第238話 再戦
「では、地竜の洞窟の攻略を開始する。最奥部の『地龍の神殿』にて集団暴走の原因の調査及び排除。そして『地龍ラピスの魔晶石』を操っていると思われる魔人族の撃破が目標だ。Bランク以上の竜種のみが出現する厳しい攻略となる。準備は良いか?」
「おうっ!」
「はいっ!」
「よしっ、行くぞっ!」
翌日の朝、打ち合わせがてらの朝食を済ませ、俺達は予定通り地竜の洞窟へと入った。
まず斥候として先行するダミー、そのかなり後ろに前衛のメルヒ・クラーラ・アリス、そして後衛として俺・アスカ・ビッグス・ジェシーが続く。ウェッジとエドマンドさんは、そのさらに後ろで後方の警戒だ。
今回の攻略では消耗を防ぐため、徹底して戦闘を避けていく。そのためダミー以外は密集陣形を取り、俺の【隠密】で気配を覆い隠している。
当然、敵の目を集めてしまう灯りの類いは使用していない。靴の爪先と踵に張り付けた白光石の欠片が放つ、薄ぼんやりとした極めて小さな光だけを頼りに進んでいる。
夜目の効く俺は全く問題無いが、メルヒとクラーラはやはり四苦八苦している。さすがは元王家騎士団の精鋭だけあって、親衛隊組は危なげない足取りだ。日の光が届かないダンジョンで何年も過ごしてきたアリスに関しては言わずもがなといったところか。
そして一人先行するダミー。今回の作戦では、彼がかなり重要な役割を果たしている。修得に至った【索敵】で周囲の魔物の気配を探り、遭遇しないルートを選んで俺達を先導してくれているのだ。修得間近の【潜入】で気配を隠すことが出来る、彼にしか出来ない芸当だ。
五感に優れる犬……いや狼型の獣人だけあってダミーの【潜入】は、上位スキルの【警戒】を使う俺よりも広範囲の気配を探る事が出来る。戦闘力では勝てない相手も多いだろうが、おそらく斥候としてはレリダで指折りの【盗賊】になったのではないだろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
先行するダミーが夜目の効く俺だけに伝わるハンドシグナルで、『10時方向に迂回する』と伝えてきた。『了解』と返答を送ると、ダミーの姿がすっと闇に溶ける。警戒スキルのおかげでなんとか所在はわかるが、気を抜くと見失ってしまいそうだ。
既に大空洞に潜入してから半日ほどが経過している。慎重に慎重を重ねて進んでいるため亀の歩みだが、それでも行程の7,8割ほどは踏破したところだろう。
ダミーの先導が冴えわたり、ここまで一度も戦闘をすることなく来ることが出来た。スキルの効果だけでなく、央人の何倍も鋭いという聴覚と嗅覚を発揮して地竜を避けているのだ。
獣人族の種族特性もさることながら、それをスキルと噛み合わせるダミーのセンスが素晴らしい。もう斥候としてはダミーには敵わないな……。
心の中でぼやきつつ、俺はポーチから取り出した魔力回復薬を口に含む。自分自身だけを対象とした盗賊の【潜入】とは違って、周囲の気配も覆い隠す暗殺者スキル【隠密】を、常時発動し続けるのは魔力消費がかなり激しい。
材料となる紫水晶をレリダで大量に仕入れられたおかげで、魔力回復薬をケチらずに使うことが出来るから問題は無いのだけど。問題があるとすれば、ポーションの飲み過ぎで俺の腹がタポタポになっていることぐらいか。
ふと、ダミーがこちらに向かって合図を送っているのが見えた。あれは……『待機』のサイン? 何かあったのか?
その場で腰を落として待っていると、ダミーが足音一つたてずに戻ってきた。
「どうした?」
「兄貴、この先に手強そうなヤツがいる。たぶんレリダの中央広場にいたアイツだ」
「緋緋色の金竜か……避けることは出来るか?」
「たぶん、アイツの縄張りの先が目的地なんだ。奥に人工物っぽいのが見える」
「金竜の縄張り……戦闘は避けられないか」
「うん。それと、この周辺なんか嫌な感じがする。匂いを嗅ぎ取れなかったり、音が聞こえなかったりする所があるんだ。兄貴は、何か感じないか?」
「うーん。周囲に地竜が何体かいるのはわかるけど……。あとは魔素が段々と濃くなってきているってことぐらいかな」
「魔素……そのせいなのかな。俺は魔力とか魔素ってのをイマイチ感じ取れないから」
獣人族は身体能力や五感に優れる代わりに、魔力には劣る傾向がある。魔法使いや回復術師の加護を授かる者も少ないそうだ。
央人は飛びぬけた特性は無いが、獣人に比べれば魔力は高い。俺の場合は【魔術師】と【癒者】を修得しているので、魔力もそれなりに高いし魔素や魔力を感知する能力も鋭くなっている。
大空洞に入ってから奥に進むにつれて漂う魔素が濃くなってきているのは感じていた。もしかしたら、それがダミーの五感を狂わせているのかもしれない。
だとしたら『地龍ラピスの魔晶石』は近い。ダミーが見つけた人工物ってのが、神殿だとしたら、金竜を倒して先に進まなきゃいけないってことか。
「よし……金竜を討伐しよう」
皆が、言葉を発さずに頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「【照明】!」
「グギャォォォッ!!」
ギリギリまで【隠密】で姿を隠しつつ接近し、俺とジェシーが同時に照明を発動する。金竜はそこで初めて俺たちに気づき、威嚇の咆哮を上げた。
「【挑発】!」
「うっひゃー、おっかないっすー!」
エドマンドさんが挑発を発動し、金竜の注意を引きつける。事前に【不撓】を発動してもらい、俺が【土装】を重ね掛けしているから、エドマンドさん達の護りはかなり堅い。金竜が振り下ろした爪を、いとも簡単に受け止めた。
「っしゃぁっ!!」
「【牙突】!」
「【爪撃】!」
そこに孤児院組が突っ込んでいく。ダミーに貸した漆黒の短刀が、メルヒの鋼鉄の槍が、クラーラの鋼の爪が、金竜の鱗を切り裂き、肉を削いだ。
彼らを含めて攻撃役全員には【火装】を予めかけてある。レリダ奪還作戦でさらにレベルを上げた彼らの攻撃力は、いかな金竜でも弾くことは出来ない。
「隙あり、なのです!」
「【裂・風刃】!」
「【エレメントショット】!」
火力を増したアリスの戦槌が金竜の腹を穿つ。続けてジェシーの溜め魔法が顔面を切り裂いて血しぶきを舞わせ、さらに魔力を帯びた矢が突き立つ。
「グギャアァァツ!」
「くっ、おぉっ!?」
「隊長!!? こ、今度は俺の番っす!!」
金竜が身体をグルンッと一回転させて【尾撃】を放つ。遠心力が加わった尻尾の一撃を受け止めきれず、エドマンドさんは吹き飛んでしまうが、すかさずウェッジが盾役を引継ぎ追撃を止めてみせた。
「【治癒】!」
「ふうっ、感謝する! アルフレッド!」
「かけなおします! 【土装】!」
派手に跳ね飛ばされたわりに、エドマンドさんは擦過傷程度の軽傷しか負っていない。おそらく自ら飛び上がって、衝撃を逃がしたのだろう。俺はすかさず駆け寄って傷を癒し、強化魔法をかけ直す。
「ダミー!!」
「了解っ!」
「【火装】!」
今回の俺は、支援役兼回復役だ。攻撃役のダミー・メルヒ・クラーラ・アリスには【火装】を、盾役のエドマンドさんとウェッジに【土装】を、切らさないようにかけていく。
支援役に慣れていないので、とにかく切れる前にどんどん強化魔法をかけ続ける。魔法効果は重ねがけ出来ないので、効果の持続時間中にかけてしまうと、その分魔力をロスしてしまうのが悩みどころ。だが、あいにく俺は支援魔法運用の経験が浅く、タイミングが上手く測れないド下手クソだ。
修得済みなので、短い詠唱時間でかつ高い魔力効率の発動は出来るけど、無駄打ちが多いのでどうしても魔力を無駄に使い、魔力回復薬を湯水のように消費してしまう。
……まあ、しょうがないさ。アイテムは使うためにあるわけだしな、うん。後でアスカから小言を食らいそうだけど、今は気にすまい。
「薬草っと!」
「アスカお姉さま、ありがとうっ!!」
そして負傷者が出たらアスカとともに即座に治療していく。アスカが使うアイテムは俺の魔法よりも回復効果が高いが、接近しないと使えないという欠点がある。そのため、間合いが遠い場合は俺が、近い時はアスカが回復を行っている。
「グルルルゥッツ!」
「ブレスが来るよ!」
「【大照明】!」
「【影縫】!」
アスカの声に即座に反応し、ジェシーは光を放って目を眩ませ、俺は投げナイフを飛ばして金竜を竦ませる。
「【盾撃】!」
「いぃっけー!!」
間髪入れずに、エドマンドさんとウェッジが盾を叩きつけ、アリスが戦槌を振るった。
ガリシア兵団を壊滅の危機に追いやった金竜のブレスを、完璧な連携で叩き潰す。やはりAランクの竜種であったとしても、この面子なら余裕を持って戦えるな。
今回は手柄を譲る必要も無い。周囲の地竜が寄って来る前に、とっとと狩ってしまうか。




