第256話 忠告
「アルフレッドさんはどうですか? 私以外に神人族を見かけなかったでしょう?」
「言われてみれば……」
冒険者ギルドの受付は獣人、旅館の店主は央人だったな。ギルドにいた冒険者達の中にも神人族はいなかった。
整然と区画整理された白一色の街並みや水路を流れる澄んだ水など、美しい風景に目を奪われて気付かなかった。確かに、エウレカに来てからただの一人も神人族とすれ違っていない。
「エウレカでは人種によって住む地域が分けられているんです。神族様が住まう『聖区』、選帝侯の分家や神人族の富裕層が居を構える『第一区画』、神人族市民の街区である『第二区画』、そしてここ『第三区画』です」
「なるほど」
まあ、ここまでは普通と言えば普通だ。チェスターだって貴族や富裕層と平民の居住区は城壁で隔てられていたし、王都も貴族街・中心街・平民街の三層に分けられていた。
「エウレカの中央にある白天皇城の周囲が聖区、北東が第一区画、北西が第二区画、そして南側が第三区画です。神人族以外の人種は、第三区画以外への立ち入りは禁止されています。『天龍大条』から北側には決して立ち入らないでください」
エウレカの中心を南北に通っている大通りが『天龍大路』、東西に通っているのが『天龍大条』だったっけな? じゃあ北半分と皇城の周囲は立ち入り禁止ってことか。
「それと、神人族には何があっても手を上げてはいけません。出来れば神人族との接触自体をなるべく避けてください」
「……なんだか穏やかじゃないな。神人族と事を構えるつもりは無いが、なぜ接触すらしてはいけないんだ?」
「アルフレッドさん達のためを思って言っているんです。約束してください。神族様や神人族と出来るだけ関わらないようにすると」
アルセニーさんが真剣な表情で言う。よくわからないが心配してくれているのはひしひしと伝わって来る。
「……わかった。この第三区画にいれば、神人族と接触することは少ないだろうしな。でも、エルサやキャロル・アストゥリアとは会うつもりだけど」
「エルサさんは問題無いでしょう。彼女は外を知っていますから」
外を知っている? ああ、アストゥリア以外の国を知っているということか?
「私の話は以上です。外に出ている30年の間に変わっているかもしれないと思っていたのですが…………さっ、冷める前に食事にしましょう! ここの料理は美味しいですよ!」
そう言ってアルセニーさんは大皿に盛られた料理を取り分け始めた。
神人族とは接触するな。神人族には手を出すな……か。なんだか釈然としないが、アルセニーさんの忠告は心に留めておこう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちは夕食後にいったん俺の部屋に集まった。
「どう思った?」
「うーん。エルフが排他的って設定はWOTでもあったけど……立ち入り禁止とかは無かったと思う」
「そっか」
市民の街区でさえ他人種は立ち入り禁止だもんな。アスカの言うように神人族は排他的な傾向があると聞いてはいたが、徹底しているよな。ダーシャやエルサ、アルセニーさんと、親しみやすい神人とばかり出会っていたから、忘れてたよ。
「それより気になったのはギルドの子の方かなー」
「ア、ア、アンデッドはいないのですよね!?」
「ああ、それもあったな」
冒険者ギルドの受付嬢はエウレカに不死者が現れたことも、現れることも無いと断言していた。
「あのギルド職員……おかしな反応だったよな。巨大地下墓所があるんだから、普通に考えれば不死者の一体や二体は現れてもおかしくないってのに」
なぜ不死者が現れるかはよくわかっていないが、一般的には遺棄された人や魔物の死骸から発生すると言われている。死者が火葬された場合は自然発生しにくいと言われることもあるし、魔素の濃い場所に死体が遺棄されると不死者になりやすいとも言われている。
その発生の仕組みは未だ謎に包まれている。エルゼム闘技場の時みたいに、闇魔術師が魔法で不死者を創るということもあるしな……。
「うん。あれじゃあ不死者が現れるって言ってるようなものだったよね」
「ええっ、い、いるのです!?」
アスカの言葉に慌てるアリス。ほんと苦手なんだな。
「ムキになって否定してたけど、ギルドは不死者のことを隠したいのかもね」
「何でだろうな……。WOTではどんな経緯で不死者が現れたんだ?」
そう言えば『不死者』という言葉にアリスが過剰反応したため、詳しい話は聞いていなかった。WOTとは違う展開になるとしても、聞いておいて損は無いはずだ。
「んー、WOTでは冒険者ギルドで普通に依頼があったの。夜な夜な地下墓所から湧き出てくる不死者を倒せってね。そんで地下墓所に潜ったら不死の神人が出てきて、そいつらも片付けると不死者を操ってた魔人族が出てくるってカンジ」
なるほど。地下墓所の不死者を一掃して、やっぱり出張って来る魔人族を倒す……と。
「前から思っていたんだが……WOTの魔人族って、なんて言うか……」
「シンプルな、まさに敵役ってカンジよね」
そう! そうなんだよな。アスカから聞くWOTでの魔人族って、単純な印象なんだよな。
ゴブリンを引き連れてチェスターを襲う
闘技場に紛れ込んで決闘士武闘会の決勝戦で戦う
地竜を暴走させてレリダを襲う
地竜の洞窟の最奥で戦う
WOTに登場する魔人族は、『お姫様を呪った闇魔法使い』とか『村を襲った悪いオーガ』みたいな、童話に出てくる敵役という感じだ。
だが現実には、貴族に『隷属の魔道具』を融通して争わせたり、マフィアに潜り込んで暗躍したり、ギルド職員に接触して従魔を攫ったり、氏族長の姉に『呪いの魔法陣』を渡して甘言を囁いたり……と搦め手ばかり使って来るような、厄介で陰湿な印象だ。
「WOTって『広大なオープンワールドを探索しよう!』っていうのがメインで、ストーリーはありきたりだったからね。『断章』とかで伏線はちょいちょい置かれてたけど、続編で回収されるって話だったし」
ええと、相変わらずアスカの言ってることはよくわからないけど、要するに強いけれど、さほど厄介な相手でもなかったってことかな?
「まあ、何にせよ、あのアザゼルがエウレカに行けと言ったんだ。何か悪辣な企みがあるのは間違いないだろ。面倒な仕掛けがされている可能性も高いだろうし、注意しておかないとな」
「そだね! でもでも、今のアルならまともに戦えば、そう簡単に負けることは無いと思うよ! それに頼りになる仲間も加入したわけだしね!」
たくさんの加護を授かったうえに、レベルもかなり上がったから、そうそう簡単に負けてやるつもりは無いけど……頼りになる仲間かぁ。
うん、アリスのことは頼りにはしてるよ? 生産系の加護ながらも地龍の聖武具を授かるぐらいの凄腕の戦士なんだから。でも、ねぇ……
「ア、アンデッド……」
いや、無理だろ。真っ青じゃん、アリス。死霊やら骸骨戦士、生ける屍なんかに囲まれたら発狂するぞ、たぶん。
「ふう……それで、当面はどうしようか? 神人族との接触を避けるなら、エルサから返答が来ない限り、アテは何も無いけど」
手紙が届けばエルサはこの旅館にすぐ連絡をくれると思う。でもこちらから他の街区に探しに行けないみたいだし、接触を避けた方が良いならやることが無いんだよな。
たまにはのんびり過ごすのも悪くないかもしれないな。せっかく魔道具の本場、魔法都市エウレカに来たんだから、魔道具屋巡りをするのもいいな。
アスカもアクセサリーや服を欲しがるだろうし。アリスもダボダボの分厚いパンツに分厚い革のジャケットっていうヘビーデューティーな服だけじゃなくて、アスカみたいに可愛らしい服を持っていてもいいと思うんだよな。せっかく可愛らしいんだし。
「どうしようって……冒険者ならクエスト消化に決まってんじゃん! 賞金首をせ・ん・め・つよ!」
あれ、意外な回答。ああでも、そうだな。アリスとの連携も習熟しとかないといけないし、『地龍の戦槌』を実戦で試しておかないといけないしな。
明日は冒険者ギルドに行って、賞金首ハントを受注しますか。




