第293話 鳥人族の村オキュペテ+map
街道をしばらく進むと腰高ほどの石碑が見つかり、馬車一台がなんとか通れるほどの広さの脇道に入る。脇道を進むにつれて霧が段々と濃くなっていき、数メートルほど先しか見通せなくなってきた。
「なんというか……幻想的な風景だな」
辺り一面にキラキラとした光の粒子が舞っている。霧にダイヤモンドでも散りばめたかのようだ。
おそらく多量の魔素を含んだ霧が、木々の合間から差し込む光を乱反射しているのだろう。脇道の両側に林立する高木が光を遮っているというのに、辺りはぼんやりと薄明るい。
「美しいわね……。この霧は魔物の方向感覚を狂わせるってことだったけれど、皆は何か感じる?」
エルサがうっとりとした顔で辺りを見回しながら言った。
「特に変わった感じはしないのです」
「同じく。魔素が濃いってのは感じられるが、感覚が狂ったりはしていないかな」
「魔物を追い払う霧か……どんな仕組みが働いているのかしらね」
森の中だけあって、街道を通っている時はそこかしこに魔物の気配があった。だが脇道を進むにつれて、周囲から魔物の気配が消えていった。
魔物達は霧に惑わされて知らず知らずのうちに離れてしまうのだろうか。それともこの輝く霧を嫌って離れていくのだろうか。
まあ、街道を通っていた時も、エースが【威圧】をまき散らしていたから、魔物は近寄って来なかったけどね。今やエースのレベルは俺を凌駕しているくらいだから、低ランクの魔物は一目散に逃げていく。
干し草や麦、果物などに砕いた魔石を加えたアスカ特製の餌を毎日食べているエースは、出会ったころに比べると遥かに力を増しているのだ。いつの間に習得したのか、【魔道士】の風魔法【紫電】を角からぶっ放したりするようになったぐらいだ。
魔物は他の魔物を倒すか、魔石を摂取することで強くなっていく。加護は無いが、レベルが上がることでスキルを習得していくようだ。
エースの場合は螺旋角を起点に発動するスキルを得ていくみたいだから、希少素材とはいえ折っちゃいかんな。アスカが折ろうとしたら、全力で止めないと。
いや、これだけ仲良くなったんだから、さすがにやらないとは思うが。やらないよね?
「おっ!?」
「へぇ……」
「霧が晴れたのです!」
高木のトンネルを抜けると、一面の麦畑であった。霧は不意に無くなった。エースが足を止め幌馬車が停まる。
御者台にいたアリスの脇から顔を出し、辺りを見回す。森は途切れ、遠くに川の流れと水車小屋が見えた。
「驚いたな……霧の先はこうなっていたのか」
「森の中に、こんな長閑な光景が広がっているとは思いもしなかったわね。ああ、そう言えば旧シルヴィア王国は農産物の輸出国だったかしら」
広々とした麦畑には刈り取られた麦藁が積み上げられ、ぽつりぽつりと茅葺屋根の小屋が建っている。しばし田園風景に目を奪われて呆けていると、大きな鳥がこちらに滑空して来るのが見えた。
鳥? いや、違う。あれは鳥人か。
両腕の翼を大きく広げて滑空して来た鳥人は、俺達の頭上まで飛んでくるとバサバサと翼をはためかせて降り立った。俺達は念のために馬車から下り、武器に手を伸ばして待ち受ける。
「やぁ、転移陣から来たのかい?」
鳥人の男性が、にこやかな笑顔を浮かべて歩み寄って来る。どうやら友好的な人のようだ。身を軽くするためなのだろうか、上半身は裸で丈の短いズボンしか履いていない。
鳥人は初めて見たが、肩から先の両腕が翼になっている以外はほとんど央人と変わらないんだな。あ、手足は鳥の脚にそっくりだ。鋭い鉤爪がついてる。
「エウレカから来たんだ。レグラムに向かう途中でね。冒険者ギルドの支部があればと立ち寄ったんだが、あるかな?」
「冒険者か。この先の丘を越えたところにある俺達の集落に支部があるよ」
「集落には入れてもらえるのかい?」
「ああ。ここは転移陣に一番近い集落だからね。立ち寄る旅人も多いんだ。旅籠もあるから、よかったらのんびりして行ってよ」
「ありがとう、じゃあ立ち寄らせてもらうよ」
「この道に沿って行けば半刻もしないうちに着くよ。それじゃ」
鳥人の男は俺達に微笑んで手を振ると、近くにあった高木を両手足の鉤爪をうまく使ってするすると登り始めた。木のてっぺんに登り切ると、翼を大きく広げて飛び去って行った。
「すごい……飛べるんだね」
「ああ、すごいな。俺もあんな風にして飛んでみたいよ」
「飛ぶっていうよりは滑空するって感じだね。グライダーみたい。ああ、でもそうだよね、人の大きさがあるのに、その場で羽ばたいて飛んでいくってのは無理があるもんね」
アスカがキラキラした目で鳥人が滑るように飛んでいくのを眺めて、そう言った。道中はずいぶん口数が少なかったが、初めてみる鳥人に興奮しているようだ。
飛び立った鳥人が向かった先には、物見櫓が立っている。彼は見張り番だったのだろう。
俺達は馬車に乗り込み、集落に向かって進む。道に沿って小高い丘を登り切ると、こじんまりとした集落が見えてきた。
ちょっと大きめ農村といった風情の集落だ。集落の周りに外壁や柵はなく、堀も無い。街道沿いには商店や旅籠らしき茅葺屋根の木造家屋が立ち並んでいた。
一風変わっているのは、一定の間隔で物見櫓が立っていることだ。村の中にまでなぜ櫓が立っているのかと不思議に思ったが、鳥人がそこから飛び立つ姿を見て合点がいった。あれは空へと飛び立つための、高木のかわりなのだろう。
集落に入ると行き交う人々にチラチラと目を向けられるが、呼びかけられることも無いし、特に排他的な雰囲気はない。旅人に慣れているのだろう。
街行く人に場所を尋ねて冒険者ギルド支部に向かう。ギルド支部には冒険者ギルド・オキュペテ支部と看板が掲げられていた。オキュペテはこの村の名前かな?
ギルドの中に入ると、中にいた数名の冒険者から一斉に視線を向けられる。この反応は万国共通みたいだな。
「いらっしゃい」
受付にいた鳥人の女性が声をかけてくれた。この女性も薄着で、胸を覆ったチューブ状の布とショートパンツしか身に着けていない。どうやら鳥人は総じて衣服を最低限しか身に着けないようだ。非常に眼福……ゴホンッ、目の毒だな。
「冒険者のアルフレッド、こっちはアリス、エルサだ。レグラムに向かう途中なんだが、この辺りの地理や情勢、魔物の情報をもらいたい。移動の途中で良ければ賞金首ハントを受けてもいい」
「あら、あなたAランクなの? それにCランクにBランク! ベテランさんじゃない!」
俺達が冒険者タグを見せながら尋ねると、受付嬢は目をしばたかせて驚いた。
「えっと、ちょっと待ってね」
そう言うと受付嬢は地図を持ってきて、周辺の地理を説明してくれた。
旧シルヴィア王国、現マナ・シルヴィア及び北方小国家群は、セントルイス王国の北西、ガリシア自治区の西に位置する。国土の大半は広大な『シルヴィア大森林』に覆われ、その広さはセントルイス王国全体がすっぽりと収まってしまうほどだ。
マナ・シルヴィアの転移陣は大森林の西方にあり、北に半日も行けばマナ・シルヴィアの里、南に半日ほどでオキュペテがある。目的地のレグラムはここから南に10日ほどの距離だ。途中には兎人族や鼠人族の集落があるそうだが、冒険者ギルド支部は無く、規模も小さいので立ち寄る必要は無さそうだ。
「あの、このコードを調べたんだけど……あなたゼノ様のお知り合いなの?」
「ああそれ、ゼノの冒険者コードだよ。それでアイツはレグラムにいるのか?」
「い、いらっしゃいます! 傭兵団『荒野の旅団』の本拠地は、レグラム王国にございますのでっ!」
冒険者コードでゼノの所在地を確かめてもらったら、受付嬢が興奮した様子で食いついて来た。周囲の冒険者達も会話をやめて聞き耳を立てている。
さすがは、このゼンドリック大陸中に名が知られている傭兵団の団長だけはあるな。荒野の旅団は獣人族が多かったし、ゼノ自身も狼人族だもんな。獣人族に人気があるのだろう。
急に態度が畏まった受付嬢から周辺の情報を聞き出す。この村の周辺に出るのは兎・猪・鹿・狼系統の魔物で、たいして強力そうなのはいない。東の方で犬人族と猫人族の小国が小競り合いをしているそうだが、他には大きな事件や変動は無いそうだ。
報告はレグラムに着いてからでも良いそうなので、Cランク魔物の魔闘猪の賞金首狩りだけを受けて、俺達はギルドを出た。
昼をまわってそれなりに経つので今日のところは、この村で宿をとるつもりだ。食料品や屋台料理の露店を冷やかしながら、ギルドに勧めてもらった高位冒険者向けの宿に向かう。
「あれ……この匂いって……」
アスカが屋台から漂って来る匂いを小動物のようにクンクンと嗅いだ。ん……変わった匂いだな。甘いような、しょっぱいような……。
遠目に屋台を覗くと、白いパスタのような塊を何個か刺した串を火鉢で焼いていた。この匂いは店主が白い塊に塗り付けている茶色いタレから漂ってきているようだ。
「お、お、お団子!? しかも、みたらし!?」
突然、アスカが血相を変えて馬車を飛び降り、露店に向かって駆けだしていった。ど、どうした、何があった!?




