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騎士とJK  作者: ヨウ
第一章 山間の町オークヴィル
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第26話 危機

「キャアッッ!!!」


 叫び声をあげ、倒れ伏すダーシャ。その傍らにいたのは、ほっそりとした体つきのアゴの尖った男だった。男が手に持った剣からは、真っ赤な液体がぽたりぽたりと垂れている。


「ケハハハッ!! また会ったねぇ、草むしり君?」


 あいつは! 冒険者ギルドと路地裏で絡んできたテンプレ冒険者じゃないか! あいつがダーシャに手を出したのか!?


「ニャッ! ディック!? 何するニャッ!!」


「大人しくヤられやがれ! ドラ猫がぁっ!!」


 振り向くとエマが冒険者風の男に殴り掛かられている。あの無精ヒゲは! こいつら……こんな時に何だってんだ!


「ローマン! ディック! てめえら、何のつもりだ!」


 デールがテンプレ冒険者たちに向かって叫ぶ。デールは突然の襲撃に激昂し、眼前の火喰い狼から完全に目を離してしまっている。


 火喰い狼(フレイムウルフ)がそんな隙を見逃すわけもなく、デールに向かって猛然と走り出した。くそっ! 間に合うかっ!?


「うおおぉっ!」


 俺は火喰い狼に詰め寄り、横っ腹に向かって刺突を放つ。火喰い狼は急制動し、身をひるがえして刺突を避ける。刺突はかすりもしなかったが、ギリギリで牽制が間に合った。


「デールッ! 気をつけろ!」


「くっ、くそっ!!」


 デールが火喰い狼を睨み盾を構える。


って、アスカは!?


「ダーシャッ!!」


 アスカは倒れ伏すダーシャに向かって走り出していた。しかしダーシャの前には、尖りアゴことローマンが血に濡れた剣を掲げ立ちふさがっている。


 くっそ、いったい何なんだこの状況はっ!すぐにでもアスカを追いかけたいが火喰い狼に背を向けるわけにもいかない。


「デールッ! アスカを守ってくれ!!」


 アスカはダーシャの回復に向かったようだが、このままではローマンにやられてしまう。元々、デールとアスカは二人一組の回復役だ。アスカについてやってくれ。


「こっちはまかせろ!」


「おっ、おう!」


 デールは我に返り、アスカを追いかける。アスカが心配だが、ここで火喰い狼から目を離すわけにもいかない。ちらっと左に目をやると無精ヒゲとエマが交戦している。


 こいつら、火喰い狼討伐に集中している俺たちの背後を狙ったのか……。まずいな。テンプレ冒険者たちと火喰い狼に挟撃されたかたちになっている。


 一点突破して離脱すべきだが、ダーシャが手傷を負った上に囲まれてしまっているため、無精ヒゲか尖りアゴのどちらかを無力化しないと逃走する事も出来ない。こうなると各個撃破しか方法が無いな。


「グルルルゥ!!」


 っと、人の心配している場合じゃ無い。俺が火喰い狼にやられてしまう。ついさっきまで、5対1でなんとか優勢だった相手なんだから。


 俺が抜かれてしまったら、この臨時パーティは全滅必死だろう。いくらデールやエマでも、無精ヒゲや尖りアゴを相手にしながら火喰い狼をさばけるわけがない。


 剣闘士デールvs尖りあごローマン、猫耳盗賊エマvs無精ひげディック、そして火喰い狼vs俺か……。どこかが崩れたら、終わりだ。優勢だと思ってたのに、一気に大ピンチじゃないか。




 俺は前傾気味に腰を落として火喰い狼に剣を向ける。パワーや体力、防御力なんかは敵いそうにないが、早さなら俺の方が上だ。ならば手数で勝負だ!


 俺は真正面から火喰い狼に突っ込み、剣を振り下ろす。火喰い狼にやすやすと躱されてしまうが、それは織り込み済みだ。

 

 俺はさらに一歩踏み込んで飛び退いた火喰い狼を返す刀で斬りあげる。鼻っ面に浅い斬撃を食らわせ、鮮血が飛び散った。


 火喰い狼は「ギャウンッ」と短い叫び声を上げて一瞬怯む。さらに追撃をと詰め寄ったが、火喰い狼は太い前足を振り回して瞬時に反撃に出てきた。俺は慌てながらも、襲いかかる鋭い爪を剣でなんとか受け流す。


 危ない……1発でも食らったら致命傷になりそうだ。


 でも、戦える! 火喰い狼の攻撃はなんとか躱せる。パワーは負けてるけど、なんとか受け流す事もできる。


 騎士を目指して身につけた剣技が、アスカにもらった加護が、俺に賞金首と互角以上に渡り合う力を与えてくれている。


 俺のやってきた事は、決して無駄じゃなかったんだ。こんな状況下で不謹慎極まりないが、口角が上ずる自分を抑えることができない。


 俺は目の前の火喰い狼に深く深く集中する。何度も何度も繰り返し剣戟を食らわせ、少しずつ少しずつ傷を負わせていく。そして火喰い狼の攻撃を、躱し、受け流し、隙あらばカウンターで斬撃を見舞う。


 火喰い狼の噛みつきや突撃をまともに食らえば、俺は一撃でやられてしまうだろう。だけど敏捷値に勝る俺は、簡単にそんな攻撃は食らってやらない。


 とはいえ、攻撃力が明らかに劣る俺は決定的なダメージを与える事も出来ない。火喰い狼の巨体から繰り出される攻撃を避けながらの浅い反撃では剣を掠らせるのせいぜいだ。


 鋭い牙の噛みつきや振り回される爪はなんとか躱せる。やっかいなのは、体当たりだ。突っこんでくる巨体を避けるために一歩距離を置いて戦わざるを得ない。間合いが離れれば、どうしても踏み込みが足らず、浅い傷しか負わせられない。




 どれくらいの時間が経っただろう。火喰い狼の身体にはいくつもの斬り傷が刻まれ、全身の毛が浅黒い血にまみれた。


 浅い傷ばかりで、すぐに自己治癒されて出血も止まってはしまう。それでも少なくないダメージはたまっているようで、だんだんと火喰い狼の動きは鈍くなって来た。


 だが、俺の方も息が上がり、足がもつれてしまうほどに疲労が溜まって来ている。手傷は負っていないけど、どこまでもつかな……。


 今のところは少しだけ俺に有利に展開はしているけれど、互いに決め手には欠け、膠着状態が続いている。


 隙を見つけて回復薬を飲んで体力を回復すれば、一気に状況を好転させられるだろう。ここからは体力勝負だ。そう思ったところで、火喰い狼が危険な挙動を見せた。


 後ろ足に重心を傾け、大きく息を吸い込み胸を膨らませる。この動きは……炎のブレスだ。


 ……どうする?ブレスを避けてから、直後に生じた隙に反撃を加えるか。それとも、さらに安全距離を確保して回復薬で体力を回復させるか……。


 よし、安全策で体力回復だ。ブレス後の隙に乗じれば今までよりも大きなダメージを与えられるかもしれない。だけど、俺の乏しい攻撃力では決め手にはならない可能性もある。それならば体力を回復させ、少しずつでも火喰い狼の体力を削った方が安全だ。


 俺はバックステップでさっきのブレスの攻撃範囲よりもさらに大きく距離をとる。そこに火喰い狼が炎のブレスを吐き、眼前に炎の壁が出現した。


 大きく間合いを取ったため肌が熱気に焙られることも無い。俺は腰のポーチから回復薬を取り出し、一気に口に流し込む。よしっ、これで万全な状態で戦える!


 そう思った直後だった。目の間にあった炎の壁が突然に消え失せ、火喰い狼の巨体が飛び出して来た。


 口に回復薬の瓶を咥え無様に隙をさらしていた俺は、突然に現れた巨体に反応が遅れてしまう。咄嗟に剣でガードしようとするも間に合わず、振り下ろされた前脚の強打をまともに受けて弾き飛ばされた。


「ぐわぁっ!!!」


 俺は地面を何度もバウンドしながら吹き飛ばされ、木の根元に衝突してようやく勢いが止まる。衝撃でショートソードを弾き飛ばされ、口に含んだ回復薬を吐き出してしまった。


「ううっ……ゲホッ!」


 青緑色の回復薬と血の塊が口から飛びでる。火喰い狼の前脚の打撃を受けた俺の右腕はあらぬ方向に折れ曲がっている。肋骨も何本か折れてしまったようだ。身体中に軋むような激痛が走る。


 火喰い狼はそんな満身創痍な俺を見据えながら、それでもゆっくりと慎重に身構えながら俺に歩み寄ってきた。


 こいつ……ブレスをフェイントに使いやがったのか。最初のブレスの時にはたぶん10秒近くも炎を吐き出し続けていた。今度は一瞬ブレスを吐き出した後に、その炎に紛れて突っこんで来やがったんだ……。


 頭が良いヤツだとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。まんまとしてやられてしまった。


「クソッ……」


 賞金首の魔物相手に余裕こいて安全策なんて、俺が甘かった。一撃でも食らえば瀕死に追い込まれるのはわかっていたのに。


 ……これが経験を積んだデール達のような冒険者との違いか。あいつらは火喰い狼に戦いを挑み、重傷を負いながらも撤退を成しえているんだ。その後にレッドウルフの群れに襲われて全滅の危機に陥ってはいたが、この火喰い狼にブレスで大火傷を負わされた仲間を抱えて逃げ切っている。


 アスカに見せてもらったステータスを見て、ほとんどの数値で上回っていたからって何を調子づいていたんだ俺は。


 アスカに俺なら一人でも戦えると言われたから。五感に優れる獣人族のエマよりも優秀な索敵をすることが出来たから。数字やスキルレベルの差だけを見て、俺の方が格上だなんて勘違いしていたんじゃないのか。


「とんだ、大馬鹿野郎だな……」


 血反吐を吐き全身に骨折を負い、樹木に背を預けて虫の息の俺を前にしても、火喰い狼は油断なく慎重に距離を詰めてくる。ろくに動くこともできない俺を相手にしても、こいつは油断していない。


 これが賞金首か。これが魔物との戦いか。これが戦闘系の加護を持った者の、生き死にのやり取りか。


 火喰い狼に迫られ、周囲を窺う余裕なんて無い。アスカは無事だろうか。デールやエマなら、テンプレ冒険者に後れをとることなんて無いよな。


「グルルルゥッ!」


 一息で俺を食いちぎれる距離にまで近寄った火喰い狼は、ようやく俺に反撃する余力はないと悟ったのだろう。飛びかかってトドメをさそうと言わんばかりに、身を低く屈めた。


 絶体絶命か……。デール、頼む。なんとか逃げ切ってくれ。アスカを守ってやってくれ……。


 覚悟を決めたその刹那、まるで引き絞った弓から矢が放たれたかのように、大口を開けた火喰い狼が俺に向かって飛び込んできた。




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