第264話 解呪のスキル
「えぇぇ!? またかぁ……」
「まあまあ。良かったじゃないか。俺達が介入しないでも、アストゥリア帝国で解決できたなら、そっちの方が良いさ」
地下墓所のことを知っていたというだけで、冒険者ギルドに拘束されかけたんだ。中に入って不死者退治なんて、さらに面倒なことになるに決まってる。
「龍の従者ってのも大変ね。ガリシアに向かったと思ったら、今度はエウレカだなんて……。なんにせよ、歓迎するわ。アルフレッド、アスカ、アリス。魔法都市エウレカにようこそ」
エルサはそう言って微笑んだ。
「ありがとう。来てくれて助かったよ。エルサに会えなかったら、どうしようかと思っていたんだ」
「こちらこそ、私達の問題に巻き込むことになってしまって申し訳なかったわ。それで、イヴァンナのことなんだけど……」
知らなかったとはいえ、エウレカで機密として扱われている地下墓所のことを、俺が不用意に口にしたのは事実だ。機密漏洩を阻止しようとしたという建前がある以上、イヴァンナが俺を拘束しようとしたことについて文句は言えないそうだ。
ただし、俺がエルサに出した手紙を届けなかったことについては、イヴァンナと冒険者ギルドにトレス・アストゥリア家から正式に抗議することになるらしい。おそらくイヴァンナは『ギルドの職員が勝手に手紙を差し止めた』とか『誤って紛失してしまった』とか言い訳をするだろうから、謝罪をさせて和解金を支払わせるぐらいの処分しか出来ないだろうとのこと。
「えぇぇー!! ぜんぜん『ざまぁ!』してないじゃん! あたし達、あの人のせいでエウレカから追い出されたのに!」
「イヴァンナは第三位の爵位持ちだから、そう簡単に厳しい処分は出来ないわ。その代わり君達が神人族達に反撃したことも、イヴァンナを拷問したことも不問にさせるわ」
「くすぐっただけなのに……」
「立派な拷問よ、それ」
エルサが苦笑する。
確かにねぇ。イヴァンナはヨダレと鼻水を垂らして、失禁するぐらい悶絶してたからな。くすぐり刑って外傷を負わせないとは言え、かなりキツイ拷問かもしれない。
「話は変わるけどさ、エルサに一つ頼みがあるんだ」
「なに? 君達はトレス・アストゥリア家の恩人だから、出来る限りのことはさせてもらうわ」
「ありがとう、エルサ。実は地下墓所の不死者討伐の方はついでなんだ。エウレカに来たのは……」
俺はエルサにアリスのことをあらためて紹介した。
ガリシア氏族の長女であること、スキル封印の魔法陣を刻まれていること、ガリシアでも魔人族と戦ったこと。話をしていくうちにエルサは眉をひそめ、苦々しい表情を浮かべた。
「魔人族……アイツら、セントルイスだけでなくガリシアでも暗躍していたのね」
「ああ。それで、魔王アザゼルにキャロル様を訪ねろと言われてさ。敵が言ったことではあるけれど、藁にも縋る思いでエウレカに来たんだ」
「そうだったの……。もちろん、キャロルと面会できるよう手配するわ。君達はキャロルの命の恩人だし、キャロルも直接お礼を言いたいと思うから」
「助かるよ、エルサ」
よし。イヴァンナのせいで無駄に時間がかかってしまったけど、ようやく目的のキャロルと会えそうだ。
「エルサさん、ありがとうなのです!」
「どういたしまして。エルサでいいわ、アリス。そう呼んでくれないと私もアリス姫って呼んじゃうわよ?」
「は、はい! よろしくお願いするのです、エルサ」
そう言ってエルサが悪戯っぽく微笑みかけると、アリスは慌てて呼び捨てで応えた。
「ところでさ、アリスの呪いを解くためにキャロル様を訪ねろと言われはしたんだが、何か解呪の手掛かりになりそうなことに心当たりはあるか?」
『聖女』と呼ばれていることから、キャロルは癒者系統の上位加護【聖者】を持っているのだろうと想像していた。
中位加護であればそれなりの数がいるが、上位加護となると極端に少なくなる。例えば、【騎士】の上位加護である【聖騎士】は、剣士系統の加護を授かることが多いウェイクリング家でも過去に数えるほどしかいないぐらいだ。
癒者系統の上位加護である【聖者】は、重い傷病や呪いですら癒してしまうほどの優秀なスキルを持つ。アスカが『天龍薬』を使用した際に詐称した【聖者の祈り】は、その名の通り【聖者】のスキルだ。
キャロルは、その希少な上位加護である【聖者】を持っているから『聖女』と讃えられているのだろうと思っていたのだが、よくよく考えてみるとそれはおかしい。
エルサがわざわざクレイトンに行って決闘士をしていたのは、妹のキャロルの病を癒す上級万能薬を入手するためだったと聞いていた。もしキャロルが【聖者】の加護を持つのであれば、自分の病を治すことだって出来たはずなのだ。
「うーん……キャロルに聞いてみないと、わからないわ。【封印】の呪いねぇ。もう上級万能薬は試したんでしょう?」
「ああ。残念ながら【封印】の呪いは解けなかった」
アスカが【アイテム】で使った魔法薬は魔法スキルと同じような作用を発揮する。例えば回復薬であれば【治癒】、解毒薬であれば【解毒】に似た効果がある。
そして、アリスに試みた『上級万能薬』は、【聖者】のスキルの一つである【解呪】と同様の効果があると思われる。もしキャロルが【聖者】の加護を持っていたとしても、『上級万能薬』と同様の効果である【解呪】では、アリスの【封印】は解けない公算が大きいのだ。
なら、なぜ魔王アザゼルはキャロルを訪ねろと言ったのか。本当にアリスの【封印】を解く手掛かりがアストゥリアにあるのだろうか?
そもそも魔王の言ったことを信じている時点で、おかしいのかもしれないけど……。
「そう……。私は専門外だからわからないけど、キャロルなら助言できると思うわ。あの子は魔法陣や魔道具に詳しいから」
「そうか……」
まあ何にせよ会ってみてからだ。キャロルの持つ加護やスキルを聞くのも不躾だしな。
「じゃあ、私はトレス家に行って、キャロルの面会許可を貰って来るわ」
「え? 一緒に住んでるんじゃないのか?」
妹なんだから、この邸宅に住んでいると思っていたら違うらしい。聖女だけに教会にでも住んでるのかな?
「へ? あ、ああ、妹とは言っていたけど、キャロルとは実の姉妹じゃなくて従姉妹なの。キャロルは選帝侯であるトレス・アストゥリア家の娘で、私はその分家の娘なのよ。私はキャロルの侍女なんだけど、幼い頃からトレス家に行儀見習いに行っていたから、あの子は私のことを姉みたいに慕ってくれてるの」
「そうなのか。ああ、そう言えば選帝侯家の神族はこことは別区画に住んでいるんだったな」
「ええ。エウレカの中央、聖区の屋敷に住んでるわ。央人や土人である君達を聖区に案内することは出来ないから、キャロルをここに連れてくることになるわ。おそらく数日中には面会できると思うのだけど……」
エルサが申し訳なさそうに、そう言った。エウレカでの人種による明確な差別で不快な思いをさせていると思っているのだろう。
セントルイスもガリシアでも支配層は偉そうなものだし、居住地の区画分けもされるのが普通だからさほど気にしてもいないけど。まあ唯一絡んだ神人族のイヴァンナは、確かに高慢で癇に障るヤツだったけどさ。
「それまでは、この邸宅で過ごしてちょうだい。私と一緒なら観光も出来るから、良かったら明日にでも第一区画と第二区画を案内するわ」
「ありがとう。世話になるよ」
ああ、そう言えばアストゥリア帝国と言えば魔道具だ。質の良い魔道具が現地価格で買えるのだから、買い物しておかないとな。資金はたんまりあるわけだし。せっかく案内してもらえるのなら、魔道具を大量に購入して王都でアリンガム商会に卸すのもいいかもしれないな。




