第251話 アストゥリア
「魔王アザゼル……またアイツが現れたのか」
「ええ。アリスの封印を解く助言を残して、あの時と同じように転移していきました」
その日の午後、俺達は冒険者ギルド王都支部のヘンリーさんを訪ねた。エドマンドさんから預かった報告書を手渡すのと、大量にある地竜素材を売却するためだ。
「魔人族どもの狙いがわからんな……。アルフレッド達を誘導しているようにも受け取れるが……」
「そうですね。アストゥリア帝国に、俺達を向かわせたい何かがあるのでしょう」
「何か……か」
「はい。闘技場で戦った時もそうでしたが、アイツは俺達を殺そうと思えばいつでも殺せました。残念ながら今回もそうです。俺達に危害を加えようとしているのではなく、何かをさせようとしている……そう思うのが妥当ですね」
その『何か』がわからないんだよな……。アザゼルは俺達をアストゥリア帝国に向かわせて、『何か』をさせようとしている。それは間違いないと思う。親切心でアリスの封印を解くヒントをくれたとは思えないからな。
でも、チェスターと地竜の洞窟で、魔人族は俺達を殺そうと襲い掛かってきた。なんだかチグハグだよな……。もしかしてアザゼルとロッシュ達は目的が違うのか?
うーん。考えても情報が少なくてわからないな。とりあえず保留かな……。
今夜にでもアスカから、これからの物語の展開を詳しく聞いてみるか。わかることもあるかもしれない。今までと違ってアリスもいるわけだから、情報共有をしておいた方がいいしな。
「それにしても……ずいぶんと腕を上げたようだが、それでもアザゼルには届かないのか」
ヘンリーさんが深くため息をついて、言った。
「そうですね……。より、遠くなった気すらします。レベルが上がって相手の力量がわかるようになったからでしょうか。今の俺だと、一対一なら数十秒程度しか持ちそうにありません」
「そこまでか……」
単純にステータス差で遥かに上をいかれていると思う。体力・膂力・速さなんかは、実際に戦ったわけでもないからわからないが、少なくとも魔力に関しては2倍や3倍じゃきかないぐらいの差があるだろう。
まさに蛇に睨まれた蛙みたいな状態だった。殺気をぶつけられただけで【威圧】をかけられたみたいだったからなぁ。まるでぶつけられた魔力そのものが、魔法やスキルの域に達しているかのようだった。
「それで、どうするんだ? 何か企みがあると分かっていて、それでもアストゥリアに行くのか?」
「ええ。どっちにしろマナ・シルヴィアの後はアストゥリア帝国に行くつもりでしたから。順番を繰り上げるだけですよ」
「あのっ」
そこでアリスがしゅたっと手を上げる。低い身長もあいまって、大人の会話に加わりたい子供のようで、なんだか可愛らしい。いや、話を聞くと俺と同じ年齢みたいだから、可愛いって表現は失礼かもしれないけど。
「アルさん、アスカさん、次の目的地はマナ・シルヴィアでいいのです。アリスのために、予定を変えなくてもいいのです」
だが、アリスの遠慮を、アスカが即座に却下する。
「アリスのスキルをなんとかする方が優先! べつにどっちを先にしてもいいんだから。へんな遠慮しないの!」
「で、でも、魔人族たちが罠をはっているかもしれないのです! そんなところに行くのは危ないのです!」
まあ確かに。あのアザゼルがわざわざ助言をしに来るぐらいなのだから、罠はあるだろうな。
「……アリス、どうせ魔人族と衝突するのは避けられないんだ。それならヤツらの企みに乗ってみるのもいいさ」
「でも……」
「いいのー! それにさ、アリスのスキル封印を解けるチャンスなんだよ!? チャンスは逃さないようにしなきゃね! キャロル・アストゥリアっていう手がかりもあるんだからさ!」
「ううー、ご迷惑をおかけするのです……」
アリスが小さな体を縮こまらせて、申し訳なさそうにそう言った。アスカが気にするなと言うように、微笑みながらアリスの茜色のふわっとした髪をなでる。
「キャロル・アストゥリア?」
ヘンリーさんが意外そうな顔を浮かべて、アスカの言葉に反応した。
「アザゼルが、アリスのスキル封印を解きたいなら訪ねろと言った人なんです。ご存じなのですか?」
ヘンリーさんが知っているのなら、助かるな。アストゥリアに渡った後に、探す手間が省ける。
「ああ。アストゥリア選帝侯家の娘だな。当代の聖女の一人だったはずだぞ」
「聖女?」
これまた大物が出てきたな……。『聖女』は、神龍の恩寵を受けて奇跡を成し遂げた女性に聖ルクス教会が与える称号だ。しかもアストゥリア帝国の選帝侯家の娘かよ。
これは会えるかどうかも怪しいところだな……。ガリシア氏族の時と同じように、陛下にお願いして、紹介状でも書いてもらった方がいいかもしれないな。
うーん。でも出来るだけ陛下に借りは作りたくないんだよなぁ。なし崩しでテレーゼ王女殿下との婚約を約束させられそうだし……。どうしたもんかな。
「確かに聖女なら封印の呪いを解くことも可能かもしれんな。お前達に恩もあるわけだし、喜んで解呪に協力してくれるだろう」
「俺達に恩? どういうことですか?」
何を言っているかわからず俺はヘンリーさんに問いかける。
「その様子だと知らなかったようだな。キャロル・アストゥリアは、『舞姫』エルサの妹だ。お前達がエルサに上級万能薬を譲ったんだろう?」
ヘンリーさんの思いがけない言葉に、俺とアスカは数秒間沈黙し……
「ええぇぇぇぇっっ!!?」
同時に声をあげた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まさかエルサが選帝侯家の娘だったとはね……」
「綺麗な人だったもんね。貴族サマって言われても、ぜんぜん違和感ないわー」
その日の夜、夕食を部屋に運んでもらい、俺たちはアリスの歓迎パーティを開いた。
ボビーの店で購入した、アスカお気に入りのアイスワインと蜂蜜酒を楽しんでいる。アリスは土人族だけあって酒には目が無いらしく、樽買いした安ワインをがぶ飲みしている。
少女にしか見えないアリスが、央人族ならとうに酩酊して倒れているだろう量のワインを、ガブガブと飲み干していく姿はなかなかに衝撃的だ。
「すごい偶然だけど、おかげで聖女キャロルに会うことは出来そうだな」
「よかったねー、アリス!」
「はい! アルさんとアスカさんには感謝しかないのです!」
「んふふーどういたしましてー!」
アスカはソファに腰かけ、アリスを股の間に座らせて後ろから抱き着いて髪をなでている。可愛い服、可愛いアクセサリーが大好きなアスカは、可愛いアリスに夢中のようだ。
酔ったアスカは抱きつき癖があるからなぁ。いつもは酒に酔ったら俺にべったりなんだけど、今日はずっとアリスを抱きかかえてる。
アスカ? 少しはこっちに来ても良いんダヨ?
「それで、WOTでは何が起こったんだ? どうせアストゥリア帝国でも魔人族と対峙することになるんだろ?」
チェスターではゴブリン族を率いての襲撃。闘技場では決勝戦で魔人族と対決。レリダでは地竜の集団暴走からの都市防衛戦。それがWOTで起こったこと。
実際には、ゴブリンではなくレッドキャップ、魔人族ではなく不死の合成獣、防衛戦ではなく奪還作戦……と異なることが起こってはいる。だが大筋はだいたいWOTでの出来事に沿っていた。
では、これから行くことになる神人族のアストゥリア帝国や、獣人族のマナ・シルヴィア、海人族のジブラルタ王国では、何が起こるのか。予め知っておいた方がいいだろう。
俺の問いかけにアスカがゆっくりとうなずく。
「次の目的地は、神人族の国家、アストゥリア帝国の首都、魔法都市エウレカ。巨大地下墓所での不死の神人の討伐がメインイベントね!」
アスカのセリフに、アリスはびくっと肩を震わせ、盛大に顔を引き攣らせた。




