第278話 処刑場
不死者と化したフラムとロッシュに加え、四方を骸骨戦士に囲まれた。イヴァンナはアスカが回復させたようで再び魔剣を構えているが、アリスは気を失ったままだ。
「【瞬身】!」
ずいぶんと難易度の高い課題だ。これを乗り越えるには最善の一手を打ち続けなければならない。騎士としては守りを固めてどっしりと構えたいところだが、いかんせん敵の数が多すぎる……。
ならば……強化すべきは速さ! まずは数を減らす!
「イヴァンナッ! 骸骨弓兵の矢を捌いてくれ! 骸骨戦士は近寄らせない! アスカ! アリスとイヴァンナを死なせるな!」
「あーもう! こうなったら、やってやるわよ!」
「がってんしょーちぃ!!」
俺は火龍の聖剣に【魔力撃】を宿らせて骸骨戦士の群れに突っ込み、3体の骸骨戦士の首を刎ねる。
よしっ……スケルトンよりは固いが、不死者と相性がいい聖剣なら一撃で屠れる!
「【火球】」
「させるかっ!」
フラムが放った火魔法を、聖剣で両断する。【鉄壁】で受け止めることで精いっぱいだった、チェスターにいた頃とは違うんだ。単発の魔法攻撃など、今さら盾を使うまでもない!
「はぁぁぁっ!!」
アスカ達にじわじわと迫る骸骨戦士達を、駆け抜けながら次々と切り裂いていく。
「【練・剛拳】」
「【盾撃】!」
骸骨戦士の陰から飛び出したロッシュが突き出した拳に、全体重を乗せ【盾撃】を合わせ、ロッシュを跳ね返す。例えロッシュの渾身の一撃であっても、【騎士】修得に至った俺の盾は崩せない。
「【豪火球】!」
骸骨戦士を巻き込んで吹き飛んだロッシュに追撃を放つ。さらに聖剣での追撃を狙って駆け出そうとしたところ、短杖を掲げたフラムの姿が視界をかすめる。俺は瞬時に飛び退りアスカ達を背後に庇った。
「【爆炎】」
「【鉄壁】!」
爆発の衝撃と撒き散らされる炎は、さすがに切り裂けない。半球状に魔力の盾を展開して【爆炎】を抑え込む。
間抜けなことにフラムの放った爆炎は、何体かの骸骨戦士も吹き飛ばしてくれた。同士討ちとは助かるよ、フラム。さすがはロッシュに『愚か者』呼ばわりされていただけはある。
「【瞬身】! 【風装】!」
効果の切れかけたスキルを再発動し、身体強化魔法を重ね掛けする。骸骨戦士達はもはや俺の動きに全くついて来れない。
「おおおぉぉっ!!」
首を刎ね、火球を切り裂き、灰色の骨を粉砕し、岩の塊を弾く。身体強化を重ね、走り、跳ねて、加速する。蹴りを叩き込み、岩弾で牽制し、円盾で殴り、聖剣を振るい、ただただ無心で骸骨戦士を蹴散らしていく。
当然、俺も無傷では済まない。致命傷になりかねないフラムとロッシュの攻撃は確実に捌いているものの、殺到する骸骨戦士達の剣や矢の全てを処理しきれるはずもない。
創傷は【治癒】で癒し、体力や多少の傷は【喧嘩屋】のスキル【気合】の自動回復にまかせる。俺が後退した一瞬を狙い、アスカが【天龍薬】で俺とイヴァンナをまとめて癒してくれる。それでも、疲労は蓄積し、息は切れ、身体が段々と重くなっていく。
次々に襲いかかる不死者達は魔力回復薬を口に含む時間を与えてくれないし、アスカの【アイテム】は触れられるぐらいの至近距離でないと使えない。魔力をじわじわと回復してくれる【拳闘士】のスキル【内丹】を使ってはいるが、魔力消費には全く追い付かない。魔力の残りは次第に心許なくなっていく。
だが、消耗しきる前に、俺の聖剣は不死の魔人族達の喉笛に届いた。
「【牙突】!!」
突進の勢いを乗せた聖剣がロッシュの胸に深々と突き刺さる。聖剣が纏う炎が内側から噴き出し、ロッシュの身体はボロボロと崩れていった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、これでどうだっ! アザゼル!」
静まり返った『龍の間』に、俺の喘鳴と手を打ち鳴らす乾いた音が響く。
「素晴らしい! 余裕で第2ラウンド突破だな!」
俺は呼吸を落ち着かせながらアザゼルを睨む。
余裕なんてどこにも無かった。突破できたのは、火龍の聖剣のおかげだ。
不死者となったフラムとロッシュは、聖剣に対し非常に脆かった。剣先がかするだけで、青褐色の肉体が炭化して砕けていくのだ。二人が不死者でなかったら、とてもじゃないが突破なんて出来なかっただろう。
「アザゼル様。書き換えが完了しました」
「おっ、ご苦労さん」
灰色ローブの女がアザゼルの側にやって来て跪く。アザゼルは戦闘中も不死者達から離れて俺達のことを眺めていたけど、コイツはずっと魔法陣の上で跪いていた。
「なあ、ダンナ。お仲間の登場が遅いから、ちょっとばかり解説をしてやるよ」
「え?」
お仲間? あ、エルサとキャロルのことか。
神人族の区画でも不死者が現れて騒ぎになっていただろうが、そろそろ片付いてもおかしくない。都市の安全が確保されれば、キャロルやエルサは魔法陣の様子見に来るだろう。
「この『天龍の間』には、多くの死者の魂が囚われている。神人族達を呪い、怨嗟の声を上げながら死んでいった者達の魂がな」
「……さっきもそんな事を言っていたな。ここは『地下墓所』ではない、とも。どういう意味だ?」
「そう、ここは『地下墓所』ではない。言うなれば『処刑場』さ」
「処刑場?」
「アルフレッド! 魔人族の言うことなど耳を傾けてはなりません!」
イヴァンナが大声を上げ、睨み合う俺とアザゼルの間に割り込んで来た。
「貴方は龍の従者でしょう!? 神龍ルクス様の、我ら人族の敵である魔人族など、さっさと斬り捨ててしまいなさい!」
焦燥を浮かべた顔でイヴァンナがアザゼルを指さす。アザゼルは面倒くさそうに溜息を吐いた。
「うるさいな。オイラはダンナと話をしているんだよ。【束縛】」
「きゃあっ! むぐぅっ」
アゼザルが手を振ると、灰色の地面から惣闇色の触手が現れ、イヴァンナに絡みつく。触手はイヴァンナを縛り上げただけでなく、口腔に侵入し口をふさいだ。
「イヴァンナッ! やめろっ、アザゼル!」
俺は牽制のつもりで聖剣を振るうが、アザゼルは嘲笑を浮かべて微動だにしない。聖剣は何の手ごたえもなくアザゼルの身体を通り抜け、その姿が霞のように消え失せた。
「……積層型広域魔法陣エウレカは、この都市の周辺から魔素を吸い上げている。ダンナ達も見ただろう? 川は枯れ、草木も生えず、荒れ果てた灰色の大地を。あれは、この都市が魔素を吸いつくした結果なのさ」
「んー! むーー!!」
アザゼルは何事も無かったかのように俺達の背後に現れ、ジタバタと暴れるイヴァンナを無視して話を続ける。くそっ……【幻影】か。全く気付かなかった。いったい、いつから発動していたんだ。
「不思議に思わないか? アストゥリアの荒れ果てた大地が、なぜ世界一の魔法都市とまで謳われるエウレカを維持できるのか?」
荒れ果てた大地……言われてみればその通りだ。魔素が豊富な場所は、草木が生い茂り、多種多様な生命を育む豊かな森になる。その森の恵みを採取し、狩り、開墾して、人々は日々の糧を得る。
だが、エウレカに来てから、森なんて見た覚えが無い。都市の中には管理の行き届いた緑地や田畑があったが、都市の外には灌木や仙人掌がまばらに生えた荒野や延々と続く砂砂漠しかない。
果たして、数万人が暮らしているであろう魔法都市エウレカを支えるほどの魔素が、アストゥリアの大地には残されているのだろうか。
「ところでダンナ。この『天龍の間』に入ってから、魔力の消耗が早いとは思わないか?」
「なに?」
「『龍の間』は、龍の魔石を安置するための特殊な空間だ。ここで死んで行った者達の魂は、ここから出て行くことは出来ない。囚われた死者の怨念や怨嗟の叫びが、呪詛となって不死者を生む。だから、【退魔】の魔法陣が必要になるのさ」
消耗の早い魔力……処刑場……魔法陣エウレカ……死者の魂……不死者……。
まさか……人から魔力を吸い上げているのか!?
「アルフレッド! アスカ!!」
出入り口から俺達を呼ぶ声が響く。白銀の軽鎧を纏ったエルサと純白のローブ姿のキャロルが駆け寄って来た。
「あ、あなたは!!」
エルゼム闘技場でアザゼルと対峙したことのあるエルサが驚きの声を上げる。
「遅かったな、舞姫エルサ。そして当代の聖女、キャロル」
アザゼルが片手を頭上にかざすと、前腕につけた金色の腕輪が強く輝いた。それと同時に舞台の上に刻まれた魔法陣に、暗赤色の光の柱が屹立する。
「な、なに!? いったい、何が起こってるの!?」
「いけません! 退魔の魔法陣が反転しています!」
アザゼルはニヤリと嗤う。腕輪の放つ光が身体を包んでいく。
「さあ、エウレカの試練、最終ラウンドだ。気張れよ? ダンナ」
直後、アザゼルは忽然と掻き消え、灰色の地面のいたる所から闇色の靄が勢いよく噴き出した。




