第246話 地龍の間
「アルッ、怪我はない!?」
皆を治療し、緋緋色の金竜の死骸を収納したアスカが、皆と共に駆け寄って来る。
「ああ、大丈夫だ。アスカの言う通りだったよ。落ち着いて戦えば負けるはずが無い相手だった」
それほどまでに加護のステータス補正は大きい。レベルも20を超えてるから、基礎能力も上がっている。さらに身体能力を向上させる各種スキルを修得してるんだ。
例え魔人族相手でもそう簡単には負けない。今ならチェスターを襲ったアイツ相手でも、完勝できるだろう。
「そりゃそうだよー。闘技場であれだけ頑張ってくれたんだもん!」
「焦って、みっともないところを見せちゃったけどな。エドマンドさんを助けてくれてありがとう。さすがはアスカだ。優秀なリーダーだな」
皆の回復をしながら、エドマンドさんまで救ったんだから。
しかし、まさかゼノを使うとは思わなかったな。俺とは違ってアスカは視野が広く、発想が柔軟だ。
「ううん。アルはあたしと違って実際に戦ってるんだもん。思う通りに行かないのも当たり前だよ。それに、あたしは指示を出すのに慣れてるからね」
そう言うと、アスカは自嘲気味に笑って左右に首を振った。
そうか。アスカはWOTでパーティを率いて戦っていたということだったな。戦う加護は無くとも、リーダーとしての経験は十分にあるということか。
「おーい、アルフレッドー!」
声をかけてきたのはゼノ。エドマンドさんに肩を貸しながら、こちらに歩いて来た。
「ああ、ゼノ。さっきは助かった。エドマンドさん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな。血を流し過ぎて、歩くのもやっとだがな」
顔色が真っ青だし、胴鎧に大穴が開いているが、傷は綺麗に治ったみたいだ。
「そうですか。無事で良かった。……それで、ゼノ。まだ俺達と戦うつもりか?」
「……やめとくよ。集まって来た地竜は片付いたようだが、ウチも無事じゃ済まなかったみたいだ。また地竜を呼ばれても困るし、お前と戦っても勝ち目は無さそうだ。依頼は失敗だな」
ゼノは肩をすくめて、そう言った。
「そうか。じゃあ、どうするかな。アリスと俺達を襲ったんだから、本来ならお前達を拘束してガリシア氏族に突き出すべきなんだろうが……」
「勘弁してくれ……。一つ取引といかないか?」
「取引?」
「俺達を見逃してくれ。その代わりに、受け取った前金と依頼状をやる。反逆者アリス・ガリシアの拘束もしくは誅殺の依頼が明記された書面だ。依頼人と俺の名で署名してある」
「反逆者?」
「ああ。ガリシア氏族に対する反逆罪ってことになってる。冤罪だってわかっちゃいるが、俺達も建前は必要だからな」
なるほど。『殺人の依頼』ではなく『犯罪者の処分依頼』を受けたことになってるってことか。荒野の旅団は名の知れた傭兵団だし、ガリシア氏族の後継者候補を殺す依頼を受けるんだから、書面の一つぐらいは取り交わすか。
だが、これではっきりしてしまったな。反逆者の処分依頼を出すということは、依頼人は施政者の関係者ってことになる……。
「そうか。……アリス、どうする?」
俺はアリスの顔を覗き見る。さっきはなんとか平静を取り戻して金竜と戦っていたが……やはり沈痛な面持ちだ。
「……沙汰は、父様が下されるのです。アリスは判断できないのです」
「そうだな。ゼノ、依頼状は貰う。前金はジオット族長の判断次第。お前は拘束させてもらう。処分も族長判断。その代わり、お前の仲間は見逃す。それでいいな?」
「仕方ねえな」
「よし、じゃあ荒野の旅団に撤退指示を出してくれ。悪いが拘束させてもらうぞ」
さて、荒野の旅団を撤退させて安全確保したら、一休みして、地龍の神殿を調べるか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
荒野の旅団を撤退させた後、俺達は地龍の神殿に向かった。神殿はアスカが呼び出した転移の神殿とそっくりな四角錘型の巨石建造物だ。
白い巨石を積み重ねて作られているのだが、石と石の隙間に髪の毛一本すら入る隙間も無さそうだ。目地も入ってないってことは、この巨石一つ一つがぴったりと同じ大きさに、しかも凹凸の無い表面に加工されているってことだよな。すごい技術力だな……神龍が作ったのなら不思議でもないか?
「ここから先は、ガリシア氏族と龍の従者以外の方の立ち入りは禁止なのです。アルさんとアスカさん、アリスだけにさせてほしいのです」
「すまない、皆。ここで待っていてくれ」
俺達は皆を残して、神殿に入る。通路は転移陣の神殿と同じく天井が低く、狭い。アリスはそのまま、アスカは少し身を屈めて、俺は中腰で奥に進む。
通路を抜けると、王都の龍の間と同じような、白い石壁の空間が広がっていた。四隅の天井に白色の灯り、部屋の奥には祈る女性の像。
そして、床に描かれた魔法陣、中央に鎮座する石棺と金糸雀色に輝く巨大な六角水晶の塊。水晶からは得も言われぬ圧迫感と強力な魔力の波動が放たれている。
「これは……卵? 魔石もたくさんある!」
地龍の間には無数の卵と魔石、牙、鱗などが乱雑に置かれていた。魔石は7,8センチ大で透明な金糸雀色。そして牙や鱗の大きさから考えると……
「地竜素材、だよね?」
「ああ、たぶんあの魔人族が狩ったんじゃないか?」
我は技の研鑽をしている、みたいなことを言ってたもんな。
「卵……これは、もしかして洞窟トカゲの卵なのです!?」
「そうか……こうやって集団暴走を引き起こしていたのか」
地竜は、地龍ラピスの御魂が放つ魔力の影響で、洞窟トカゲが異常成長を遂げた姿だと聞いた。この地龍の間で、洞窟トカゲの卵を孵化させることで、あれほどの数の地竜を誕生させていたのか。
「やっぱり魔人族が集団暴走を起こしていたのです」
「たぶん、そうだろうな。アスカ、しまえるか?」
「うん……あ、大丈夫みたい。全部収納しちゃうね」
そう言ってアスカが卵に手をかざして収納していく。
そして、最後の1個が消えた時に、それは起こった。
「ぐあぁっ!!」
「うくっ……!!
「ひゃぁっ!!」
六角水晶塊から嵐のような魔力波動の奔流が放たれる。
ぐうっ、またしてもか!!
頭が、割れるように痛む……!
地龍ラピスの意思……か!?
ア、アリスも……!?
【【 地 】】
【【 神龍 】】
【【 謝意 】】
【【 魔人 】】
【【 土人 】】
【【 大地 】】
【【 祝福 】】
強烈な心象と意思が頭の中を駆け巡り、激しい痛みが繰り返し頭を穿つ。胃や腸が鷲掴みにされて掻きまわされているかのような激痛に、意識が飛びそうになる。
「あ゛あ゛ああぁぁぁっっ!!!」
二度目のことで身構えてはいたため俺は歯を食いしばって耐えているが、アリスとアスカは堪えられず叫び声を上げる。
「アリスッ、アスカッ! 気をっ、しっかり持でっ!! これはっ、地龍ラピス様の、御声だっ!!」
溢れ出る涙をそのままに耐えていると、苦痛が不意に消失した。金糸雀色の水晶から輝きが失われて行き、やがて一塊の光が水晶から浮かび上がる。
ああ、火龍イグニスの時と同じか……?
いや……これは、アリスに……?
その光は、ふわふわとアリスの元へと向かって行く。頭を抱えて蹲り、荒い呼吸を落ち着けようとしていたアリスはそれに気付かない。
金糸雀色の光はアリスの背に落ち、吸い込まれるように消える。同時に、アリスは四肢を弛緩させ、床に崩れ落ちた。




