第266話 付与師
買い物を終えた俺達は、そのまま前に宿泊していた高位冒険者御用達の旅館へと向かった。騒ぎを起こした俺達を覚えていた店主は宿泊を嫌がったが、エルサが事情を説明してくれて、エースが壊した馬房を弁償すると言ったら宿泊を了承してくれた。
エルサは『そこまでして他所に泊まらなくてもウチに泊まればいいのに』と言ってくれたが、正直言って旅館の方が居心地良さそうなんだよな。エルサの屋敷の使用人も、『主人が言うから泊めるけど本当はお前等がいて良い場所じゃない』って言わんばかりの態度だったからなぁ。さすがにエルサの前では取り繕っていたけど。
そして旅館の食堂で夕食をとっていたところに、ちょうどよくアルセニーさんが帰って来た。神人族の区画に行きたくなかったアルセニーさんは、この旅館を当面の拠点にすることにしたのだそうだ。前払いしていた4部屋1週間分の料金で、アルセニーさんが1ヶ月宿泊できるようにと、旅館の店主が取り計らってくれたかららしい。
「本当にご迷惑をおかけしました」
「依頼だったのですから問題ありませんよ。それに拘束されたのはたった1日だけですし、さほど乱暴な扱いはされませんでした。気にしないでください」
アルセニーさんは俺が託した手紙を直接エルサ邸に持ち込んだところ、門番に捕まって冒険者ギルドに軟禁されたのだそうだ。複写した手紙の方は出入り業者や使用人を通して無事にエルサの手元に届いたので、トレス家の人がすぐに迎えに来てくれたらしい。
「エルサさん、おかげでギルドの軟禁はすぐに解かれました。ありがとうございます」
「どういたしまして。こちらこそウチが雇っていた守衛のせいで迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」
アルセニーさんを捕らえた門番はトレス家の敵対派閥であるゼクス家と繋がっていたらしく、既に処分されたそうだ。解雇ではなく処分と言っていたのが、ちょっと気になるが……聞かないでおこう。
「それにしても、あの舞姫エルサがトレス・アストゥリア家の神族様だったなんて知りませんでしたよ」
「私は分家の出だから、ただの神人族よ。ううん……神族だとか神人族だとかなんて、どうでもいいことね。セントルイス王国の自由な空気が懐かしいわ……」
「……そうですね。獣人も土人も、央人も、神人も、種族に関係なく能力さえあれば輝ける。あの国を知ってしまうと、アストゥリアが窮屈に感じてしまいますよね……」
エルサとアルセニーさんが溜息をつく。外を知っている二人だからこそ、この国に思うところがあるのだろう。
「アルフレッドさん、この国での用事が終わったらセントルイスに戻るのでしょう? 出来ればその時には私も一緒に連れて行ってくれませんか」
「あ、ああ。クレイトンに戻るかは分からないが、戻る時には声をかけるよ」
「羨ましいな。私も冒険者と決闘士をやっていた時の方が楽しかったわ。あの頃は、上級万能薬を手に入れようと躍起になっていたから、気付かなかったけれど……」
「それならエルサも一緒にセントルイスに来ればいいじゃん? 転移石はまだいくつか持ってるからクレイトンに行くなら、連れて行ってあげるよ?」
アスカが事も無げに、そう言った。転移石は国家の重鎮でもないと使えないぐらいの貴重品なんだけどな……。
「それは嬉しいわね。でも、ダメなの。私がエウレカを離れると、妹が寂しがるから……」
エルサはそう言って微笑む。
エルサは選帝侯家の娘であるキャロルの侍女だ。選帝侯家は王国で言うところの公爵ってところだろう。その家の血に連なる分家の娘となると、自由に旅をすることなんて出来ないよな。
「アルフレッドさん達は、キャロル様との謁見まではどうするんですか? また賞金首ハントでも?」
アルセニーさんが、少しだけ気まずくなった空気を変えるように、俺に尋ねた。
「いや、もうエウレカでは冒険者ギルドに関わりたくないな。アスカ、どうする?」
「んー、特にやること無いかなぁ。服は買ったけど、魔道具は買わなかったから第三区画のお店も回ってみよっか?」
第一区画のトレス家御用達という魔道具店の商品は、アスカのお眼鏡にかなわなかった。アスカが身に着けている装身具より、効果の劣る物しか無かったそうなのだ。
魔道具の本場エウレカで、しかもあれだけ豪奢な店で、セントルイス王国で買った装身具に劣る商品しか無いとは考え辛い。おそらく、あの神人族の執事風の店員は、俺達にはまともな商品を出さなかったのだろう。
「それなら、良いお店を紹介しますよ! 昔馴染みが経営している魔道具店があるんです」
「いいですね。ぜひ紹介してください」
アルセニーさんの紹介なら安心できる。
キャロルの謁見までは特にやる事も無い。まずは買い物、あとは訓練と……せっかくだから美味しい料理屋巡りでもしてエルサの連絡を待つかな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いらっしゃーい」
「やっ、マイヤさん。久しぶり!」
「あっ、アルセニーじゃない! 100年ぶりぐらい?」
「ははっ、30年ぐらいかな。つい先日、戻って来たんだ。元気だった?」
翌日、アルセニーさんの昔馴染みが経営しているという『マイヤ魔道具店』に案内してもらった。第三区画の奥まった路地裏にひっそりと佇む店で、看板すら出ていないから、連れてきてもらえなかったら辿り着けなかっただろう。
店主のマイヤさんは神人族で、見た目は20代中盤ぐらいの美しい女性だ。100年ぶりとか言うぐらいだから実際の年齢はかなり、まあ、アレだろうけど。
二人がにこやかに旧交を温めてるので、俺達は邪魔にならないように陳列されている商品を見て回ることにした。さほど並べられている物は多くない。指輪やネックレス、ブレスレットといった装身具が中心で、少しだけ盾と剣なんかも置いてあった。
魔道具の良し悪しはわからないが、剣や盾ならそれなりにわかるので手に取ってみる。アスカもさっそく装身具を吟味し始めたようだ。
「あれ……?」
「これって……」
「魔道具じゃ……ないのです?」
俺達が手に取った商品からは何の魔力も感じ取れなかった。
80センチほどの長さで、長さのわりには軽量……材質は鋼かな? 重心のバランスも良い、刃も切先も鋭い。装飾は全くされておらず、柄には革紐がきつく巻き付けられている。
剣自体の質は悪くない。むしろ質の良い剣だけど……まあ一般的な普及品の範疇だな。だけどなぜこんな実直な剣が、魔道具店に置いてあるんだ?
「そこに置いてあるのは魔剣じゃないよ。ただの剣さ。装飾品も盾もね」
訝し気な目で商品を見る俺達に気付いて店主が、アルセニーさんとの話を中断して声をかけてくれた。
「あーそれでかー。石はちゃんとついてるのに何の効果もなかったから詐欺かと思っちゃったよ」
「あたしは【祈り子】の加護持ちでね。客の要望に合わせて、武具や装身具に付与してんのさ。そこにある武具でもいいし、持ち込みの武具でもやってあげるよ」
「【祈り子】?」
「【付与師】の上位加護ですよ」
「へえ! 噂に効く、付与師なんですか!」
神人族の【付与師】。道具に魔法を込めることが出来るという、神人族のみが授かることが出来る加護だ。
「マイヤさんは変わり者でね。他の神人族とは違って、第三区画に店を構えて、他種族相手の商売をしてるんですよ」
「第二区画は退屈だからねぇ。冒険者達を相手にしてた方が、良い素材が手に入りやすいし、面白い話も聞けるじゃないか」
どうやらマイヤさんは、他種族に対する偏見は無い人みたいだな。
「あ、じゃあさ、マイヤさん! 身体能力アップ系のアクセを作ってくれません? 出来れば天然石系じゃなくて魔石系のが欲しいんだ!」
「ふーん、あんた央人のわりには魔道具に詳しいんだね。もちろん、やってあげる……って言ってあげたいところなんだけど……ねぇ」
マイヤさんが腕組みして溜息をついた。
「え? 作ってくれないの? 素材ならいろいろあるよ? いい魔石もあるし」
マイヤさんの言葉に慌てるアスカ。確かに素材ならたくさんあるんだよな。CからAランクの魔物素材に魔石もそれなりに持っている。金もけっこうあるから多少高価だったとしても、問題は無いと思うんだけど……。
「いや、素材の方は問題無いんだけど、あたしの相方の魔法使いがギックリ腰になっちゃってね。あたしだけじゃ魔道具を作れないんだよ」
ん? どういうこと? 付与師だけじゃ、魔道具を作れない?




