第260話 手紙の行方
「ごちそうさま」
「あ、ありがとう……ございます。お、お口に合いましたでしょうか」
「そう緊張しないでください……。私はこの街の神人族とは違います」
「は、はいっ、失礼いたしました」
身を縮めて畏まる央人族の店主に、彼は肩をすくめて苦笑する。これ以上話しても緊張させてしまうだけだと思ったのか、一礼して食堂から部屋に戻ってきた。
「変わらないなこの街は……。昔はなんとも思わなかったのに」
上着を脱いでコートハンガーにかけ、疲れた様子でベッドに腰かける。
「神人も央人も、土人も、獣人も、ルクス様が平等に愛してくださる同じ人族だと言うのに。やっぱりセントルイスの自由な空気の方が僕には合ってる……戻ってこなければよかった」
深々とため息をつき、倒れ込むようにベッドに寝転がる。
「……神人族とは関わるなって言っておいたのに。いや、僕がきちんと話しておくべきだったんだ。この街の神人族は、他種族のことを動物程度にしか思わない、歪んだ差別意識を持っているって……。はぁ、アルフレッドさん達は無事なんだろうか……」
「俺達は無事ですよ、アルセニーさん」
「なっ、なんムグゥッ!!」
突然現れた俺に驚いて大声を上げようとしたアルセニーさんの口を塞ぎ、落ち着いてもらえるように微笑みかける。【隠密】を使ってけっこう前から側にいたんだけどね。
「お静かに、アルセニーさん。驚かせて、すみません」
「アルフレッドさん! ご無事だったのですね。良かった!」
逃げ出した日の夜、俺は再びエウレカに舞い戻り、【隠密】と【警戒】を駆使してアルセニーさんの部屋に忍びんだ。アスカとアリスは留守番だ。隠密行動なら俺一人の方が動き易いからね。
「いったい何があったのですか? 旅館に戻ってきて驚きましたよ。ギルドマスターを侮辱したと聞きましたが」
「面倒なことになってしまいまして……」
昨日、監視をつけられたこと。
尾行者を拘束したこと。
問い詰めたらイヴァンナの指示だと吐いたこと。
今朝になりイヴァンナが乗り込んできたこと。
ギルドへ出頭するよう命じられたため断ったこと。
お供をけしかけられたため逃走したこと。
アルセニーさんに起こったことを簡潔に説明した。
「あれだけ神人族と事を構えるなと言ったのに……」
「尾行が賞金首ハントの時だけなら放置するつもりでしたが、街に戻って夜になっても後を尾けられていたので、身の安全のために止む無く拘束したんですよ。そしたらイヴァンナが乗り込んできて、あれよあれよと……あ、危害は加えてませんよ?」
「はぁ……。まあ、起こってしまったことを、とやかく言っても仕方がありませんね」
そう言ってアルセニーさんは溜息を吐く。ずいぶん心配をかけてしまったみたいだ。出会ってまだ間もないのに、良い人だな。
「ギルドの受付やイヴァンナは『地下墓所と不死者』という言葉に過剰反応していたのですが、アルセニーさんは何かご存じありませんか?」
「地下墓所、ですか? 特に聞いたことはありませんね……」
アルセニーさんも地下墓所を知らないとなると……やはり地下墓所は存在を秘匿されているようだ。アルセニーさんは30年間ほどエウレカを離れていたそうだから、その間に作られた可能性もあるけど。
「これだけ大きな都市ですから聖ルクス教会の墓地や霊園は何か所か在ります。地下に墓所があったからと言って、それが何だと言うのでしょう?」
言われてみれば、それはそうだ。王都クレイトンと同程度の規模であるエウレカには少なくとも10万人以上の人が住んでいる。墓所も数多くあるだろう。その中に地下墓所があったところで、何ら不思議じゃない。
「俺達にもわかりません。地下墓所と不死者。この組み合わせが何らかの秘密に触れているのでしょう」
なんにせよ情報が少ない現状では何もわからない。まあ正直言って、わからなくてもいいんだけど。
そもそも俺達がエウレカに来たのはアリスのスキル封印を解くためだ。アスカは地下墓所で湧いた不死者と戦う出来事が起こると言っていたが、そんなのは二の次だ。
別に神人族の秘密に踏み込もうと思っているわけでも無い。アリスの件さえ解決出来れば、魔人族が出てこない限り他の事に首を突っ込むつもりもないのだ。
……まあ、出てくるだろうけどさ。
「アルセニーさんにお願いがあります。舞姫エルサに、この手紙を渡してもらえませんか?」
冒険者ギルドで配達依頼を出したが、おそらくあの手紙はイヴァンナに接収されているだろう。泊まっている旅館を教えていないのに、イヴァンナ達がやって来たことからも中身は見られたと思った方が良い。
接収されたであろう手紙には、『エウレカに来たので会いたい。旅館を尋ねて来て欲しい』としか書いていないので、別に見られたところで構いはしない。問題は、その手紙が届けられない可能性が高いということだ。
「報酬は前金で金貨1枚、完了後に金貨2枚でいかがでしょう」
アルセニーさんは金額を聞いて驚いた顔をする。手紙配達の報酬が、一般の冒険者が半年かけて稼ぐ金額なのだから驚くのも当然だ。
この金額には、俺達の状況に巻き込むことへの迷惑料や危険手当も含んでいる。アルセニーさんは、それに気付いて迷う素振りを見せたが、俺の顔を見て諦めたように苦笑いを浮かべた。
「……仕方が無いですね。でも私はしがない神人族ですから、神族様に手紙を渡せるとは限りません。鼻薬を嗅がせる必要も出てくるでしょうから、経費は別に請求しますからね」
「もちろんです」
ああ、そうか。エルサは神人族の中でも、さらに特権階級だったんだっけ。王国で言えば平民が貴族に手紙を渡そうとするのと同じだもんな。袖の下の一つも要るか。エルサには決闘士の印象が強いから、なんだか不思議な気がする。
「アルフレッドさんは、これからどうするんですか?」
「当面はエウレカを離れて野営ですね」
手紙には待ち合わせ場所と来て欲しい時間帯を書いてある。指定した時間帯にエルサが来ているか、待ち合わせ場所を見に行けば良い。
こうしておけば、この手紙も奪われたとしてもイヴァンナに奇襲されることはないだろう。警戒し過ぎのような気もするが、万が一ってこともあるからな。アスカやアリスに危険が及ぶよりはいい。
「では、アルセニーさん。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「はい。アルフレッドさん達もお気をつけて」
俺はアルセニーさんに会釈をして、窓から外に飛び出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おっかえりー! 大丈夫だった?」
「ああ。アルセニーさんには無事に会えたよ。そっちは?」
「こっちは何事も無かったのです。砂漠狼の群れが現れましたが、追い払ったのです!」
「ありがとう、アリス」
アリスがいてくれるのは本当に心強いな。アスカを安心して任せておける。
「ブルルッツ!」
「あ、こら、エース! ちょっ、そんなところ匂いを嗅いじゃ、ダメなのです!」
一緒にエウレカに行っていたエースが、アリスに甘えて顔をすり寄せた。さらに股座に顔を突っ込んで匂いを嗅ぎ出す。
「……エース、アリスに懐きすぎじゃない?」
「あ、ああ。まあ懐かないよりはいいじゃないか」
アスカはいつもエースに餌を与えているし、よく身体を拭いてあげているから、とても懐かれていた。自分よりもアリスが懐かれているのを見て、少し不満なようだ。
まあでも、あれは懐いていると言うよりは、エースの本能だろ? エースは女の子が大好きで、まあその、一角獣だからな。
「……はっ!? ま、まさか、エース! 中古女は用済みだと!? そんなぁ!」
応えに窮していた俺の顔を見て、アスカも気付いたようだ。でも、アスカ。中古女って……いくらなんでも酷くないか、その表現。




