第289話 旅立ちの前に
「【火装】!」
エルサが発動した強化魔法で、身体が沸き立つような熱を持つ。うん、だいぶスキルレベルが上がったおかげで、効果がかなり高まって来たのがわかるな。
「【剛拳】!」
鉄人形が振り下ろした巨大な拳に、魔力を纏った拳をぶつける。鉄人形は大きく仰け反り、バランスを崩した。
「はい、魔力回復っと! もうちょいで【火装】もマスターできるよ!」
「ありがとう、アスカ! いくわよ、【火装】!」
エルサが【火装】を重ねがけする。重ねがけといっても、同じ魔法の効果は重複しないから、効果時間が延長するだけなんだけどな。身体強化が重複するのはスキルと魔法を重ね掛けした場合だけ。騎士の【烈功】と火魔法【火装】、暗殺者スキルの【瞬身】と風魔法【風装】とかね。
「【剛拳】!」
俺の身体ほどの大きさの拳を掻い潜り、拳撃で弾いて受け流す。鉄人形は身体を泳がせ、前のめりに倒れこんだ。
延々と拳を弾き続けているので鉄人形の拳はもうボロボロだ。こいつも一応はBランクの賞金首なんだけど、巨体だけに動きはさほど早くもなく、大振りの拳撃か体当たりぐらいしか攻撃パターンがないから簡単に捌ける。しかも受け流すとだいたい態勢を崩してくれるんだよな。これで俺達のレベルを上回ってくれているのだから、熟練度稼ぎには最適な魔物だ。
「【錬金】!」
アリスは少し離れたところで地べたに座り込んで、【錬金術師】のスキルを繰り返し発動している。【錬金】は金属を他の金属に変換するスキルなのだそうだ。
鉄から銅に、銅から銀に、銀から金にといったふうに金属を変換できるらしい。初めてそのスキルを聞いた時は、アスカと俺は揃って大興奮した。
だってそうだろ? 鉄でも銅でも、金属さえあれば金に変換できるんだ。ボロ儲け出来るかもって思うじゃないか。
でも、世の中そんなに甘くはなかった。
例えば銅から銀に変換する場合、1キロの銅は10グラムの銀に変換できる。そして、1キロの銅は銅貨100枚程度、1キロの銀は銀貨100枚程度で取引される。
『1キロの銅≒銅貨100枚=銀貨1枚≒銀10グラム』の等価交換で、貨幣の交換レートともほぼ同じ。【錬金】で儲けることは出来ないってわけだ。
もちろん、このスキルがあれば鉄鉱山で銀を入手するなんてことが出来るわけだから、かなり有用なスキルであることは間違いない。大量の魔力が必要にはなるけどね。
……というわけでアリスは熟練度稼ぎのためにスキルを繰り返し発動している。金や白銀といった希少金属への変換は、より魔力消費が激しいそうなので、鉄から銅、銅から鉄へと交互に変換している。
ここで問題になったのがアリスの加護【錬金術師】の場合、効率のいい熟練度稼ぎ方法がわからないということだ。
俺やエルサの場合、『自分に対して敵意や殺意を持っている、自分よりレベルが高い敵との戦闘時に、スキル発動を繰り返す』ことが最も高効率の方法だ。ただ、この方法は戦闘の加護の場合であり、それ以外の加護にも適用されるかわからないのだ。
アスカは生産などに関わる加護についての知識を一切持っていない。自分が名乗っていた【薬師】の加護ですら、どんなスキルがあるのかも知らないのだ。効率の良い熟練度の稼ぎ方なんてわかるわけもない。
とりあえず俺やエルサと同様に、敵意をむき出しにしている鉄人形の目の前でスキルを発動し続けてみてはいるが、いまのところスキルレベルは全く上がっていない。昨日と今日で俺の【剛拳】のスキルレベルが4も上がり、エルサにいたっては【水装】・【風装】・【火装】の3つのスキルを修得しかけているにもかかわらずだ。
とは言ってもアリスは俺達の中でも群を抜いてレベルが高い。俺やエルサの方法と同じだと仮定すると、自分よりもレベルが低い敵を相手にした場合は逆に効率がかなり悪くなる。今相手をしている鉄人形よりもアリスはレベルが高いわけだから、スキルレベルが上がりにくいのも仕方ないのかもしれない。
まあ、こればっかりは根気よく色々な方法を試してみるしかない。アリスは2年以上もランメル鉱山に籠った際に、【鍛冶師】のスキルを修得しているのだ。俺達と同じような方法が適用されると考えてみてもいいだろう。ただ、その場合はアリスのレベルが高すぎるのが、熟練度稼ぎのネックになってしまうんだけどな……。
「【火装】! あっ、これは!?」
「おっけー! 【火装】もマスターできたよ!」
「すごい! 魔力が溢れるようだわ!!」
どうやらエルサの第二位階の魔法を全て修得し、加護レベルが上がったようだ。加護のレベルが上がると一気にステータスが伸びるので、魔力の増大を自覚したのだろう。
「アスカ、もういいか?」
「うん! アリス、アル、やっちゃって!」
「了解なのです! 【神具解放】!」
アリスの声と共に、火龍の聖剣が真紅の輝きを放つ。
「はぁっ!」
門を抉じ開ける破城槌のように突き出された鉄人形の腕を掻い潜り、膝の裏を聖剣で巻き打つ。俺の腕を噛み砕いた火を喰らう狼牙の鋭さを宿し、火龍の祝福を受けた聖剣は、熱したナイフでバターを切るように、まるで鉄柱のような脚を一刀のもとに両断した。巨体を支える支柱を失くした鉄人形は、派手な音を立てて崩れ落ちる。
「いよっし、撤退!!」
体を起こそうと藻掻く鉄人形を放置して、俺達は一目散に逃げだした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「魔法の出力が上がっていたし、詠唱が短くなったとは思っていたけど……これほど早くに『覚醒』に至るなんて。君が短い間に驚くほどに強くなっていたのも、納得だわ」
エウレカ以西に延々と広がる砂砂漠『死の谷』から撤退した俺達は、街道沿いの見晴らしの良い丘まで戻ってようやく一息をついた。
「毎日痛めつけられて、あの人形も災難なのです」
「確かに」
ここ数日間、あの鉄人形の腕を壊し、脚をぶった切っては、逃げ帰ってを繰り返している。Bランク魔物にトドメを刺すと多量の魔素を受け取ってしまうから、倒さずに熟練度稼ぎに徹しているのだ。
鉄人形は手足をぶった切っても、翌日に会いに行くと元通りなっている。普通の魔物ならこうはいかないが、人形には周囲の素材を取り込んで修復する特性があるらしい。
少なくともエルサが魔術師クラスの魔法を全て修得するまでは居座るつもりだから、鉄人形にはしばらく付き合ってもらうつもりだ。鉄人形君には痛みに耐えて、頑張ってもらいたい。
「まさかレベルを上げないで強くなれる方法があるなんてね。そりゃあ低レベルの君に負けるはずだわ」
「同じ条件で鍛えていたなら勝てなかったと思うけどな。技術は明らかに劣ってた」
「へぇ、過去形?」
うーん、なんでもありなら負ける気はしないけど、魔法勝負じゃ勝ち目は無いなぁ。魔法の技術はもちろん、魔力でも負けちゃったし。
「はいはい。【大魔道士】様には敵いませんよ」
「ふふっ、わかればよろしい」
そう言うとエルサは薄い胸を張り、くすくすと笑った。
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エルサ・アストゥリア
■ステータス
Lv : 29
JOB: 大魔道士Lv.1
VIT: 243
STR: 94+300
INT: 1083
DEF: 338
MND: 890
AGL: 357+300
■スキル
第二位階黒魔法
初級細剣術Lv.6・馬術Lv.4
爆炎Lv.8・火槍Lv.1・火柱Lv.1
氷矢Lv.1・氷槍Lv.1・瀑布Lv.1
風刃Lv.5・突風Lv.1・紫電Lv.1
岩槌Lv.1・岩槍Lv.1・岩壁Lv.1
■装備
天龍の短杖
白銀の細剣
神鳥ガルダの半外套
風装の足輪
火装の腕輪
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ご覧いただき有難うございます。
これにて『第六章 驕慢たるアストゥリア』は終了です。
次話より『第七章 瘴霧の森マナ・シルヴィア』に続きます。
今後ともよろしくお願いいたします。




