第276話 地下墓所
「ハアァァァァッ!!」
縦横無尽に暴れまわるアリスの姿を見て、アスカがポツリと呟く。
「裏モード、ザ・ビースト……」
「え?」
「呪縛が今、自らの力で解かれていく……。あたしたちには、もうアリスを止めることはできないわ……」
「へ? 呪縛が解かれる? 封印が解けたのか!?」
「え? いや、どうしても言いたくなって……」
アスカがいつもにまして意味不明だが……今に始まったことじゃないか。どうせニホンの慣用表現かなんかなのだろう。
「じゃ、俺も参戦しますか」
破竹の勢いで不死者を薙ぎ倒してはいるが、アリスの精神的な負荷が心配だ。一刻も早く不死者達を殲滅しなければならない。
さて、どう動くのが最適解かな……。
先駈けて不死者の群れに突貫したイヴァンナは、流麗な剣技で舞うように戦っている。鋭い刺突で魔石を貫く技には目を見張るものがあるが、アリスほどの勢いは無い。
一撃で頭部どころか体躯まで叩き潰すアリスと同じように戦えるわけも無いか。イヴァンナの細腕じゃあ首を斬り飛ばすのも苦労するだろう。
「【火装】! 【風装】!」
俺はイヴァンナに身体強化魔法を飛ばしつつ、アリスとイヴァンナが取りこぼしたスケルトンの首を刎ねる。
「イヴァンナ! 強化魔法は切らさない! 思う存分に暴れろ!」
「はぁ!? 貴方は私の護衛でしょう!? 最前線に立ちなさいよ!」
イヴァンナがリビングデッドに剣を突き刺しながら、怒鳴り返す。
いやいや。頼りになりそうな攻撃役がいるんだから、俺の立ち回りは攻撃役のサポートと、アスカのガードだろ。余裕があれば不死者の群れの中に【爆炎】を放り込んでやればいい。
「安心しろ! 殺られそうになったら助けてやる! まさかエウレカ支部のギルドマスターが、この程度の魔物に怖気づいたんじゃないだろうな!?」
「冗談!!」
イヴァンナが軽やかなステップを踏みつつ剣を振るう。
ああ、どこか既視感があると思ったが、エルサの近接戦闘に似てるんだ。イヴァンナは剣を振るい、エルサは魔法を放つという違いはあるけど。たぶん同じ流派の身のこなしなのだろう。
「レッド・フィールド!」
アスカの声とともに紅の魔力の波動が半円状に広がっていく。
「アル! 火属性を強化したよ! ガンガンいっちゃって!!」
「了解っ! 【大爆炎】!!」
アスカの言った通り、さっきと比べて激しい炎が吹き荒れる。イヴァンナの剣撃の威力も増しているようだから、【火装】の効果も底上げされているのだろう。
属性魔晶石をアイテムメニューで使うと、属性効果を強化する空間を創り出せるとは聞いていたが、こいつはスゴイな。
いよっし。数は面倒だが、魔物自体の強さはさほど脅威ではない。このまま殲滅してやろう!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これで、最後ぉっ!!」
裂帛の気合をもって振り下ろされた地龍の戦槌が、スケルトンをぐしゃりと叩き潰す。アリスは爛々と輝く茜色の瞳で辺りを睥睨し、不死者が一体も残っていないことを確認すると、そのまま糸の切れた人形のようにへたり込んだ。
「アリスっ!」
駆け寄って、前のめりに崩れたアリスを抱き起こす。呼びかけに反応は無いが、呼吸はしている。頻脈で、身体も熱いが……これは今まで大暴れしていたからかな?
「だっ、大丈夫!?」
「ああ。緊張が解けて意識を失っただけみたいだ。休ませておけば大丈夫だろう」
「よかったぁー。アリス、そうとう怖かったんだね……」
夥しい数の不死者を、アリスのおかげで倒すことが出来たが……かなり無茶をさせてしまったな。
「お疲れ様、アリス。よく頑張ったな」
俺はアリスの額の汗をそっと拭う。
「はぁっ……はぁっ……ちょっと、私には一言も無いの? 一応、護衛の依頼人なのだけど?」
「ああ、お疲れ。怪我は無いか?」
「……はぁっ……おかげ様でね。貴方が強化魔法と治癒魔法を切らさず飛ばしてくれたおかげで、倒れることも出来なかったわ」
「そりゃ良かった」
「嫌味で言ってるのよ。無理やり戦わされてる気分だったわ」
イヴァンナが息も絶え絶えになりながら毒づく。
不死者の討伐数はアリスが断トツ、イヴァンナと俺が同数程度だろうか。さすがは元近衛兵のギルドマスターだけあって、期待以上に働いてくれた。
「これで不死者は殲滅できたかな?」
「そうね……。あれだけの不死者を倒せば、当分は持つでしょう。後は……魔法陣の状態を確認しておくわよ」
「不死者の発生を防ぐ魔法陣ってヤツか?」
「ええ。ここの中央に魔法陣があるわ」
そう言ってイヴァンナが中心部分に向かって歩き出す。俺は意識を失ったアリスを横抱きに抱えてイヴァンナに続く。
あらためて見てみると、このドーム状の空間はかなり広い。クレイトンのエルゼム闘技場と同じぐらいの広さがありそうだ。
地下道には灰色のレンガが敷き詰められていたが、ここは平らに均された灰色の地面が広がっている。人の手でこれほど巨大な地下空間を作るのは難しいだろうから、おそらくここは天然の洞窟なのだろう。
少し歩くと、一辺が7,8メートルぐらいの正方形の舞台があった。舞台の上には何重もの円と六芒星が重なり合う魔法陣が描かれている。古代エルフ文字や記号がびっしりと刻まれているが、俺には全く解読できなかった。
「これが例の魔法陣か」
「そうよ。でも……特に破損はしていないようね。魔力も流れているみたいだし、何の異常も無いように見えるわ」
ぼんやりと魔力光を放っているし、魔法陣は正常に稼働しているように見える。一見すると何の瑕疵も無さそうだ。
だとしたら、なぜ不死者がウジャウジャと現れたのだろうか。もしかして……魔王アザゼルの仕業か?
『アリスの呪いを解きたいならキャロルを訪ねろ』と思わせぶりなことを言ったぐらいだから、エウレカでもあいつが暗躍しているのは間違いないだろう。もしかしたら、闘技場でやって見せたように不死者を創り出したとか?
そこまで考えて、俺は不意に違和感を覚えた。
以前、アザゼルは倒した魔物や、命を落とした決闘士の骸を使って不死者を創り出した。もしアザゼルが不死者を創ったというなら……その元となる遺骸はどこにあったんだ?
「なあ、ここは地下墓所、なんだよな?」
「…………ええ、そうよ。それがどうしたっていうの?」
イヴァンナが顔を魔法陣に向けたまま、不自然に長い間をおいて答えた。
「ここは……本当に墓所なのか?」
このドーム状の空間には、ただ均された灰色の地面が広がっている。
墓場に葬られた遺体が不死者と化してしまうこともあるだろう。アザゼルほどの術者であれば、墓場で眠る使者を汚し、不死者を創り出すことも可能なのかもしれない。
だが、この空間には墓場には必ずあるはずの墓碑の一つも建っていない。『地下墓所』の要素が一つもないのだ。
「そうさ。ここは地下墓所じゃない」
不意に背後から声が聞こえ、反射的に剣を抜きながら振り返る。
「誰っ!?」
「お前は……!!」
暗闇の中からゆっくりと姿を現したのは、灰色のローブを纏った4つの人影。相変わらずの圧倒的な魔力と殺気に、背筋が凍りつく。
「やあ、ガリシア以来だな、ダンナ」
「やはり、お前の仕業か……アザゼル」
俺の呟きに、アザゼルはローブのフードを外しながらニヤリと口角を吊り上げた。
「半分正解ってところかな。オイラは解放してやっただけさ。この『天龍の間』に囚われた、哀れな魂をね」
「天龍の……間?」
この巨大なドーム状の地下空間が? 火龍イグニスや地龍イグニスの魔晶石が安置されていた、『龍の間』だっていうのか?
「そうさ。ま、詳しい話はお仲間のエルサやキャロルにでも聞けばいいさ。それよりも、オイラの仲間を紹介するよ」
アザゼルがそう言うと、二人の灰色ローブが深々と被っていたフードをめくり上げる。その隠されていた顔に、俺は驚きの余り息を呑んだ。
一人は長い銀髪をなびかせる痩せぎすな男。もう一人は両手に鉤爪のついた手甲をはめた長身巨躯の男。二人とも、紅の瞳に暗赤色の妖しい光を湛えていた。
「懐かしい顔だろ? さあ、エウレカの試練、第2ラウンド。『不死の魔人族』の幕開けだ」




