることにする。トントントンと小刻みにナイフを動かし、玉ねぎを薄切りにしていく。
「すごく手際が良いですね。父も料理は得意でしたが、やはり冒険者の方は料理上手な方が多いのですかね」
「冒険者は野宿して料理をすることも多いでしょうからね。俺は5年ほど一人暮らしをしていましたので、料理はよくやっていましたから」
聖域での唯一の楽しみは料理だったからな。少ない森番の給与も、野菜の苗や調味料にほとんどつぎこんでいたぐらいだったし。
「では羊肉を焼いていきましょう。このぐらいの大きさの角切りにして、塩コショウで味付けをします。母のレシピではここで小麦粉をまぶしておくんです」
なるほど。羊肉を柔らかくするためかな? シチューにするからトロミ付けの意味もありそうだ。
「羊肉は焼き色がついたら、いったん鍋から取り出します。次は玉ねぎをしんなりするまで炒めてください」
セシリーさんの指示に従って調理を進めていく。玉ねぎがしんなりしたら、ポテトと人参をくわえてさっと炒める。全体に羊肉の獣脂がなじんだところで、先に焼いていた羊肉を戻しいれる。
「香りづけと羊肉の臭みを取るためにタイムとローリエを入れます。母のレシピでは、この時に乾燥させた薬草も一緒に入れるんです」
「へー薬草って料理にも使うんだー!」
「そうですよ、アスカさん。肉の臭みを取る効果の他に整腸作用もあるので、療養食などにはよく用いられています」
「そうなんだねー」
普通の薬師なら当然知っている知識だろうけどね。セシリーさんは特に気にしている様子も無いから別にいいけどさ。
「あとは、水をくわえて小一時間ほど煮るだけですね」
「んー完成が楽しみ! クリームシチューじゃないとどんな感じなのかなー!」
シチューが煮えるまでの間、セシリーさんお手製のハーブティーをご馳走になる。お茶をいただきながら、火喰い狼との戦いの事なんかをセシリーさんに話した。
無精ヒゲ達が魔法袋を狙った話をすると、セシリーさんは顔を青ざめさせる。大容量の魔法袋を俺たちが持っていると言う情報が出回ったのは、たぶん商人ギルドからだろうから責任を感じているようだ。
気にしないようにとセシリーさんに伝えて、他の話をしていると小一時間が経ち、シチューが完成した。俺たちは2階の居間に移動して、完成したシチューをいただく。昼食のメニューは、セシリーさん特製の羊肉のシチュー、俺たちが持ち込んだパンとワインだ。
「いっただっきまーす!」
「どれどれ……うん、うまい。なんていうか、素朴でほっとする味わいですね」
「ええ。うまくできて良かったです」
「うん! おいしいー!! 山鳥亭のクリームシチューもいいけど、こっちもいいね!!」
羊乳が入ったクリームシチューのように濃厚でコクのある味わいではないが、野菜と羊肉からいいスープが出ていて素材の味がしっかり味わえる滋味深い一品だ。
「たくさん作っておいて、二日目に食べるシチューも、より味が染みて美味しいんですよ」
「あーわかるー! 二日目のカレーとか最高だよね!」
カレー? ニホンの郷土料理か? 興味はあるが、アスカはレシピを知らないだろうな……。
それにしてもこの料理は美味しい。また作りたいな。旅に出る前に羊肉を大量に仕入れておこう。
アスカのメニューがあれば持ち運びも保存も心配ないしな。できれば羊乳も手に入ると嬉しいんだけど……。
俺たちは羊肉のシチューに舌鼓をうち、俺とセシリーさんでワインを飲み干し、のんびりとした昼食の時間を過ごした。
食事を食べた後に、1階に戻り台所の片づけたり食器を洗ったりとしていると、セシリーさんがこっそりと話しかけてきた。
「アルフレッドさん、ちょっとご相談というか……お願いがあるのですが、この後にお時間をいただけますか」
「え、ええ、かまいませんが……」
「では、片付けが終わったら、お一人で3階の私の部屋にいらしてください」
え? アスカと一緒じゃなくて? 何の用事なんだろう……。




