第237話 攻略前夜
「あったりまえだ! 行くに決まってる!」
「アスカお姉さまとアルフレッドさんの頼みなら、当然です!」
「こ、恐いけど、がんばります……」
「ありがとう。頼むな」
ダミー達に攻略に参加して欲しいと願い出ると、二つ返事で了承してくれた。これでレリダ奪還作戦のメンバーで、地竜の洞窟に挑むことが出来る。
「じゃあダンジョンアタックは明後日ね! 明日のお昼に出発だよ」
明日は地竜の洞窟の付近まで移動、攻略に挑むのは明後日にすることにした。俺とアスカだけなら今日のうちにでもさっさと向かってしまうのだが、孤児院組も一緒に行ってくれるのなら馬車で行った方がいいだろう。
アリスには、参加してくれるなら昼までに孤児院に来るように言っている。スキルの封印の事もあるので、もしかしたら来てくれないかもしれないが、それならそれでしょうがない。
「それで……誘っておいてなんだが、孤児院は留守にしても大丈夫なのか?」
「大丈夫です。聖ルクセリオ教会から新しい修道士が派遣されたんです。子供たちの面倒は彼が見てくれますから」
「そっか! それなら安心だね!」
レリダ奪還作戦の後、ガリシア氏族は孤児院リーフハウスに様々な便宜を図ってくている。
まずシスターの代わりを手配するよう、聖ルクセリオ教会に渡りをつけてくれた。おかげで泊まり込みで子供たちの世話をしてくれる修道士が来ることになったのだ。近いうちに来るとは聞いていたが、ちょうどいい時に来てくれたみたいだ。
そして、ダミー達に汚名を着せたヨアヒムとかいう男の処罰。この件はアリスが骨を折ってくれたようで、闇魔術師による取り調べもきちんと行われ、ダミー達の潔白はすぐに証明された。
ヨアヒムはガリシア兵からの除名と数年の犯罪奴隷刑が課されるそうだ。レベルは低いが兵士をやっていたのだから、魔物がうろつく鉱山の採掘にでも回されるんじゃないだろうか。
また、ガリシア兵が巡視の際に孤児院に立ち寄って様子を見てくれることになっている。冒険者として活動するダミー達が、孤児院から離れる機会が多くなることを見越して、アリスが調整してくれたのだ。
さらに、孤児院の運営資金についても継続的な援助を約束してくれた。ダミー達の稼ぎだけでもなんとかなるだろうが、ガリシア氏族の援助があれば、より余裕をもって孤児院を運営していくことが出来るだろう。
「じゃあ今日のところは、地竜の洞窟攻略の準備をしておこうか」
「うん! 魔道具屋とか薬屋でいろいろ買い込んどきたいな。アクセもあるかもだし!」
セントルイス王国からの支援物資は続々と到着しているようだが、食料品や物資はまだまだ不足している。だが、鉱山都市だけあって鉱物素材は、余るほどにある。アスカの【調剤】の材料になるものを、できるだけ買い集めておこう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お邪魔するのです」
「…………」
「…………ども」
「アリス様、よろしくお願いします」
「は、はい、なのです……」
翌日、アリスは昼前に約束の時間前にやって来た。残念ながらダミー達との間の隔たりは未だ埋められていないようで、アリスが来たとたんに孤児院の雰囲気は寒々しいものになってしまう。
クラーラは目上相手だから丁寧に接してるって感じだけど……どうしたもんかなぁ。ダミーとメルヒも、アリスが色々と尽力してくれたことはわかっているだろうに。
「えっと、アリスは表で待っているのです」
「いや、こっちも準備は整ってる。一緒に行こ……」
そう言って孤児院を出ようとしたときだ。孤児院の子供達が一斉に集まって来た。
「あ、アリスねえちゃーん!!」
「良かったー! アリス姉ちゃん、無事だったんだね!」
「はいなのです。アリスは強いですから、魔物なんかに負けないのです」
「すごーい! さすがアリス姉ちゃん!」
「お兄ちゃん……無事でよかったね、嬉しいね!」
「うん……うん……良かったなっ、良かったなっ……」
わらわらと集まって来た子供達がアリスを取り囲む。アリスとは奪還作戦の前の日に、夕食を共にしたぐらいだったはずだが、ずいぶんと孤児たちに懐かれていたようだ。
「アリス姉ちゃんが、修道士の兄ちゃんを呼んでくれたんだろ?」
「クラーラ姉ちゃんのカタキも取ってくれたって聞いたよ!」
「キフもしてくれたんだよね! ねえ、キフってなーにー?」
「えっと、大したことはしていないのです。当たり前のことなのです」
「ありがとー、アリス姉ちゃん!」
子供達に詰め寄られ、慌てながらも嬉しそうなアリス。
意外なことに子供達も最近の孤児院リーフハウスの状況を把握しているみたいで、口々にお礼を言っている。ああ、もしかしてクラーラあたりが子供達に話していたのかな?
ちらっと目線を送ると、ダミー達が何か言おうと迷っている素振りを見せていた。ふむ……どうやら、関係を改善したいとは思っているのかな? じゃあ、背中を押してみるか。
「……子供たちは素直だな。感謝している時には、ちゃんと礼を言えるみたいだ。きっとシスターの教育が素晴らしかったんだな」
「うっ……」
「どうすべきか……わかるよな?」
「…………はい」
我ながら、偉そうなことを言っていると思う。でも謝れるときにちゃんと謝っておかないと、拗れて修復できなくなっちゃうだろうからなぁ。
それでもウダウダしているダミーとメルヒをよそに、クラーラがごくりと息を飲み込む。うん、やっぱり、この3人の実質的なリーダーは彼女なんだな。
「アリス様! あの、私達の汚名を晴らしてくださって、ありがとうございました。それに、リーフハウスに色々と便宜を図ってくださったこと、感謝しています」
「そんな、クラーラさん、いいのです!」
「いいえ、アリス様。おかげで私達は救われました。こうして無事にリーフハウスに戻る事も出来ました。その……今まで無礼な態度を取って、申しわけありませんでした」
そう言って深々と頭を下げるクラーラ。ダミーとメルヒは慌ててそれに続いて頭を下げた。
「す、すみませんでした!」
「あ、頭を上げてほしいのです! アリスがやったことは、自己満足の罪滅ぼしにすぎないのです……。態度のことなんて気にしなくていのです!」
アリスに言われて、ゆっくりと顔を上げたクラーラとアリスの目線が交差する。二人とも同じような沈んだ表情をしていたが、お互いの顔を見てプッと吹きだして、クスクスを笑い始めた。
「ふふっ」
「えへへっ」
うんうん。身分差もあるから、崩した口調で話し合う元通りの関係ってわけにもいかないかもしれないけど……少しは打ち解けられたようで、良かった。
「さて、じゃあ地竜の洞窟に向けて出発しようか!」
「はいっ!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜、地龍の洞窟の前に着き、親衛隊組の面々と合流した俺達は、小川沿いにキャンプを張った。明日は朝から、地龍の洞窟の攻略に取り掛かる予定だ。
「じゃあエース、今日も見張りを頼むな」
「ヒヒンッ!」
「いつもありがとねー、エース」
前に来た時には、たくさんの冒険者達と冒険者ギルドの出張買取所があったのだが、今日は俺達以外に誰もいない。アルジャイル鉱山の攻略作戦のために、レリダに戻ったのだろう。地竜の洞窟から流れ出る小川のせせらぎと、夜行性の鳥や虫の鳴き声ぐらいしか聞こえず、辺りはしんと静まり返っている。
俺とアスカ、アリスは、幌馬車で休むことになった。親衛隊組はいつも通り自前のテントを張り、ダミー達は『子供達はいないのだから幌馬車には泊まれない』と譲らなかったので、テントを貸して休んでもらっている。
「昨日の夜、イレーネと一緒にお風呂に入って……地龍の紋を見たのです。アスカさんに教えてもらったシールドという文字は……刻まれていなかったのです」
「そう……か」
アリスは眉を寄せ、苦悶の表情を浮かべている。
イレーネの紋様には"sealed"という古代エルフ文字は刻まれていなかった。そうなると、やはりアリスのスキルを封印をしているのは『地龍の紋』である可能性が高い。ということは……
「アリスは魔人族の仕業だと思うのです。だから、アルさん達と一緒に、魔人族を討つのです!」
「あ、ああ。そうだな。頼りにしてるよ、アリス」
今の段階では、魔人族がいるかどうか、集団暴走の原因が『地龍ラピスの魔晶石』かどうかもわからない。地竜の洞窟の攻略を目指すのは、WOTではそうだったからという理由に過ぎないのだ。
アリスもそれはわかっている。だが、魔人族のせいだと思いたいのだろう。そうでないなら、アリスのスキルを封じたのはガリシア氏族の誰かだという事になるのだから。




