第247話 反・地龍の紋
「早朝より申し訳ございません。早急に報告したいことがあり、お邪魔いたしました」
翌日の早朝、俺とアリス、エドマンドさんの3人はガリシア氏族の館を訪れた。訪れたと言っても、朝食を摂っていたジオット族長達の私室に押しかけたかたちだ。
「結論から申し上げます。地竜の集団暴走を引き起こした原因を発見、排除しました。また、目標の付近で魔人族との戦闘に発展、これを討伐しました」
「お、おお! 素晴らしい戦果だな。詳細を聞かせてくれ」
私的な時間に乱入したことに、ジオット族長もはじめは渋面を作っていたが、俺の報告に相好を崩した。食事を中断して話を聞いてくれるようなので、俺は昨日のことを順を追って説明する。
昨日、地龍の間で気を失ったアリスを背負い、俺達は地竜の洞窟を後にした。洞窟を出た頃には日も落ちかけていたが、疲れ果てた身体に鞭を打ってレリダへの移動を強行。
真夜中にレリダに到着し、孤児院で夜を明かして、早朝にガリシアの館に出向いた。無理を押して夜中に移動し、無礼を承知で早朝に押しかけたのは、アリスの殺害を依頼した人物に、俺達の動きを悟られて先手を打たれないようにするためだ。
「そうか……地龍の間で洞窟トカゲの孵化を……。それで、あれほどの数の地竜が生まれたのか」
「魔人族は魔物を操る術を持っています。おそらく地竜を増やして操り、レリダを襲う腹積もりだったのでしょう」
「それが、アルジャイル鉱山と地竜の洞窟が繋がってしまったために、増えた地竜が鉱山に流れ込んでしまった……と。そして、もともと鉱山に棲んでいた軍蟻や小鬼どもとともに、レリダを内側から食い破ることとなったのか……」
「おそらくは」
アスカが知っていた展開と異なったのは、アルジャイル鉱山と地竜の洞窟が繋がってしまったからだろう。もし繋がっていなければ、レリダでの対地竜防衛戦になっていたのではないだろうか。もしレリダの外側から地竜が襲ってきたのであれば、ガリシア兵団も城壁に籠って対抗出来ていたかもしれない。まあ、今さらの話だが。
「族長!!」
そこで、ロレンツが慌てた様子で私室に入って来た。俺達が朝駆けで族長の私室に乱入したことを聞いて、駆けつけたのだろう。
「エドマンド殿、アルフレッド殿。いくら貴殿らがセントルイス王国の使者であったとしても、早朝から押し掛けるなど、あまりにも礼を失する行いなのではないか? 族長との謁見を求められるなら、しかるべき手順を踏んでいただきたい!」
さっそく苦言を呈された。やっぱりカタブツだなぁ、こいつは。まあ、一国の為政者の私室に押しかけてるんだから、文句を言われて当然なのだけど。後継者候補のアリスがいたから通してくれたけどね。
「事情があってね。氏族の皆様がお揃いになる時に、お邪魔させてもらいたかったんだ。この書類を見てもらえばわかるよ」
そう言って、ゼノから譲り受けた依頼状をロレンツに手渡す。訝し気な表情で俺を一瞥した後に書類を開き、驚きに顔を強張らせた。
「なっ……!」
「地竜の洞窟で、荒野の旅団に襲われた。旅団長のゼノを捕らえて、なんとか事無きを得たが……危ないところだったよ」
ロレンツは無言で依頼状を族長に手渡す。族長は書類を見て、目を大きく見開いた。
「こ、これは、どういう、ことだ……フリーデ!!」
族長はわなわなと震えて叫んだ。俺達が部屋に乱入してから、真っ青な顔で固まっていたアリスの伯母フリーデに。
フリーデは族長に向かって、諦めたかのように薄く微笑む。その直後、食卓に置いてあったパン切りナイフを取って自らの首に突き立てる…………寸前に、俺は一瞬でフリーデに近づき、ナイフを持つ手を抑えた。どんな行動に出るかわからなかったため、予め【瞬身】を発動しておいたのだ。
「くっ、フリーデを拘束しろっ!!」
「離してっ、離してぇっ! お願い、死なせてぇっ!!」
苦悶の表情を浮かべて立ち尽くすジオット族長とロレンツ。何が起こっているのか理解できない様子で、おろおろとするイレーネ。沈痛な面持ちで俯くアリス。
俺は、大声で泣き喚き、暴れる依頼人フリーデを、入室して来た兵士に無言で引き渡した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アリスが成人の儀を迎える1年ほど前のある日、先代族長の姉フリーデはとある央人の男から、ある魔法陣のスクロールを受け取った。
その男はマジックアイテムや上等な織物などの渡来品を扱う行商人で、ガリシア氏族の館にも何度か出入りしたことがある者だった。男に二人きりでの商談を持ちかけられたフリーデは、特に気にとめることも無く応じたのだそうだ。
男が持ち込んだのスクロールには、驚いたことにガリシア氏族の門外不出の秘伝、地龍ラピスから授かったという祝福の紋様『地龍の紋』と瓜二つの魔法陣が書きこまれていた。
男は、その魔法陣は『地龍の紋』の対となるもので、鍛冶師の加護を妨げる効果があると語った。遥か過去にガリシア氏族から流出し、遠くアストゥリア帝国の魔道具店で埃を被っていたのを発見したと言う。
受け取りはしたものの、当初は全く信じていなかったフリーデだが、亡き妹にそっくりなアリスの顔を見て、あることを思いつく。いや、思いついてしまう。
『地龍の紋』は大地と人を結ぶ錬金鍛冶の加護を授けると、古くからガリシア氏族に伝わっていた。だがフリーデは黴の生えた伝統で、本当に効果があるかも疑わしいものだと思っていた。
自分の右腕に彫られた『地龍の紋』は何の効果も無かった。どうせこの魔法陣も、何の効果も無いのだろう。
それなら一年後に成人を迎えるアリスに彫ってみようか。もし、アリスが鍛冶師の加護を授かれなかったら、娘のイレーネが氏族の後継者になれるかもしれない。
自分から全てを奪った妹への、ちょっとした腹いせだ……。そんなフリーデの思い付きで、『反・地龍の紋』はアリスの右腕に彫られてしまった。
「伯母様は鍛冶師の加護を得られなかったために、氏族の後継者候補から外されてしまったのです。そしてアリスの母様は鍛冶師の加護を授かり、族長となったのです。後継者の婚約者だった父様は、伯母様との婚約を解消し、母様と結婚。アリスが生まれたのです……」
ありがちな話ではある。俺が森番の加護を授かったことでクレアとの婚約を解消され、クレアが弟のギルバードと婚約をすることになったことと同じだ。
「『龍の従者』であるアルさんやアスカさんが、アリスの封印を解こうとしてくれた時に、伯母様は内心焦っていたそうなのです。龍の祝福を受けたお二人は、いつか偽物の『地龍の紋』に気付いてしまうかもしれない。伯母様の悪事が表に出てしまうかもしれない。イレーネが氏族の跡を継げなくなってしまうかもしれない……そう思って、アリスを亡き者にしようとしたそうなのです」
加護は人の生き方を、方向づけてしまう。貴族や豪族の血を引く者に、特にその傾向は強い。
ありふれた相続問題ではある。だがそこに第三者の悪意が加わることで、一人の少女の願いを引き裂く悲劇へと繋がってしまったのだ。




