第28話 凱旋
町に戻った俺たちは、その足で冒険者ギルドに向かった。いまだに目を覚まさない尖りアゴは全身をがんじがらめに縛り上げたうえで、デールが肩に担いでいる。無精ヒゲの方は森番小屋から持ってきていたロープで、後ろ手に縛り上げて前を歩かせている。
当然ながら周囲から注目を浴び、中にはこちらを指差してこそこそ話をしている人達もいる。目立つのは当たり前だから仕方がないけど、とても居心地が悪い。
冒険者ギルドに入ると、テーブルに座っていた冒険者たちから一斉に注目を浴びた。ギルドは無数の囁き声でざわざわとしはじめる。そんな中、俺たちはカウンターに向かって悠然と進む。
デールは縛り上げた尖りアゴを担ぎ、ダーシャは無精ヒゲを後ろ手に繋いだロープを手に持って連行している。
その後ろに続くエマは火喰い狼の鋭い牙を一対、俺はアスカが綺麗に剥ぎ取った毛皮を抱えている。今さら手遅れかもしれないが、魔法袋偽装もしなくて済むようにあらかじめ素材を手に持っておくことにしたのだ。
ディックやローマンの変わり果てた姿にいぶかし気な目を向けていた冒険者たちだったが、俺とエマが持っていた火喰い狼の剥ぎ取り素材を目にして驚きの声をあちこちで上げている。
カウンターには数人の冒険者が並んでいたのだが、俺たちを見て黙って順番を譲ってくれた。皆、この異様な状況の説明を早く聞きたいのだろう。
「……な、何があったんですか?」
カウンターにいた男性職員が緊張した面持ちで問いかけてきた。あ、こいつは前に無精ヒゲ達に絡まれていた時に見て見ないふりをしたヤツだな。俺がじとっと睨みつけたら、慌てて目をそらした。
「賞金首の火喰い狼の討伐に成功した。これが討伐証明の魔石だ」
デールに促され、アスカが手に持っていた直径6センチぐらいの魔石をカウンターの上にゴトっとのせる。ゴツゴツとした角のある丸い魔石はうっすらと紅く光を放っている。
「おぉぉっ!!!」
周囲から歓声が巻き起こる。冒険者たちが我先にと俺たちの周りを取り囲み、覗き込むように魔石を見ている。
「わ、わかりました。鑑定を行いますので、お待ちください」
そう言って男性職員は楕円形の板を取り出し、カウンターの上に乗せた。少し大きめのまな板といった大きさだ。
板の真ん中にはメモリがついた窪みがあり、職員はその窪みに魔石をそっと設置した。板全体が一瞬だけ明滅し、職員の手元側にあるメモリの針がぐぐっと動いた。
「これは?」
「ああ、初めて見るのか? これは魔石鑑定機っていう魔道具だよ。魔石の持つ魔力容量とか属性とかがわかるんだと」
「この魔石が、いつごろに取り出された物なのかもわかるんですよ。この魔石が取り出されたのは半日以内、種族は狼、属性は火、魔力容量とサイズはランクはCとなると……火喰い狼の魔石でほぼ間違いありません。討伐依頼の達成、おめでとうございます!」
「すげぇっ!!」
「デール!やったな!!」
「おめでとう!!」
周囲に集まった冒険者たちから、先程より大きな歓声と拍手が巻き起こった。なんだか、すこし誇らしくなるな。
「ありがとう。だけど、火喰い狼はアルが一人で倒したようなものだぞ」
デールの言葉に、周囲の目線が一気に俺に集まる。『マジかよ』『あの火喰い狼を一人で?』などと、声が聞こえてくる。いや、無精ヒゲ達に邪魔されて、途中から俺が一人で戦うことになってしまっただけだからな。なんとかなったとはいえ、アスカの回復が無ければ間違いなく負けてただろうし。
チラッとアスカを見ると、鼻の穴を膨らませて誇らしげな顔をしている。俺が注目されてるのを喜んでくれてるのか。よかった、ヘソを曲げてないみたいで。
「ところで、その二人はどうされたんですか? ローマンさんはかなり重傷を負っているようですし……。拘束されているところをみると、ご一緒に討伐されたわけでは無いんですよね? 状況によっては領兵に報告しなくてはならないのですが……」
縛り上げて床に転がしている尖りアゴと床に膝をついて項垂れている無精ヒゲを見て、男性職員が恐る恐る聞いてきた。いや、そんなに怯えなくても、あなたに危害を加えるようなことはしないから。
「こいつらは火喰い狼と戦っている時に襲ってきたんだ。回復薬で治療したからなんとか助かったけど、ダーシャがローマンに致命傷を負わされた。あの火喰い狼と相対してるところに、背後から襲われたんだからな。危うく全滅しかけたぜ」
デールの説明に辺りが騒然とする。傷害と殺人未遂だからな。『こいつらならやりかねない』『これでオークヴィルの厄介者がいなくなる』といった声がちらほら聞こえる。
中には苦虫を噛み潰したような目で俺たちを見ている奴らもいるが、大半の冒険者たちはこの二人を迷惑に思っていたようだ。そりゃ、そうだろうな。
「なんてことを!! 領兵への報告はこれからですか?」
「ああ。この後に連れて行く。ギルドからも誰か同行してくれないか?」
「ええ、もちろんです!」
その後の話の流れで、まずは無精ヒゲと尖りアゴを領兵に突き出すことになった。取り調べを受けさせて、俺たちの言い分が正しいのかを確認しないと、討伐報酬や評価も行えないということだ。
穿った見方をすれば、この二人と一緒に討伐をした後に報酬の分配を多くするために痛めつけて、あらぬ罪を着せようとしているってことも考えられるしな。この二人は素行が悪く、しょっちゅう問題を起こしていたそうだから、ギルドも俺たちを疑ってはいないようだったけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちは、男性職員を伴って領兵の詰め所に向かう。詰め所は広場を挟んで冒険者ギルドの真向かいにあるから、すぐそこだ。
尖りアゴも目を覚ましていたので、逃げないようにロープをつないで歩かせた。起きてすぐは『離せぇ!』とか『助けてくれよぉ! 俺は無実だ!』とか騒いていたけど、デールが蹴りを入れて黙らせた。
「言いたい事があるなら領兵達に言いな」
デールがそう言うと、尖りアゴは絶望したように項垂れた。
「オークヴィル冒険者ギルド所属、Dランク冒険者のデールだ。賊の引き渡しをしたい」
「賊はその二人か。ついて来てくれ」
立ち番をしていた領兵にデールが声をかけると、詰め所の中に案内された。中に入って無精ヒゲと尖りアゴを引き渡すと、俺たちは事務官の女性に会議室のような部屋に案内され事情を聴かれた。
「……というわけなんです」
デールが代表して事情を説明する。俺は火喰い狼にかかりっきりだったから、無精ヒゲ達を無力化したところは全く見てない。説明は全部デールに任せた。
「状況はわかりました。では皆さんから個別に状況を確認します。そちらの……アルフレッドさんから順番に話を伺いますので、他の皆さんはいったん部屋の外でお待ちください」
アスカとデール達が部屋の外に出て行く。無精ヒゲ達は迷惑者とはいえ、今日の朝までは冒険者の一員だったのだ。お尋ね者になっていたわけでは無いのだから、事情聴取は当然必要だろう。
取り調べでは、火喰い狼の討伐に向かってから冒険者ギルドに戻って来るところまでの行動を事細かに聞かれ、俺はなるべく簡潔に答えていった。
俺の取り調べはおよそ30分ほどで終わったが、アスカは俺よりも入念に質問されたようで、取り調べは長くかかっていた。全員の取り調べが終わり解放されたころには、すでに日が大きく傾いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちは領兵の詰め所を出た後、今日のところは解散することにした。
無精ヒゲ達には明日の昼頃に代官から沙汰が下されるらしい。その結果に問題が無ければ、冒険者ギルドから討伐報酬を受け取れるようなので、明日の夕方にあらためて皆でギルドで集まることになった。
「ふあぁぁー。つーかーれーたー」
宿で夕食をとった後に部屋に戻ると、アスカはベッドに倒れ込んだ。今日は朝から回復薬作りのために牧草地と樹海を歩き回り、樹海の奥で火喰い狼と戦い、無精ヒゲ達を連れて冒険者ギルドと領兵詰め所に行って、さらに長時間の取り調べ……と大変だったからな。俺もかなり疲れてるぐらいだから、アスカは相当だろう。
「おつかれさま。さすがに今日はもう何もしたくないな」
「うん……明日はお昼にセシリーと約束だから、それまではゆっくりしようねー」
「ああ。そうだな」
俺はアスカが取り出したタライを受け取り、お湯をためる。どんなに疲れていても、これだけはやらなくちゃいけないみたいだ。まあ最近は俺も体を拭いてさっぱりしてから寝ないと、なんだか気持ち悪くなるようになってきたけど。
明日はセシリーさんの料理教室だ。何事も無ければ、夕方にはデール達と報酬を山分けして祝勝会。久々にゆっくり休んで羽を伸ばそう。