第244話 冷静に
落ち着け。視野を広く持つんだ。そして全体を俯瞰しろ。戦況を見極めるんだ。
ふぅ……。俺は本当にまだまだだな。エドマンドさんが重傷を負ったことで、焦りに捉われて冷静さを失ってしまった。
まったく。戦士としてはそれなりの実力を身につけられたとは思うが、指揮官としては話にならないな、俺は。
ええと……金竜の方は互角に戦えているみたいだ。ウェッジが金竜の攻撃を上手く捌いて、他の皆も自分が注意を引きすぎないように立ち回りつつ、攻撃を加えている。
暴走してしまったのは俺とジェシーだけみたいだな……。ダミー達に先輩ぶっていたと言うのに、恥ずかしい限りだ。
エドマンドさんは……さすがにリタイアかな。どうみても血を流し過ぎていた。下級回復薬では、傷は治せても流れた血までは戻らない。まともに動くことも出来ないだろう。
ゼノの方はどうかな。さっきまで全員殺すとか言ってたのに、なぜかエドマンドさんを救出してくれた。ついでに金竜の方に参戦してくれないかな。生きてるのが不思議なくらいボコボコにしたから、さすがに戦闘はムリかな?
アスカは、走り回って回復薬を撒いてるみたいだ。それにしても、アスカはなんであんなに的確な判断と指示ができるんだろうな。身近に戦争も無く、魔物もいない世界から来たと言っていたのに。
……うん、こんな余計なことを考えられる程度には、落ち着けたみたいだ。
「ふん……もう一人の神の使いか。やられたな」
ロッシュがチラリとアスカに目を向けて、そう言った。
「おかげで、お前に集中できる」
「ならば、全力で来い。我を愉しませろ、神の使いよ」
「……その前に、聞きたい事がある」
金竜の方がなんとかなっているのなら、魔人族から話を聞きだしておきたい。早く金竜の方に参戦すべきだが、魔人族と遭遇する機会はそうそう無いからな。
……機会がたくさんあっても困るが。
「ほう? 言ってみろ」
「闘技場で俺達を殺さなかったのはなぜだ? お前達の目的はいったいなんなんだ?」
ずっと引っかかっていたんだ。
アスカからは、魔人族達は世界中の都市を襲い、強い戦士や指導者の殺害を狙っていると聞いていた。それなら、なぜあの場で俺達を放置したのだ?
あの時、闘技場には『龍の従者』である俺とアスカをはじめ、拳聖ヘンリーさん、ルトガー、エルサといった精強な戦士たちがいた。その5人を、魔王アザゼルはたった一人でいとも簡単に拘束した。
全員を殺害することだって容易かったはずだ。それに、あの場にいた四人の魔人族が襲撃に加われば、カーティス陛下やマーカス殿下の殺害だって狙えたはず。
あの時、闘技場に現れた魔人族達の行動は、あまりに中途半端だった。
「ふむ……答えが欲しいのなら、我を下してみろ」
ロッシュが腰を落とし、どっしりとした構えをとった。
まあ、そうなるよな。素直に答えてくれるわけがない。
「じゃあ、お前を倒して答えてもらうか」
【暗歩】を発動し、不規則なステップを踏みつつロッシュの周りを円の描くように回る。
相手は拳士の加護持ちだ。体力・防御力が高く、直接的な攻撃が通りずらい。さらに、消耗した体力を回復する【気合】や魔力を回復する【内丹】なんてスキルまで持っている。
その代わりに魔力と魔法防御力は低い。【魔術師】の加護を持つ俺なら、距離を取って魔法で削るのが常道だ。
正面から真っ向勝負を挑んだこと自体が間違っていた。本当に冷静さを欠いていたな。王都であれだけ【拳闘士】のヘンリーさんにしごかれたってのに、何も学んでいなかったのか。
とは言っても、こいつの場合は常道通りにはいかないのだろうけど。
「【風刃】!」
「【岩壁】!」
側面に回り込みつつ【風刃】を放つも、ロッシュの【岩壁】に阻まれる。
中位黒魔法を使えているのだから、ロッシュはおそらく【魔道士】もしくは【大魔道士】の加護を持っている。しかもこちらの魔法に合わせて、防御魔法を発動できるほど詠唱が早い。
詠唱が早いのはスキルの熟練度が高いということ。ゆえに加護のレベルも高く、ステータス補正も高いと考えるべきだろう。魔法使いの加護は、魔力と魔法防御力が高い。拳闘士の欠点は補完されているってわけか。
「【牙突】!」
「ぬぅっ!」
火龍の聖剣を突き出すも、魔力を纏った拳で弾かれる。
なるほど……常時発動した【剛拳】で防御もこなすわけか。レベル20にまで上がって、かなり強化された俺の膂力で発動した【牙突】でさえも容易く弾いてくるか……。これはかなりレベルも高く、【拳闘士】の加護レベルもそれなりに高そうだな。
「シッ! っはぁっ!」
「くっ、チィッ!!」
肩の力を抜き、腕を鞭のようにしならせて、とにかく手数を増やすようにと剣を振るう。頭、首、胸、腹と急所を狙うが的確にガードされてしまう。だが、腕や脚、顔には少しずつ浅い傷が刻まれていく。
「はあぁぁっ! 【剛拳】!」
手傷をものともせず鋭い踏み込みで飛び込んで来たロッシュが、剛拳の魔力を纏った振り打ちを放つ。上体を逸らしてやり過ごすと同時に、拳に被せて円盾を叩きつけつつバックステップで距離を取る。
ロッシュは、【拳闘士】とは思えないほど動きが速い。おそらく王都で初めて対峙した時だったら【瞬身】と【風装】を重ね掛けして、ようやく渡り合えるほどの速さだ。
とは言っても、今はあの頃の2倍以上の速さがある。速さに関しては、俺の方がやや優位のようだ。
だが……妙だな。
複数の加護を持つ場合、最も高い補正値がステータスに反映されるはず。俺の場合で言えば、体力・膂力・防御力は【騎士】、魔力は【魔術師】、魔法防御力は【癒者】、速さは【暗殺者】の加護の補正値がステータスに反映されている。
もし【拳闘士】と【大魔道士】の二つしか加護を持っていないとしたら、ロッシュは速すぎるのだ。
拳士は体力・膂力・防御力、魔法使いは魔力と魔法防御力の補正値が高い。だが、速さの補正値はさほど高くないはずだ。それなのに、速さの補正値が高い【暗殺者】の加護を持つ俺に、匹敵するほどに素早い身のこなしを見せている。
さらに気になるのは……。
「【火球】!」
「【岩弾】!」
距離を取りつつ【火球】で牽制。ロッシュはすぐさま【岩弾】で撃墜する。
ほぼ同じタイミングで魔法を撃って相殺したということは、威力も詠唱速度もさほど差は無さそうだ。まあ、それはいい。
「【氷礫】!」
「【岩壁】!」
やはり、そうだ。
「【魔弾】!」
「【岩弾】!」
俺が打ち出す魔法を、ロッシュは次々と迎撃する。だが、やはり土属性の魔法しか使わない。今まで使ったのは岩槍・岩壁・岩弾の3種。なぜ、他の属性の魔法を使わない?
魔法使いなら、相手との間合いや状況に合わせて使用する魔法を選ぶ。遠距離なら火球や氷矢、中距離なら氷礫や風刃、近距離なら風衝……と使い分けるはずだ。
一つの属性だけを集中して鍛えれば、詠唱速度向上や消費魔力低減などの利点もあるだろうが、初級魔法ぐらいは全属性を使い分けられるようにするものじゃないだろうか?
そう言えばチェスターで戦った魔人族は火属性の魔法しか使わなかったな。もしかしたら……使わないのではなく、使えない?
……まあいい。まずはロッシュを片付ける。気になる事は、全て終わってから、聞きだせばいいことだ。




