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騎士とJK  作者: ヨウ
第一章 山間の町オークヴィル
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第25話 奇襲

 シエラ樹海は普段と同じく、始まりの森と比べて魔物の数が少ない。デール達によると、これはやはり火喰い狼(フレイムウルフ)が現れてからだそうだ。


「火喰い狼が他の魔物を樹海から追い出してるって事か?」


「たぶんな。レッドウルフにしてみれば火喰い狼と縄張り争いするよりは、魔獣使いとか冒険者に狙われる方がまだマシってとこなんだろうな。ホーンラビットとかワイルドスタッグ、マッドボアなんかはあまり出て来てないみたいだから、火喰い狼に食われちまってるんじゃねえかな」


 へえ。火喰い狼はレッドウルフの仲間だと思っていたけど、敵対関係にあるのか。


「ってことは、火喰い狼はレッドウルフとは一緒に出てこないって事か」


「ああ。前に戦った時も、単独行動してたよ」


「群れて出てこないのは助かるな」


 アスカも数に入れれば5対1だ。前衛、盾役、後衛とバランスもいいし。


「ん……。この先に魔物がいるな。たぶんこの大きさはマッドボアだ。右側に迂回して進もう」


「えっ? どこにいるのニャ? あちしの索敵にはまだ引っかかってないニャ」


 エマはまだ気づいていなかったらしく、鼻をスンスンといわせて周囲の気配を探る。


「左前方にいるぞ。あそこの大岩の裏あたりだ」


「うーんと……。ほんとニャ! すごいニャ! アルは央人族なのになんでそんなに鼻が利くニャ!?」


 いや、鼻が利くんじゃなくてスキルレベルの差なんだけど……。エマの索敵レベル4に対して、俺の索敵レベルは10だし。


 ちなみにスキルレベルはレベル1からスタートし10まで上がる。10になるとレベル表記はされなくなり、修得済みのスキルって扱いになるみたいだ。


 俺も、アスカに出会うまでは加護やスキルにレベルがあるなんて知らなかったから、ちょっと説明がしづらいな……。あまりアスカの事は話したくないし。


「あー、俺は成人してからずっと森の中で暮らしてたからな。周囲の気配を探るのは得意なんだ」


 うん。嘘は言ってないぞ。森の聖域で暮らしていた時も生活のために狩りをしていたわけで、動物を探して森中を歩き回ったりしていたしな。


「なるほどな。魔物が出る森で暮らしてたのならアルが強いのもうなづけるな……」


「若いのにどうしてそんなに腕が立つのかと思っていたけど、そういう事だったのね」


 デールとダーシャが、うんうんと頷いている。うーん、魔物はいなかったんだけどな。動物ならいたけど……。まあいいか、嘘じゃないし。


「……デール、君たちが火喰い狼とやりあったのは、この先でいいんだよな?」


「あ、ああ。この先に行くと、小さな泉があるんだ。火喰い狼はその辺りを縄張りにしているらしい。このペースなら、あと20分程度で着くよ」


「わかった。気を付けて進もう」


 話をしているとそのうちにぼろが出そうだし、アスカが余計なことを話し始めそうなので、俺は無理やり話題を変えて皆に先を促した。


 その後は、俺とエマが先行して索敵し、俺たちは魔物を避けながら森の中を進んだ。いつも通り魔物からは安全な距離を確保しつつ慎重に進んだため時間は余計にかかってしまったが、魔物と戦いになることも無く俺たちは目的の泉にたどり着いた。


「上手くいったな。ここまで魔物と戦わずに来れるとは思ってなかったよ」


「アルの索敵のおかげニャ。コツを教えてほしいニャ」


「うーん。魔物がたてる物音とか、息づかいとか匂いを探るってだけだから、エマとやってることはそう変わらないんだよな。あとは感覚的なものだから教えてって言われてもなぁ」


 スキルレベルの話をすれば説明できるんだけど、それを伝えるとなし崩しに加護のレベルとかアスカの事とかを説明することになりそうだし……。


「強い魔物がたくさん出るところに行って、緊張感を高めて感覚を研ぎ澄ませるっていうのが近道だと思うよ」


 教えられるのはこの辺までだな。これは一般論としても言われてることだし。


「この辺りよりも強い魔物が出るところに行くのは、俺たちの腕じゃまだ手に余るな……」


「オークヴィルに腰を落ち着けて、訓練とレベル上げに専念するのが近道よ」


 まあ、そういう話になるよな。魔物と戦って経験を積むっていうのが強くなるための常道だろうし。


 危険な敵が出る場所で力をつけようって事にはそうそうならないだろう。リスクを冒して大けがを負ったり、死んでしまったら元も子も無いしな。


「じゃあ、火喰い狼が水を飲みに戻って来るまで隠れて待機だな。念のために作戦を確認しよう」


 作戦は単純だ。デールとダーシャとアスカが少し離れた茂みに隠れ、俺とエマは泉寄りの木陰に潜入を発動しながら息をひそめる。


 火喰い狼が現れたらダーシャとエマが、投げナイフと弓で奇襲。すぐに俺が注意を引きつつ突貫。あとは俺が近距離で攻撃しつつ、エマとダーシャが遠距離から援護。


 デールとアスカは距離を置いて専守し、隙があれば攻撃に参加。誰かが傷を負ったら急行して回復に努め、その間は残りのメンバーが敵の注意を引く。


 もし誰かが簡単に治療できない大怪我をするようなことがあれば、単独でも逃げ切れる可能性がある俺かエマが殿を努めつつ即座に撤退。


 俺たちは互いに頷きあって散開し、所定の位置で身をひそめる。火喰い狼が姿を顕したのは30分ほど経過したあとだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 火喰い狼が泉に姿を現した。聞いていたけど、想像していたよりもデカい。レッドウルフよりも一回りも二回りも大きく、体高は1.5メートルほどもありそうだ。こんな巨体に突っ込まれたら、タダじゃ済まないだろう。


 レッドウルフは黒みを帯びた濃い赤色をしているが、火喰い狼は全身を真っ赤な紅色の毛が覆っている。体の形はレッドウルフにそっくりなので、たぶん突然変異か何かなのだろう。


 後ろを振り向くと、ダーシャが弓をゆっくりと引き絞っていて、それに合わせてエマが投げナイフを手に大きく振りかぶった。俺はあらかじめ抜いていたショートソードの柄をぐっと握って感触を確かめてから、二人に合図を出す。


 ダーシャの放った矢がヒュンッと音を立て火喰い狼に襲い掛かる。火喰い狼は放たれた殺気に敏感に反応し、飛来した矢を躱してみせた。しかし一拍遅れて投げつけられたエマの投げナイフまでは躱せない。ナイフは火喰い狼の腹部に突き刺さった。よしっ、奇襲は成功だ!


「おぉぉぉっ!!」


 俺は隠れていた木陰から大声を上げて飛び出し、火喰い狼の注意を引く。火喰い狼は牙をむき出し俺を睨みつけ、唸り声をあげて威嚇する。


「グルルルッ!!」


 次の瞬間、火喰い狼の巨体が凄まじい速度で俺に飛びかかってきた。俺はギリギリで身をかわし、なんとか崩れた体勢を立て直す。


 レッドウルフをはるかに凌駕する俊敏さだが、対処できないほどじゃない。ただ、火喰い狼の身体が大きいため、こちらも大きく動かざるを得ない。体勢がどうしても崩れてしまうため、簡単には反撃(カウンター)をくわえることが出来ない。


 火喰い狼は、距離を取りつつ俺の周りをゆっくりと回る。同時にエマとダーシャに背後を取られないよう、注意を払っている。こいつはかなり頭が良いようだ。慎重でやりにくいな。


「グオゥッ!」


 火喰い狼が一瞬で距離を詰め、頭を食いちぎってやると言わんばかりに襲い掛かって来る。これもなんとか躱しつつ、剣を突き出す。


 体勢を崩されつつ腕力だけで繰り出した剣は、火喰い狼の固い毛皮と突撃の勢いに弾かれてしまう。だが、剣先には僅かだが火喰い狼の赤黒い血がついている。少しだが手傷を負わせることが出来たようだ。


 再び対峙する俺と火喰い狼。お互いに距離を保ちつつ、ゆっくりと円を描くように足を運ぶ。その直後、火喰い狼にダーシャとエマが放った矢と投げナイフが左右から飛来する。


 火喰い狼はバネのように跳ね上がり、それを易々と躱してしまう。時間差で飛来する矢とナイフにも、あっさりと順応してしまったようだ。だけど、その分だけ動きは大きくなり、隙が生じる。


「そこだっ!」


 俺は後方に飛び上がった火喰い狼に駈け寄り、横薙ぎに剣を振るう。剣は前脚の付け根辺りを切り裂き、傷口から鮮血が噴き出す。追撃を狙って詰め寄るが、着地した火喰い狼はすぐさま大口を開けて突っこんできた。ちっ、浅かったか。


 切り裂いた傷口付近は赤黒い血で毛が濡れているものの、この一瞬で出血は止まってしまったようだ。よく見ると、さっき突き刺さったエマの投げナイフは、いつの間にか抜けてしまったようで腹部には僅かな出血の痕が残っているだけだ。


「……魔力で自己回復しているのか」


 強力な魔物は自己治癒能力が高く、体内にため込んだ魔素を利用して傷をふさぐことが出来ると言う。さすがに多量の出血が伴うような大きな傷を治すことは出来ないだろうが、少々の傷なら治すことが出来るのだろう。


「……これは手強いな」


 だが火喰い狼のため込んだ魔素だって無限にあるわけじゃない。エマのナイフも俺の斬撃も、確実にダメージを与えているはずだ。それを裏付けるように、火喰い狼は先ほどよりも俺たちとの距離を広げ、慎重にこちらの様子を窺っている。


「フッ!!」


 俺は真正面から火喰い狼に詰め寄り、刺突を放つ。火喰い狼は後方に飛び退るが、そこにダーシャの矢が襲い掛かる。矢は見事に火喰い狼の背部に突き刺さった。


 ナイフと違い、突き刺さった矢は簡単には抜け落ちない。背に矢を突き立てたまま、火喰い狼は俺たちを呪い殺さんばかりに唸り声をあげる。


「グルルゥッ…」


 よし、戦いはこっちのペースで進んでいるぞ。簡単に致命傷を与えることは出来ないが、俺が攻めればエマとダーシャが追撃をかける。エマとダーシャが矢や投げナイフを放てば、躱した隙に俺が詰め寄って斬撃を見舞う。


 俺の左前方で十分に距離をとりつつ、投げナイフを振りかぶって隙を窺うエマ。右後方には同じく弓を軽く引き絞りつつ狙いを定めるダーシャがいる。


 俺は浅く早く呼吸をしつつ、すり足でゆっくりと火喰い狼との距離を詰めた。すると火喰い狼は後ろ足に重心を傾け、大きく息を吸い込み胸を膨らませた。


 この動きは!!


 俺はとっさにバックステップで距離をとると、その直後に火喰い狼の口から凄まじい勢いで炎が噴き出す。吐き出された炎は放射状に広がり、巨大な炎の壁がとつぜん眼前に現われた。


 ギリギリのところで直撃は避けたが、一瞬で迫ってきた熱気に肌が焼かれる。危なかった。エマ達から事前に聞いていなければ、とてもじゃないが避けきれなかった。


 火喰い狼の前方広範囲に吐き出された炎に、俺たちは近寄ることもできない。さすがは賞金首だな。攻防一体の凄まじい一撃だ。


 ……でも、こちらの攻め手は俺たちだけじゃ無いんだぞ?


「オラァッ!!」


 遠巻きに背後に回っていたデールが火喰い狼を斬りつける。いかに攻防一体の技でも背後に回られれば守りようがないだろう。


 しかし、すんでのところでブレスを止めた火喰い狼は、またしても身を捩って斬撃を躱してしまう。後ろ足の付け根辺りに浅くない傷を負わせたようだが、致命傷には至らない。


 まずい……デールのすぐ後ろにアスカがいる。俺は火喰い狼に向かって駆け出すが、さすがに間に合わない。火喰い狼は、デールに向かって突貫攻撃を繰り出した。危ないっ!


「【鉄壁】!!」


 デールが左手に持った円盾を中心に、煌めく光の盾が突如出現する。身を低く屈めたデールは、火喰い狼の巨体を見事に受け止めた。


 これが剣闘士のスキル【鉄壁】か。さすがだデール。俺も負けてはいられない!


 鉄壁に衝突して地面に転がった火喰い狼に詰め寄り、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。しかし、これも腹に浅い切り傷を負わせはしたが、ギリギリのところで躱されてしまう。


 その隙にデールとアスカは俺の後方に身を引き、入れ替わりにエマとダーシャが火喰い狼の左右に移動する。エマやダーシャも火喰い狼のブレスを十分に警戒していたし、十分に距離もとっていたため無事なようだ。


 目まぐるしく攻防が入れ替わるが、少しずつ火喰い狼にはダメージを与えられている。こちらはブレスに肌を焙られたが、ダメージと言うほどじゃない。


 心なしか火喰い狼の表情に焦りが浮かんでいる様な気がする。このまま行けば、火喰い狼は倒せる!


 だがそう思った矢先に、状況は思わぬ方向に転がってしまう。


「キャアッッ!!!」


 唐突に上がった叫び声に振り向くと、目に映ったのは倒れ伏すダーシャの姿だった。




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