第245話 魔人ロッシュ
「まるで動きが変わったな。ふっ、そうでなくては」
「仲間を助け出せたからな。もう遠慮はしない」
焦って取り乱していただけだが、とりあえずそう言っておく。
「さっきまでと同じようにいくとは思わないことだ」
「ふん。意趣返しのつもりか?」
ついさっき言われたセリフをそのまま返すと、ロッシュは厳めしい顔を歪めてニヤリと嗤った。
「ああ。ロッシュ、お前の拳はもう俺に届かない」
もう十分にお前の動きは試させてもらった。さっきまでと同じようには、もうならないんだ。
俺は【瞬身】を発動し、一瞬でロッシュに詰め寄り、聖剣を突き出す。
「くっ……せあっ!」
ロッシュは【剛拳】を纏わせた手甲で突きを受け流し、カウンターの下段蹴りを放つ。
「【風衝】!」
「ぐっ!」
サイドステップで蹴りを躱しつつ、【風衝】でロッシュを弾き飛ばす。
「【火球】!」
「舐めるなっ!」
間髪を入れずに追撃の火球を放つ。ロッシュはすぐさま体勢を立て直し、拳で火球を弾くが……
「【魔力撃】!」
「ぐっ!」
再び詰め寄って横薙ぎに剣を振るう。すんでのところで、手甲に弾かれてしまったが、炎を纏った聖剣はロッシュの腕を焦がす。
そう、これでいい。一撃の威力は必要ない。
「【火球】!」
「ぐぬっ……!」
魔力と詠唱速度はほぼ拮抗している。魔法の打ち合いでは、魔力の回復スキルがある【拳闘士】のロッシュ相手では分が悪い。
まあ、こっちにもアスカの魔力回復薬があるから、戦えないことも無いけど決め手には欠ける。ゆえに魔法攻撃は牽制と、相殺できないタイミングでの追撃にしか使わない。
「【暗歩】」
【瞬身】の敏捷強化を維持しながら、ロッシュを中心に円を描くようにステップを踏み、死角から剣撃を浴びせ、刺突を繰り出す。高速で回り込みながらでは、どうしても腕の力だけで剣を振ることになり、斬撃が軽くなってしまう。
だが、それでいい。優先すべきは手数だ。
「ふっ! はぁっ!」
「ぐっ、くぉっ! おのれ、ちょこまかと!!」
ロッシュと俺の膂力は、ほとんど同じ程度だろう。防御力は俺の方が優れていそうだが、体力ではおそらく劣っている。
膂力を上げる【烈功】、防御力を高める【不撓】、体力を回復する【気合】などのスキルを使えば、真っ正面からでも問題無く戦えるとは思う。
だが、動きの速さは明らかに俺の方が優位に立っている。【瞬身】で強化すれば、さらにその差は広がる。それなら、速さを活かして削り切ればいい。
速さを重視すると一撃の威力は捨てざるを得ないが、俺の振るう剣は火龍イグニスから授かった『火龍の聖剣』なのだ。
魔力を纏った聖剣は剣身に炎を宿し、斬りつける度に受け止めた手足を焦がす。そして聖剣を受け止める手甲も、少しずつ歪み、傷んでいく。
「ぐっ、おおぉぉぉっ!!」
今さら【威圧】? 無駄だよ。すでに【水装】で魔法防御を高めているから、効きはしない。
【拳闘士】を相手どるのに対策をしなかった、さっきの俺がどうかしてたんだ。身体強化すら失念していたからな……。
「シッ!」
「くっ!」
左右上下から何度も何度も剣を振るう。ロッシュは【剛拳】を纏わせた手甲で、剣を受け止め、弾き続ける。
ガキインッ!!
左腕の手甲の鉤爪が、度重なる斬撃と炎の負荷に耐えきれずに、砕け散る。
速さと武器の優位を活かして立ち回っていたが、思った以上に狙いがハマったようだ。
「【剛・魔力撃】!」
すかさず手首を返し、渾身の魔力を込めて聖剣を斬り上げる。火龍の聖剣は、紅の軌跡を描き、ロッシュの手首から先を斬り飛ばした。
「ぐぁぁっ!!」
「【風刃】!」
手首を押さえて飛び退ったロッシュに追撃の風刃を放つ。【剛拳】の魔力を纏った右腕で風刃は弾かれたが、おかげで腹がガラ空きになった。
「しまっ……」
「【牙突】!」
一気に間合いを詰めて放った【牙突】は、ロッシュの腹を刺し貫いた。
「ぐ、ふ……」
腹を抉るように聖剣を捻りながら引き抜くと、ロッシュは腹を押さえながら崩れ落ちた。俺はロッシュに剣先を向けつつも、金竜に目を向ける。
ロッシュと戦いながらも、金竜の気配には常に注意を向けていた。あっちも、ちょうど大詰めだ。
「おっりゃぁぁぁっ! 食らうのです!!」
脚を折られ、倒れ込んだ金竜の頭に、飛び上がったアリスの戦槌が振り下ろされる。グシャッっと生々しい音を立てて、先端の尖った戦槌が金竜の頭頂部にめり込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「死ぬ前に話を聞かせてもらおうか」
手首を切り落とされ、腹を刺し貫かれたロッシュは、腹を押さえて荒い肩呼吸をしている。そう長くは持たないだろう。生きているうちに話を聞いておかないとな。
「ぐっ……ははっ、腕を上げたな、神の使いよ。闘技場で見た時とは、まるで、別人だ……」
「レベルが2倍以上になったからな」
「……この、短い、間に、よく鍛えたものだ」
元々が低レベルだったからな。というか、そんなこと今はどうでもいい。
「聞かせてもらおう。なぜ、あの時、お前たちは俺達を見逃した? いったい何が目的なんだ?」
「ふっ……我らの、血族が、生き残ることだ」
「生き残る……?」
「大陸より、排斥され、数千年……我らの安住の地を、手に入れる」
なるほど……。魔人族は神龍ルクスの怒りにふれ、国を滅ぼされて流浪の民となったと神話で語られている。国家の再建が目的、ということか?
「次だ。ロッシュ、お前は土属性魔法しか使えない。違うか?」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取ろう」
俺と同じく複数の加護を持っているようだが、ロッシュの力は歪だ。敏捷性の補正が低い【拳闘士】と【魔導師】の加護しか持っていないはずなのに、不自然なくらい動きが速かった。
俺の敏捷値は今や千の大台を超えている。これは、あの拳聖ヘンリーさんの3倍を超える値だ。同じ【拳闘士】であるロッシュが、俺の動きを受けきれること自体がおかしい。
俺よりもはるかに高レベルで基礎ステータスも高いというならあり得るが、それなら膂力や魔力ももっと高いはず。加護レベルによる補正ではなく、別の方法でステータスを強化していると考えるのが自然だ。
土属性の魔法
不自然なステータス強化
地竜の洞窟
地龍ラピスの魔晶石
様々な断片と状況から考えると……
「お前は、地龍ラピス様の御魂から、何らかの方法で力を奪った」
アスカが装備しているアクセサリーは、神人族の【付与師】がステータス補正のスキルを付与した物らしい。付与することが出来るなら、奪うことも出来るのではないか?
【付与師】は神人族の種族限定の加護だ。だとしたら魔人族にも、そういった加護があってもおかしくはない。大地の守護龍ラピスから力を奪ったとしたら、地属性の魔法しか使えないというのも説明がつくのではないか?
「ごふっ……、当たらずとも、遠からず、といった、ところだ」
「チェスターを襲った男も、クレイトンで火龍イグニス様から力を奪った。そうだろう?」
「…………」
ロッシュは目を瞑り、黙り込む。答えるつもりは無いということか。
「俺達を見逃した理由は?」
「………神の使い、お前達は………鍵、なのだ………よ」
「鍵? どういう事だ? おい! 答えろ、ロッシュ!」
体を揺すって問いかけるが、ロッシュは答えない。先ほどまで荒かった呼吸が、段々と静かになって来た。
「時間………切れ、だ」
ロッシュの腕が、だらりと身体から落ちる。
「アザゼル………後は………頼ん………だ………」
最期に、そう呟き、ロッシュは事切れる。その死に顔は、微笑みを浮かべているように見えた。




