第267話 付与
「あたし達、付与師は、【付与】のスキルで魔法を道具に定着させることが出来るの。だけど、定着させる魔法自体は魔法使いに使ってもらう必要があるのよ」
「へぇ……。で、その魔法使いがいないから魔道具製作ができない、と」
「そういうことね。それと、【彫金師】や【木工師】、【革細工師】なんかと違って、道具そのものも作れないわ。私達に出来るのは、あくまでも魔法を付与することと解き放つことだけ。道具があったとしても相方の魔法使いがいないと、魔法は付与できない。腰が治れば復帰するから、1週間もすれば作ってあげられるわよ」
なるほどね。道具自体は専門の加護を持つ者が作って、付与師と魔法使いが協力して魔法を定着させるってことか。
「俺は【魔術師】の加護を持っているんだが、相方さんの代わりは務められないか?」
「へ? あんた【魔術師】なのかい? 剣士だと思ってたよ」
今日は街から出る予定は無いので竜鱗鎧と布鎧は着けていないが、腰に火龍の聖剣と投げナイフを帯びている。この格好だと【魔術師】には見えないよな。正確には【魔術師】の加護も持っている、だし。わざわざ言わないけど。
「代わりが出来ないってことも無いよ。でも、魔道具の効果は付与師だけじゃなく、魔術師の練度にも依存するんだ。あたしの相方は身体強化魔法を極めていてね。あんたを否定するわけじゃないが、相方の復帰を待った方が出来の良い魔道具が仕上がるよ」
そう言われて思わず俺とアスカは目を合わせる。
たぶんマイヤさんが言った魔術師の練度とは、スキルレベルのことだろう。魔法はスキルレベルを上げることで、詠唱時間の短縮、消費魔力の低減、そして効果の増大を図ることが出来る。
身体強化魔法で言えば、習得したばかりでは身体能力の1割ほどの強化しか出来ないが、修得に至れば5割ほどの強化をすることが出来る。おそらくスキルレベルが高ければ高い程、出来上がる魔道具の効果も高くなるということだろう。
「じゃあ試しに身体強化魔法を貴方に使ってみるよ。もし俺の魔法が貴方の相方の使う魔法と遜色が無ければ、魔道具を作って欲しいんだが、どうかな?」
「それは構わないけど……あたしの相方は熟練の【魔道士】だよ? とてもじゃないけど、若い央人族のあんたに、あたしの相方と同じ練度の魔法は使えないよ」
マイヤさんがそう言って苦笑する。
確かにレベルやスキルの練度を上げるのには長い時間が必要だ。特に魔法のような肉体の強度に左右されないスキルの場合、俺のような若造よりも年を重ねた者の方が、練度の高い魔法を使うことが出来るだろう。
だが、俺はアスカに『初期値マックスの反則ステータス』と言われるぐらいの素養がある。それに、スキルに関しては『自分よりもレベルが高い相手』に挑むことで反則的な速さで熟練度を上げているのだ。威力や効果だけなら、そこいらの魔法使いに負けないだろう。
「ものは試しにってことで」
「はぁ……わかんない子だね。いいよ。じゃあ、試しに一番得意な身体強化魔法をあたしにかけてみて」
マイヤさんは子供のワガママを諫める母親の様な顔つきで、そう言った。
「どれが得意ってこともないんだけど、じゃあ……【土装】」
詠唱無しに即発動できる騎士スキル【不撓】があるから、普段はあまり出番のない防御力を高める魔法【土装】を発動した。
この魔法を付与して魔道具を作れるのなら、最優先で手に入れたい。アスカは最弱の魔物ホーンラビットの攻撃ですら、致命傷を負ってしまいそうなほど脆いからな。
「わっ……!! えぇ!? 嘘、でしょ?」
「どうかな?」
唖然とした顔で俺を見て、こくこくと頷くマイヤさん。どうやらお眼鏡に適ったようだ。
「信じられない……もしかして、溜め魔法なら、もっと出力を上げられる?」
「身体強化魔法で試したことは無いけど……たぶん?」
「すごいっ! あんたとなら伝説級の魔道具が作れるかもしれない! あんた、あたしと組まない!? いや、組みなさい!」
「うぉっ!?」
マイヤが飛びかからんばかりの勢いで迫り、俺の両手を取り胸の前に抱え込んだ。マイヤの柔らかい胸の感触が……無い。うん、神人族だしね。いや、別に、無いからと言って、ダメだとは言ってないよ?
「ちょっと! 何してんのよ!」
「離れるのです!!」
アスカとアリスが間に体を割り込ませ、マイヤを引きはがす。あはは、助かったよ。息がぴったりだな二人とも。
「ああ、ごめんごめん。すごい練度の魔法だったから、つい興奮しちゃってさ。そう、睨まないでよ。あんた達の男を奪うつもりは無いってば」
「……ならいいのよ。ってあんた達?」
「あわわわ、あ、アリスの、男じゃ……ないのです!」
慌ててぶんぶんと手を振って否定するアリスを、アスカが唖然とした顔で見つめる。
「ふぅん……面白そうね、あんた達」
ニヤリと笑うマイヤ。
「それで? 作ってくれるのか?」
俺はため息をついて、脱線した話を戻す。
「合格よ。大合格! 喜んで付与してあげる。どんな魔道具が欲しいの? このお店にある物でもいいし、あんた達の得物に付与してあげることも出来るよ」
「あ、じゃあコレに付与することって出来る?」
そう言って、アスカはピアスを耳から外してマイヤに手渡した。あれはエスタガーダで買ったアクセサリーだったかな。確か防御力を高める効果があったはず。
「ん、天然石……ラピスラズリか。【土装】が付与されてるわね。うーん、【解放】して【付与】し直せば多少は効果は上がるけど、天然石じゃ効果はそう変わらないよ。そっちに置いてあるアクセサリーなら、魔石を中石にしてるから、もっと高い効果が期待できるわよ」
店頭に並べてあった装身具や武具に埋め込まれていたのは魔石だったようだ。透明度はそう高くないから、たぶんDかEランク程度の魔石だと思う。
「もしかして魔石のランクが高い方が効果が高かったりするのか?」
「そうね。そこにあるのはDランクの魔石の核を削り出したものね。ランクが高い魔石の方が魔法効果も高くはなるけど、当然金額も高くなるわよ?」
そりゃそうだ。魔石だけでもDランクなら銀貨5枚くらい、Cランクで大銀貨5枚、Bランクにもなると金貨5枚にもなる。しかも、この金額は冒険者ギルドでの引き取り価格だ。流通価格になるとその2,3倍にはなるんじゃないだろうか。さらに加工費やその他の原材料費なんかが加わるのだから、金貨の1枚や2枚じゃ済まない金額になるだろう。
「材料の持ち込みならどう?」
そう言ってアスカが魔法袋から魔石を取り出した。
「へっ……こ、これ、竜石じゃない! しかも、これただの竜石じゃないわね……大きさも、純度も、秘めた魔力も……」
「ふっふーん。緋緋色の金竜の魔石だよ。これなら良い感じのアクセ作れるんじゃない?」
「作れるなんてもんじゃないわよ! この魔石なら伝説級の魔道具が作れるわ!」
「実はたくさんあったりして……」
「すごい! Aランク魔石が二つも! こっちもBランク魔石じゃない! しかもこんなにたくさん!」
アスカがどっさりと追加した魔石に大興奮のマイヤさん。やっぱり職人は良い素材を見ると我を失くしてしまうようだ。そう言えば、王都ギルドの解体職人達も地竜素材を持ち込んだ時、えらく興奮してたなぁ。
興奮するマイヤとアスカ、アリスが、作ってもらいたい魔道具の詳細を詰めていく。どうやら金竜の魔石を二つ使ってアスカの防御系アクセサリーを二つ、地竜の魔石を使って俺とアリスのアクセサリーをいくつか作ることでまとまったようだ。
今さらだが、地竜の洞窟攻略の際に手に入れた素材のうち、金竜素材と地竜の魔石は俺達が貰っていた。その代わりに地竜素材の大半をエドマンドさん達が、ダミー達は報酬全額を受け取った。俺達は使い道が多い魔石を、エドマンドさん達は王国親衛隊の武具を揃えるための地竜素材を、そしてダミー達は孤児院運営のための現金を……という風に分配したのだ。
おかげで、金竜の希少なAランク魔石で、優秀な装身具を手に入れられそうだ。
「【彫金師】と【革細工師】に装身具作りを依頼するわ! たぶん完成には2日ほどってところかね」
「よろしくね、マイヤさん!!」
すっかり意気投合したアスカとマイヤさんが、がっちり握手をかわした。




