第24話 賞金首ハント
「あ、おつかれさまー! だいじょうぶだったー?」
「ただいま。平気だよ。もう、突っかかってこないんじゃないかな?」
宿の部屋に戻ると、アスカが駆け寄ってきた。テンプレだなんだって煽ってたけど、なんだかんだで心配してくれていたみたいだ。
「あーぁ。あたしもアルがアイツらをのしちゃうところ見たかったなぁ」
「心配してくれたんじゃなかったのかよ……。それに手は出してないよ。話をしただけだ」
「うそぉー! 話しただけで引いてくれたの?」
話したって言うか、脅したって言うか……。だいぶ怯えていたようだったから、もうさすがに絡んでは来ないと思うけど。
「わかってくれたとは思うけどな。それより、明日に備えてとっとと休もう。身体を拭くからタライを出してくれないか?」
「あー、あたしも! お湯ちょうだーい!」
俺は革鎧とガントレットを外し、ショートソードとダガーとともに壁に立てかける。ソープナッツを浸したお湯に手拭いを浸し、体を拭いていく。全身を拭き終わったら、今度は綺麗なお湯に手拭いを浸して、再び拭いていく。
ここまできっちりやらないとアスカが、汗臭いと嫌がるのだ。毎朝体を拭けば十分だと思うのだが、ニホンでは朝と夕に風呂に入るのが常識だそうだ。
ずいぶん清潔好きな民族だな。チェスターに行けば大きな公衆浴場もあるから、アスカも喜びそうだ。
この宿にも浴場はあり、大きな湯鍋からお湯を貰って身体を拭いたり流したりすることはできる。アスカは、男女兼用だし衝立で仕切っているだけだから使いたくないそうだ。浴槽が無く、お湯に浸かれないことに不満たらたらだった。
生活魔法の【静水】でお湯はタダで使えるし、アスカのアイテムボックスに大きなタライが何個もあるから、俺たちは浴場を使わず部屋の中で互いに背を向けて体を拭いている。服もいっしょに洗って生活魔法の【乾燥】で乾かすまでが、寝る前の一連の流れだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ね、アル。これ見て」
アスカがベッド上に寝転がっていた俺の横に潜り込んできた。セシリーさんに勧められて髪を洗う時に使っているという、カメリア油の香りがふんわりと漂う。髪が潤うからとアスカは言っていたけど、この花の香はけっこう好きだな。
「ん? ステータス?」
アスカ出したウィンドウをのぞき込むと、デール達の名前があった。
--------------------------------------------
デール
LV 10
JOB 剣闘士Lv.1
VIT 116
STR 104
INT 15
DEF 185
MND 24
AGL 73
■スキル
シールドバッシュLv.3・挑発Lv.4・鉄壁Lv.2
--------------------------------------------
ダーシャ
LV 9
JOB 狩人Lv.1
VIT 79
STR 66
INT 85
DEF 65
MND 76
AGL 98
■スキル
エレメントショットLv.3・ピアッシングアローLv.5・魔物寄せLv.1
--------------------------------------------
エマ
LV 10
JOB 盗賊Lv.1
VIT 67
STR 69
INT 76
DEF 53
MND 56
AGL 185
■スキル
投擲Lv.4
潜入Lv.3・索敵Lv.4・夜目Lv.3
--------------------------------------------
「デール達がパーティメンバーになったから、ステータスが見れるようになったの」
「へぇ、どれどれ……あれ?」
冒険者の個人的な技能を勝手に盗み見るのは申し訳ないと思いつつも、好奇心に負けてウィンドウをのぞき込む。覗いてみて気になったのは、デール達のステータスやスキルレベルが思ったよりも低いことだ。
「加護レベルが低いからねー。こうなっちゃうよね」
「……こんなにも差がつくものなんだな」
「アルの初期ステータスが高いってのあるけどね。ちなみにアルはいまこんな感じ」
--------------------------------------------
アルフレッド・ウェイクリング
LV 1
JOB 盗賊Lv.3
VIT 126
STR 120
INT 132
DEF 108
MND 114
AGL 300
■スキル
初級短剣術・初級弓術・初級剣術・初級槍術・馬術・夜目・索敵
潜入Lv.8(盗賊)
--------------------------------------------
「自分で言うのもなんだけど……レベル1なのに、すごいな」
「加護のレベルが上がるとステータス補正の倍率が上がるからねー」
でも、デール達はもう何年も活動を続けている一人前の冒険者達だ。確か3人ともDランクだと言っていた。魔獣討伐も今まで何度も繰り返していただろうに、なぜスキルの修得が出来ていないんだ?
俺はこの20日余りで夜目と索敵の修得し、潜入も修得間近にまで至っているのに、何年も最前線で戦ってきたデール達がスキルを一つも修得できていないのはおかしいじゃないか。
「だから、前にも言ったじゃない。レベルが上がるとスキルの熟練度が上がりにくくなるって」
「それにしたって、ずいぶんな差だからさ……」
「えっとね、この辺りにいる魔物ってだいたいレベル5から6ぐらいなのね。デール達はレベルが9か10だから、差が4か5もあるじゃない? そうなっちゃうと自分と同じレベルの魔物がいる場所でスキルの熟練度を上げるのに比べて、5から6倍も大変になっちゃうの」
「6倍!?」
周囲にいる魔物よりも自分のレベルが高い場合、レベル差が1なら2倍、2なら3倍、3なら4倍……というように労力が余計にかかるようになってしまうらしい。
逆に周囲にいる魔物よりもレベルが低い場合、レベル差が1なら1/2、2なら1/3、3なら1/4……というように労力は軽減されるそうだ。
俺は現状レベル1なので、この辺りの魔物とのレベル差は5だ。という事は1/6の労力でスキルを修得できるという事になる。
「たぶん……冒険者ギルドの初任者育成制度っていうのがいけないんだと思うんだよね」
初任者育成制度とは、冒険者ギルドで登録した際に受講を勧められる新規登録者への研修制度だ。ギルドが指名した講師が、新規登録をした数名の冒険者を近場の魔物の討伐に連れて行き、ある程度は戦えるようになるまで実地指導するらしい。
新規登録した冒険者が無謀な探索を行って、冒険者を続けられなくなるような怪我を負ったり、死んでしまったりすることが無いように行っているそうだ。ルーキーの早期リタイアを防ぐ一定の効果が認められているうえに、ルーキー側からしてもベテランに連れられてレベル上げを行うことができるため好評らしい。
俺も興味があったのだが、アスカが不要だと言うので受講は見送った。レッドウルフ討伐の実績があったのでギルド側も無理には誘って来なかった。
そう言えば同様の制度は領兵にもあり、新兵訓練とか演習の名のもとに、町の周辺に巣くう魔物の討伐を行っていた。あれも新兵の早期戦力化……つまりレベル上げのために行われていたはずだ。
「パワーレベリングしてレベルだけ上げちゃったら、スキルの熟練度はどんどん上げにくくなっちゃうもん。確かに、魔物よりレベルが高ければ簡単にはやられなくなるだろうけどさー」
なるほど……。レベルを上げてステータスを底上げするのが、強くなる近道だと思うのは仕方がないよな。前にアスカが教えてくれた、『特定の条件を満たしてスキルを習得する』という方法を知らなければ、スキルを習得する唯一の方法はレベルを上げる事だし。
「WOTの嫌らしいとこよね。レベル上げなんてしてないでとっととストーリー進めろってことなんだと思うけど」
「ストーリーを進める?」
「えっと……のんびりしてないでとっとと先に進め、みたいな感じ?」
……とにかく俺がデール達に比べて異常な速さで強くなっている理由はよくわかった。なんだかズルをしている様な気がするけど。
「ずるくないよー! 異世界転移ものは神様からチートもらっていきなり最強になるのが普通なんだから、訓練してるだけマシだってー」
うん。やっぱり何言ってるのかよくわからないけど、ズルくないらしい。アスカを送り届けるという目的の達成のためには強くならなきゃいけないしな。まあ、いいだろ。
「でね、デール達が火喰い狼の速さはエマと同じくらいって言ってたじゃない?でも、アルはエマよりも敏捷値が高いから、速さでは負けないと思うんだよね」
「ああ、そうかもしれないな」
「デールはシールドバッシュで大したダメージは与えられなかったって言ってたから、火喰い狼はけっこう防御力も高いんだと思うの。でも剣でならそれなりにダメージは稼げるんじゃないかな。デールの剣はかすりもしなかったって言ってたけど、アルは敏捷値が高いから剣の攻撃も当てることが出来ると思うんだよね」
「デールも、そう言ってたな……」
「うん。アルだけでもなんとか戦えるとは思うけど、今回はデール達も手伝ってくれるしね! 余裕をもって戦えると思うよ!」
確かにね……。初の賞金首ハントに緊張してたけど、うまくやれそうな気がしてきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、早朝から動き出した俺たちは、新しく購入した防具とアクセサリーに体を馴染ませるために、シエラ樹海と牧草地を一回りした。
新しく鎧を着こんでいるため重量は増えているのだが、革鎧だけあってそれほど影響は無い。アスカの方はアンクレットのおかげでいつもより足取りが軽く、ペンダントの効果で体力も向上しているため、ほとんど疲れなかったそうだ。
もちろん魔茸と薬草も集めて、回復薬のストックを増やしている。50本ほど回復薬の調剤をしてから、俺たちは約束の昼前に冒険者ギルドに向かった。デール達はまだ来ていなかったので、依頼が張り出された掲示板を眺めて時間を潰す。
--------------------------------------------
賞金首
■討伐対象:火喰い狼
■ランク:C
■報酬:金貨2枚
■要件:冒険者ランクD以上推奨
■その他:討伐に挑む際は予め冒険者ギルドに申し出ること
--------------------------------------------
素材収集の依頼とは違い、賞金首ハントは事前に冒険者ギルドに届け出ないと報酬は受け取れないそうだ。力の足りない冒険者の無謀な挑戦を防ぐことと、万が一の際に救助活動のためらしい。
「よっ、アル、アスカ!」
「今日はよろしくね」
「火喰い狼をギッタギタにしてやるニャー!」
張り紙を眺めていたらデール達がやって来た。気合十分なようだ。
「ああ、よろしくな。じゃあ依頼の受注をお願いしていいか? 俺でも依頼は受けられるみたいだけど、さすがに登録したてじゃ止められそうだし」
「あいよ。しっかしアルが冒険者ランクFって詐欺だよな……。薬草刈りの時に、レッドウルフも狩ってればとっくにDランクになってたんじゃねえか?」
ぶつぶつ言いながらデールがカウンターに行き依頼を再受注してきた。今回は、デール、ダーシャ、エマのパーティに俺が臨時で加わったかたちになった。
「さて、行きますか」
「うん! あ、この回復薬、みんなも持っておいて。まだたくさんあるから、怪我したらじゃんじゃん使っていいからね!」
そう言ってアスカが皆に回復薬を手渡す。俺も腰のポーチに3本準備してある。何かあってからじゃ遅いからな。
「ありがとう」
「回復薬をどんどん使えるって贅沢な話よね」
「これで百人力ニャ!」
さて、防具も充実したし、回復薬も大量にあるし、頼もしい助っ人もいる。これで準備は万全だ。俺たちは町を出て、シエラ樹海に足を踏み入れた。