第3話 森番小屋にて
俺はアスカを連れて小屋に向かった。面倒だけど、転移してきた人に寝床や食事を提供するのも森番の仕事の一つだからな。
「狭い我が家だけど、どうぞ」
「はーい、ありがと! うわー、見慣れた小屋だけど質感がリアルでなんか新鮮! うーん、木の香りがするー。あたしログハウスってはじめて!」
見慣れた? 来た事があったっけ? いや、無いな。少なくとも俺が森番になって5年の間には来た事は無いはずだ。
「アスカ、そこに座ってて。お茶を淹れるよ」
「うん! ありがと」
俺はストーブに薪を入れて生活魔法の着火で火をつけた。そして水を入れたポットをコンロの上に置き、ティーポットに茶葉と乾燥ハーブを入れる。
「ゲームと違って生活感があっていいね」
アスカは物珍し気に部屋の中をきょろきょろと見回している。吊るしてある干し肉やドライハーブをさわったり、ベッドに座ったりと落ち着きがない。
そうこうするうちにポットのお湯が沸く。ティーポットにお湯を注ぐと、ハーブの香りがふわっと部屋に広がった。
「はい。お茶が出来たよ」
「ありがと。いい香り。……うん、すっきりしてるけど優しい味。レモンティー?」
「紅茶にレモンバームを入れたんだ。ハーブは裏の畑で育ててる」
「自家製なんだ! すごいね」
「ちょっとした野菜とハーブは自家栽培してるんだ。さすがに紅茶は無理だけど」
「へぇー。あたし、植物なんて育てたことないわ」
「作らないと食べられないからね。あ、アスカ、今から夕食を作るけど食べるだろ?」
「うん! ありがとう。なにか手伝う?」
「だいじょうぶ。ゆっくりしてて」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アスカに聖域の外に出ないように注意してから料理に取りかかった。最初はめんどくさいと思ったけど、アスカは悪い子じゃなさそうだ。誰かとご飯を食べるのは久しぶりだし、せっかくだから腕によりをかけよう。
まずは鍋に塩漬け肉とニンニクとドライハーブを入れて、ひたひたになるくらいに水を入れる。それをコンロの火にかけてぐつぐつと煮ながら丁寧に灰汁を取っていく。塩漬け肉に火が通って味が染み出たら、玉ねぎ、じゃがいも、キャベツの順で野菜を入れる。野菜に火が通ったら、塩と胡椒で味を調整すれば完成だ。
料理をしている間、アスカは小屋から出て辺りを散歩しているみたいだ。外から時おりワーッとかキャーッとか声が聞こえる。本当に落ち着きがない子だな。
「アスカー! 出来たよー!」
窓を開けてわりと遠くにいるアスカに声をかける。もう辺りは暗くなりかけている。あと数十分もすれば真っ暗になるだろう。
「はーい! いま行くー!」
アスカが元気に手を振っている。うん。やっぱ、かわいいな。
俺はランプに魔力を込めて、灯かりをつける。これであと3,4時間は灯かりが持つだろう。そうこうしていると小屋のドアが勢いよく開いた。
「ねえアル! スライムがいた! ぷにぷにしててかわいーの!」
「あ、小川まで行ったんだ?」
スライムは少し離れたところにある水辺に生息してる。まあ聖域の中の魔物はこちらから手を出さなきゃ襲っては来ないから問題無いだろう。
「うん! ホーンラビットとワイルドスタッグもいたよ!」
「この辺りは動物がたくさん住んでるからね」
「動物? 魔物じゃなくて?」
「まだ幼くて魔石を持ってない魔物は動物っていうんだ。魔石を持つ魔物はこの聖域に入ってこれないけど、動物なら入ってこれるんだ」
この聖域には魔物の幼体である動物がたくさん住んでいる。身を守るために危険な森から安全な聖域に逃げ込んでくるからだ。
聖域の中の動物たちはある程度成長すると、聖域の外の魔素に惹かれて森へと出て行く。魔素を取り込んだ動物達はその身に魔石を宿して魔物となる。
魔石を身体に宿した魔物は、森で交配し子供を産む。そうして産まれた子供は、捕食されないようにと再び聖域に逃げ込んでくる。この森ではそうして命が巡っている。
「へぇー。だから聖域の魔物は魔石も経験値も無いんだ! なるほどね!」
「ケイケンチ? まあいいや、食事にする?」
アスカがまたよくわからないことを言ってるけど、いちいち突っこんでたらきりがない。さっさと食事にしちゃおう。
「うん! いい香りだね。何をご馳走してくれるの?」
「塩漬け肉のポトフだよ。ちょっと待ってて」
ポトフを鍋ごとテーブルに運び、バゲットとチーズをのせたバスケットも持ってくる。アスカはテーブルにつき、わくわくした様子で準備をする俺を見ている。俺も椅子に座り、木の器にポトフをよそってアスカに手渡す。
「おいしそう!」
「ありがと。さ、どうぞ召し上がれ」
ちょうど町で買ってきていたからバゲットがあってよかった。パンを作るのは大変だから、いつもは小麦粉で作った団子かオートミールで済ませてるんだよな。
「おいしい!! ちょっと薄味だけどさっぱりしてて食べやすいね! このお肉もおいしー! これなんの肉??」
「ウサギの塩漬け肉だよ」
「ウ……ウサギ!? えぇ……ちょっと待ってよ……小学校で育てたことあるんですけど。かわいかったのに……うぇぇ……でも、でも……フレンチとかでは食べるって言うし……」
青ざめた顔でスープを見つめ小声で独り言をブツブツと言うアスカ。ウサギが嫌いだったのか?
「いや、食べるのよ……アスカ! 生き物は生き物食べて生きてんのよ! せっかくの命はもれなく全部食べつくさないと!」
そう言うとアスカは目を潤ませてスープをがつがつと食べ始めた。なんなんだいったい。でも、さっきおいしいって言ってたよな?
「あー、おかわりあるけど、いる?」
「いただくわ!!」
アスカは血走った目つきで、空になった木皿を突き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふーごちそうさま! おいしかったよ、アル。料理が上手なんだね」
「どういたしまして。はりきった甲斐があったよ」
「ウサギって初めて食べたけど美味しいね」
「初めて? めずらしいね。ここいらではよく食べるんだよ。兎の魔物は世界中に生息しているっていうから、どこでも食べてるんだと思ってたよ」
「あたしが住んでるところじゃ食べないんだよね。豚とか牛とか鶏はよく食べるけど」
「そうなんだ。ちなみにアスカはどこから来たの?」
「んー、日本って国から来たの。とってもとっても遠い国だよ」
「ニホン? 聞いたこと無いな。どの辺りにあるんだい?」
「ずーーっと東に行った島国、かな。こことはずいぶん文化が違うよ」
「へぇ。世界は広いんだな。俺は領地から出たことも無いから、想像もつかないよ」
「あ、領地と言えば、アルの名前ってアルフレッド・ウェイクリングだよね? この辺りってウェイクリング伯爵領だったと思うけど、やっぱりなんか関係あるの?」
あ、やっぱり気付くか。さっきのメニューとかいうので氏名がバレてるしな。
「ああ。俺はもともとウェイクリング家の人間なんだ。わけあって家から出て、ここで森番をやってるけどさ」
「やっぱりそうなんだ! アルは貴族だったんだね」
「いや、今はもう貴族じゃないんだ。いろいろと事情があってさ」
「事情……かぁ。ねえ、嫌だったらいいんだけど、アルのお話を聞かせてくれない?」
「うーん。面白くも無いし、退屈な話だよ?」
「それでもいいよ。アルの話を聞きたいな。ダメ?」
アスカが首をかしげて、やや上目遣いで聞いてくる。うーん、ちょっとあざといな。でもかわいいから許す。
「ちょっと長い話になっちゃうけど……」
「うん。聞かせて?」
まあいっか。楽しい話じゃ無いだろうけど、聞きたいなら。別に隠してるわけじゃないし、町中の人が知ってる話だしな。
「わかった。じゃあ、蜂蜜酒でも飲みながら話そうか。町で買ってきたのがあるんだ」
高いからとっておきの時に飲むつもりだったけど、まあいいか。誰かとお酒を飲むことなんて、引きこもりの俺にはめったにある機会じゃないし。かわいい女の子と飲めるなら、いいだろ。
「えっと、興味はあるんだけど……あたしは未成年だからやめとくわ」
「へ? 未成年? アスカは17歳なんだろ? とっくに成年じゃないか」
「え? こっちじゃ17歳は成人なの? 日本では20歳からなんだけど」
「ああ、ウェイクリング領では15歳から成人だよ」
アスカが驚いた顔をする。そんなに驚くことなのか? というか20歳で成人ってずいぶん遅いな。世界にはいろんな国があるんだな。
「15歳かぁ。じゃあこの国の人は、15歳からお酒を飲んじゃうの?」
「そうだね。エールとか薄めたワインとかなら、もっと小さなころから飲むことも多いけど」
「へぇー。じゃああたしもとっくに成人なのかぁ。んーじゃあ飲んじゃおうかな。興味もあるし……どうせ夢だし」
「夢?」
「あ、こっちの話。気にしないで。さ、飲もう! 蜂蜜酒ってファンタジーでしか聞いたことなかったから、気にはなってたんだ」
「あ、ああ」
アスカの言う事がちょっと気になりながらも、俺は席を立ち蜂蜜酒と木製のカップを取りに行った。