第270話 キャロル・トレス・アストゥリア
「あ、アルフレッドさん、おはようございます!」
「返してもらった革鎧、かなり頑丈になってたよ。魔法付与ってすげーんだな!」
旅館を出て第一区画に向かっていると、通りがかった冒険者達に声をかけられた。どうやらマイヤ魔道具店で【土装】を付与してから返却した防具は役に立っているみたいだ。
「ずいぶん冒険者達に人気なのね。ギルドとの関係は険悪になったかと思っていたわ」
一緒に歩いていたエルサが不思議そうに言った。確かに今までの経緯を考えれば不思議だろうね。
「ギルドとは険悪だろうな。でも冒険者達とは、そうでもない」
エルサとの待ち合わせ場所で襲ってきた冒険者達に、奪った武具に魔法付与をしたうえで返却したとエルサに説明する。
「怪我は負わせなかったが依頼失敗のペナルティは受けただろうから、その詫びも兼ねてな。核石も無しで魔法付与しただけなんだが、それでもそれなりに強化できたみたいだ」
「依頼を受けたのは自分達でしょ? 損失は自分で負うのが冒険者でしょうに」
「恨みを買うのも面倒だろ? それに俺は魔法を使っただけだから、大した負担でも無かったしな。魔力なんて、飯食って寝れば回復するんだから」
「お人好しねぇ」
今日は、ようやくキャロルに会えるということで、礼装を着てエルサの邸宅に向かっている。俺は紺色のモーニングコート、アスカはクレイトンで王家にお呼ばれした時に着たドレスだ。アリスは『土人族は礼装なんて着ない』と言って、普段着のままだ。その普段着が竜革やら高級羊毛で作られてるから十分に高品質なんだけど。
「命の恩人だというのに、何日も待たせてしまって、ごめんなさいね。あの子、皇城での仕事が忙しいから、なかなか聖区から出ることができないの」
「気にしないでくれ。売った恩にかこつけて、相談を聞いてもらおうとしているんだ。聖女と呼ばれる方に聞いてもらえるだけで十分さ」
ようやくエウレカに来た目的であるキャロルに会える。アザゼルの助言の通り、アリスの封印を解くことが出来るだろうか……。せめて手掛かりだけでも掴めるといいのだけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ようこそお越しくださいました。初めまして、キャロル・トレス・アストゥリアです」
エルサ邸の応接室に通された俺達を出迎えたのは、エルサと同じエメラルドグリーンの瞳と長い銀髪の少女だった。僧服に身を包んでいるため落ち着いた雰囲気があるが、従姉妹のわりにはエルサとよく似ている。
エルサを3,4歳若くしたら、こんな感じだろうか。アスカやクレアと同じぐらいの年齢に見える。とは言っても長命種の神人族だから、年齢なんて想像もつかないけど。
「この度は拝謁の機会を賜り感謝いたします、聖女様。私は……」
「アルフレッド様、どうか気楽になさって下さい。姉様と同じようにお話くださると嬉しいです」
口上の途中でキャロルが懇願するような表情で口をはさんだ。
いやいや。エルサに対するのと同じ言葉遣いはさすがに無理だろ。
「そういうわけには……」
アスカの『黒髪の聖女』という二つ名と違い、キャロルの『聖女』は聖ルクス教会から正式に与えられた称号だ。教会内では大司教と並び立つほどの影響力を持つはず。
聖ルクス教国における枢機卿や大司教は、王国における公爵や侯爵に相当する。侯爵相当の相手に対して、敬語無しってのはさすがに……。
「出来ればそうしてあげて欲しいな。キャロルの希望で公的な場所以外では、私も敬語を一切使わないようにしているんだよ」
「あたしもそっちの方がいいナ。肩こっちゃうし。キャロル、よろしくね」
「アリスなのです。よろしくなのです」
おいおい。頼まれたとはいえ、言葉を崩すの早くないか? せめてもう少し話をしてから、徐々に崩す方が……って、そんな期待のこもった目で見られると……。
「……はぁ、わかったよ。よろしくな、キャロル」
「ありがとうございます。火龍イグニス様の従者、アルフレッド様とアスカ様。そして地龍ラピス様の従者、アリス様。こちらこそよろしくお願い致します」
俺達に言葉を崩すように言っておきながら、自分は丁寧な言葉遣いを崩さないキャロル。
「……出来ればそっちもエルサと同じように接して欲しいんだけどな」
「龍の従者様に、その様な失礼な真似をするわけにはまいりません」
「いや、それを言ったら聖女の称号を持つキャロルに……」
「私の称号など教会に認可された肩書に過ぎません。守護龍に選ばれた皆様とは比ぶべくもございません」
……なるほど。頭固いな、コイツ。聖職者には、こういう頑なな人って多いんだよなぁ。
「皆さま、どうぞこちらにお掛けくださいませ。ただいまお茶をご用意いたします」
エルサにも促されて席に座ると、キャロル自らお茶をいれてくれた。爽やかで甘い、果実のような香りが応接室に漂う。
「アスカ様、私のために貴重な薬を譲っていただきましたこと、あらためて心より御礼申し上げます」
「いいよいいよ、そんなのー。もう病気は治ったんだよね? 良かったね」
「ええ、おかげさまで快調です。呪いを祓えるほどの術者は、残念ながら帝国にはおりません。教国に癒者の派遣依頼をしていたのですが、【聖者】の加護を持つほどのお方にお越し頂くことは叶わず、危うい状況でした。アスカ様が譲ってくださった上級万能薬が無ければ、命を落としていたかもしれません」
「大変だったんだ……間に合って良かったね。エルサが闘技場で頑張ってくれてたおかげだね……って、呪い?」
アスカが言葉を詰まらせたことで、俺もはたと気付いた。エルサからは『上級万能薬でもないと治せない難病』だと聞いていたはず。
「『病気』ではなく『呪い』だったのか?」
「ええ。何者かに【衰弱】の呪いをかけられたのです」
衰弱……マーカス王子にかけられた呪いと同じ?
俺はゴクリと唾を飲み込む。アスカとアリスに目を向けると、二人ともこくりと頷いた。俺と同じ考えに至ったようだ。
「キャロルに『呪詛』をかけた術者はトレス家の敵対派閥の者とばかり思っていたのだけど、貴方達から聞いたセントルイス王家とガリシア氏族のことを考えると……魔王アザゼルが絡んでいた可能性が高いんじゃないかしら」
エルサが端正な顔を歪めつつ、そう言った。
「ああ。しかも俺達はアザゼルに促されてエウレカに来た。あいつが術者と考えてほぼ間違いないだろう」
「キャロルはどうやって呪いをかけられたの? マーカス王子は森で魔人族に襲われたって話だったけど……」
「私の場合は、『呪具』です。白天皇城での、とある儀式の際に使用する祭具が呪具にすり替えられていて……そうとは知らず使用してしまい、まんまと呪いに掛かってしまったのです」
「『呪具』?」
「闇魔法が付与された魔道具のことよ。貴方が持ってる『隷属の魔道具』なんかも呪具の一つね」
「付与? ってことは……」
「魔人族に与している神人族がいるってことになるわね」
……そう言うことになるよな。恐らく魔王アザゼルが【衰弱】の闇魔法を使い、付与師の加護を持つ神人族が呪具に呪詛を付与したのだ。
「そっか……。だから、あんなにたくさん『隷属の魔道具』があったんだね」
アスカがポツリと呟く。
「あっ、ヴァリアハートの!」
「何の話?」
領都ヴァリアハートのマッカラン商会で数十個もの『隷属の魔道具』が見つかったと聞いた。そうか……あの魔道具は、そうやって作られた物だったのか。
奴隷商から奪った三種の『隷属の魔道具』をアスカに取り出してもらい、カスケード山の盗賊団とヴァリアハートの魔人族襲来の件を、エルサ達に話す。
「……間違いありません。これらは確かに、ここ数年の間に作られた呪具のようです。ですが、そうなると不可解な点があります」
キャロルが眉をひそめてそう言った。
「不可解な点?」
「ええ。私に呪いを掛けた呪具もそうでしたが、この『隷属の魔道具』には、非常に強力な闇魔法がこめられています。これほどの闇魔法は、【闇魔術師】や、その上位加護である【闇魔道士】にも扱うことは出来ないでしょう。恐らくは闇魔術師の最上位加護、【死霊魔術師】の加護を持つ者です」
「死霊魔術師……」
剣士系の加護で言えば【聖騎士】にあたる、闇魔法使い系の最上位加護なのだろう。魔王アザゼルは不死者を操っていたことからも、間違いなくその加護を持っている。
「ですが【衰弱】【不死】【封印】のような【死霊魔術師】の扱う高度な呪詛や、これほどまでに強力な【隷属】を魔道具に付与することは、【付与師】や【祈り子】には不可能なのです」
そこでキャロルはいったん言葉を区切り、エルサにチラリと目線を送った。エルサはキャロルと視線を交わし、こくりと頷く。
「この魔道具を作ったのは、付与師の最上位加護である【神子】を持つ者。現在のアストゥリアには私以外いないはずなのです」




