第274話 同行者
「私はこの者達とともに聖区へと向かいます。貴方達は冒険者達を指揮して第三区画を巡回し、不死者を撃破しなさい。先ほどの様に取り囲まれることの無いよう、十分に気を付けるのですよ」
「承知しました!」
「行きなさい、戦士達。エウレカの市民を守るのです!」
「はっ!」
イヴァンナが神人族のお供二人と冒険者達にきびきびと指示を出す。冒険者達は、右手を左胸に当て軽く頭を下げる帝国式の略式敬礼をして、街に散って行った。
なんだかイヴァンナに抱いていた印象とずいぶん違う。市民を守るために尽力する立派な冒険者ギルドマスター……に見えるな。
「何よ、その目は。聖区に向かうのでしょう? 行くわよ」
俺達が生暖かい目で見ていると、イヴァンナがキッと睨んで来た。高慢なところは相変わらずだ。
「それで? なんで俺達について来るんだ?」
「央人と土人の貴方達だけでは聖区に立ち入れないと言ったでしょう? このまま強行したら、どんな事情があったとしても、アストゥリア帝国への敵対行為と見做されるわよ」
む……。それは困るな。エウレカには、アリスの封印を解いてもらいに来るつもりなんだ。犯罪者扱いされるわけにはいかない。
うーーん。だったら俺達もこの周辺で不死者討伐でもしておくか?
不死者の出現に魔人族がかかわっているのは間違いないだろうが、犯罪者扱いされてまで聖区の不死者退治に加勢する義理は無いしなぁ。アリスも行くのを嫌がってるし。
ああ、でも、たぶんこの騒ぎにはキャロルとエルサも関係しているよな。不死者はキャロルが祓ったと言っていたし。手助けしてあげたい気もするけど……。
「でも、ギルドマスターである私の護衛としてなら、特別に同行を許されるわ。感謝なさい」
ふむ……イヴァンナがいることで余計な面倒を避けられるなら助かるな。少なくとも市民を守るために不死者を退治しようとしているようだし、俺達と敵対しないのなら同行してもらった方がいいか?
「俺達は不死者が湧いていると思われる地下墓所に向かうつもりだ。それでもいいのか?」
「そこで知りえことを決して漏らさないと誓いなさい。それなら地下墓所への同行を許すわ」
「……ああ。口外しないと誓う。アスカ、アリスもいいな?」
「いいよ。地下墓所の情報は漏らさない」
「ち、ち、誓うのです」
アリスとアスカがそう誓うと、イヴァンナはニヤリと笑った。
「よろしい。冒険者アルフレッドとその仲間2名の同行を許すわ。目標は地下墓所に蔓延る不死者の殲滅。行くわよ」
そう言ってイヴァンナがスタスタと歩き出す。
おお、イヴァンナが道案内してくれるのか。それは助かる。同行も許可してくれたし……。
ん? 同行を許可する? 同行すると言い出したのはイヴァンナの方だろ? なんで俺達が同行するってことになってるんだ?
「もしかして……イヴァンナも地下墓所に行くつもりだったのか?」
元々、一緒にいた冒険者達と地下墓所に向かって不死者を倒すつもりだったとか?
「ええ、そうよ? 冒険者ギルドは、第三区画の治安維持と、地下墓所の不死者討伐を議会から依頼されているの。冒険者アルフレッド、私の護衛として先ほどの様な活躍を期待しているわ」
…………なるほど。
獣人族の受付が国家機密である地下墓所のことを、なんで知っていたのか気になっていたんだ。冒険者ギルドが地下墓所の不死者討伐を依頼されていたというなら、受付が知っていてもおかしくはない。
「本来なら秘密厳守の契約を交わした腕利き冒険者を連れて行くのだけど……貴方達は元から地下墓所の存在を知っていたとトレス家が言っているのだから、連れて行っても問題無いでしょう? 冒険者……私の配下として、思う存分に不死者退治に努めなさい」
冒険者ギルドマスターのイヴァンナに同行するなら地下墓所への立ち入りも許可される。ただし、イヴァンナの旗下として行くことになるから、不死者退治はイヴァンナの手柄になるということか。
俺達だけで地下墓所に行くことはエウレカの法に触れてしまうわけだから、そうするしかないんだけど……。エルサとキャロルが属するトレス家の敵対派閥に利することになってしまうな。
……でも、まあいいか。別に俺達はトレス家の派閥に入っているわけじゃないしな。キャロルとエルサには、ちょっと申し訳ない気もするけど。
「はぁ……。自分の身ぐらい自分で守れよ?」
「ふんっ。私は元近衛兵よ。心配には及ばないわ」
元近衛兵ね……。前に戦った時は目を眩ませて一気に片付けてしまったから、実力のほどはわからないけど、ギルドマスターなんだしそれなりには戦えるのかな?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「【爆炎】!」
煌々と輝く紅い魔力の塊が爆ぜて、周囲に炎と衝撃を撒き散らす。天龍大路にひしめくスケルトン達が弾け飛び、炎に巻かれて燃え尽きた。
「【魔弾】!」
白みを帯びた淡い緑色の魔力球がダークスライムを撃ち抜く。穿たれた穴から汚泥のような体液が噴き出て、ダークスライムは崩れ落ちた。
「……さすがは龍の従者ね。とんでもない魔力だわ」
「そりゃどうも」
「あのエルサでも貴方には敵わないんじゃないかしら」
「さあ、どうだろうな」
魔力の多寡や威力だけなら勝っているとは思うけど、魔法だけで戦ったら勝てる気がしない。決闘士武闘会で勝てたのは、剣士として戦ったからだしな。
「それにしても……その子、本当に連れて行くの?」
いまだに青褪めた顔で、ビクビクと周囲を窺っているアリスを見て、イヴァンナはため息をつく。
「この間、貴方達がウチの冒険者達を蹴散らした時にいた子よね? 目つぶしされてたから戦っているところは見ていないけど、その時とずいぶん雰囲気が違うんじゃない?」
「不死者が苦手みたいでね……」
「……今からどこに向かうと思ってるのよ。置いて行きなさい、そんな子」
イヴァンナがそう言うと『えぇっ!?』と短く叫んでアリスが俺の腕にしがみついた。
「普段はもっと頼りになるんだけどな。地龍ラピスの従者だし……」
「はぁ……貴方の仲間だし、好きにすればいいけど。さ、着いたわよ」
「へっ? ここが?」
イヴァンナに連れてこられたのは人気の無い廃屋だった。石造りの家なので朽ちているというわけではないが、風塵にさらされ薄汚れているし、敷地には雑草が生い茂っている。紋章プレートを外された跡があり、尖塔があることからすると、小規模な教会の跡地だろうか。
「ええ、ここから地下墓所に入れるわ」
イヴァンナは入り口に渡されていた鎖を跨いで、敷地に入っていった。よく見ると雑草が踏み分けられていて、何度も人が行き来した形跡がある。
「もしかして、不死者討伐で何度も地下墓所に出入りしているのか?」
「ええ。キャロル様が快復されるまでは、冒険者が不死者を退治していたのよ。言ったでしょう? 地下墓所の不死者討伐を依頼されてるって」
「んん? ってことは、何度も不死者が湧いてるってことか?」
「そうよ。でも、キャロル様が不死者の発生を防ぐ魔法陣を起動させてからは、発生していなかったんだけど……」
なるほどね……。対不死者魔道具の管理を【神子】の加護を持つキャロルが引き受けて、不死者を退けたってわけか。そりゃあ『聖女』と認定されるわけだ。
「不死者が再び湧いてるってことは……その魔道具が壊されたってことか」
おそらくは、魔王アザゼルに……。




