第236話 地龍ラピス
「なりませんっ! 御身に万が一のことがあったらなんとするのです!」
「アリスに何かあったとしても何の問題もないのです! ガリシアにはイレーネがいるから大丈夫なのです!」
「お前は【鍛冶師】なのだぞ! 地竜や魔人族相手に戦えるはずがなかろう!」
「アリスは強くなったのです! アルさん達の役に立てるのです!」
アリスとジオット族長、ロレンツが大声で言い合いを始める。
アリスは生産の加護持ちとは言え、十分に戦力に数えられる。というか、むしろ強い。そのうえ地竜の洞窟にも一緒に潜った事があるし、連携も取りやすい。アリスが参戦してくれるなら大歓迎だ。
だがアリスは、ジオット族長の娘だ。スキルが使えず後継者候補から外れているとはいえ、もしイレーネに何かあればアリスがガリシア氏族の後継者になる。命を落とす危険性のある戦いへの参加など、認められないのもわかる。
「エドマンドさん、地竜の洞窟の攻略、お手伝いいただけますか?」
アリスが参加するかどうかはガリシア氏族の問題だ。俺が口を挟める事でも無い。アリス達の舌戦はひとまず放置して、まずはエドマンドさんに協力を求めた。
「ああ、もちろんだ。火龍イグニス様の従者である君達への協力は惜しまない。それが天啓であるなら、なおのことだ」
「魔人族かぁ……おっかねえけど、しょうがねえか」
「アスカのためなら、たとえ火の中、水の底っす!」
「奪還作戦はいまいち不完全燃焼だったからね! やってやろうじゃない!」
「ありがとう。助かります」
よし、親衛隊組は協力してくれると。それと、ウェッジ、お前は後でオハナシしようか?
「それで、今回はどういう作戦なんだ? 地竜をシラミ潰しに殲滅するのか?」
「そんな無茶なことやらないよー。できるだけ戦闘は避けて、洞窟の一番奥にある『地龍ラピスの魔晶石』を目指すよ」
「地龍ラピスの魔晶石!?」
アスカの発言に、俺を含めた全員が声を揃えて聞き返した。その声に反応し、言い合いを続けていたアリス達も唖然とした表情でアスカを見る。
「うん。地竜の洞窟の一番奥にある、おっきい魔石。そこに魔人族もいると思うんだ。それでね……」
「ア、アスカ殿! しばし待たれい!」
話を続けようとしたアスカを、ジオット族長が血相を変えて遮った。アスカが話を止めると、ジオット族長は部屋にいた女中に人払いを言いつけた。
「今の話は、火龍イグニス様の天啓で……?」
狼狽の色を隠せない様子でアスカに迫るジオット族長。
「え、いや……あ、そうそう! 神の啓示で? 教えてもらった……的な?」
詰問口調のジオット族長に、アスカが慌てて答える。『実はWOTでー』とか言い出しそうで、俺も一瞬焦った。
「ゴホンッ。み、皆の者、この話は他言無用で頼む」
ジオット族長が順々に皆の目を見ながら言った。どうやら、アスカが言いだした『地龍ラピスの魔晶石』とやらはガリシア氏族にとっての機密情報のようだ。
「地龍の洞窟の最奥にある『龍の間』。そこには地龍ラピス様の御霊が祀られている」
龍の間? 御霊? あ、そっか。王都の大聖堂で見たアレか。
紅の六角水晶の塊。ってことは、あの水晶……火龍イグニスの魔石だったってことか。
そりゃあ、強烈な存在感があるわけだ……。というか知ってたなら教えといてくれよアスカ。
「アスカ殿、その最奥に魔人族がいるということは……魔人族が地龍ラピス様の御霊を操っている、そういうことか?」
「は、はい。そうだったと思います」
「なるほど……な。そういうことか魔人族め」
その後、ジオット族長は地竜の洞窟のことを話してくれた。
元々、地竜の洞窟は地龍ラピスの亡骸から出来たものなのだそうだ。あの地竜がうじゃうじゃといる大空洞は、地龍ラピスの肋骨の中なのだとか。どんだけでかかったんだよ、地龍ラピス。
そして、その最奥には四角錘型の神殿があり、そこに地龍ラピスの御霊こと魔石が祀られている。神殿の付近には常に強力な魔素が渦巻いていて、地竜はその影響で巨大化した洞窟トカゲだと考えられているそうだ。
「もし、地龍ラピス様の御霊……魔素を利用する方法があるのであれば、地竜を異常発生させ、集団暴走を引き起こすことも可能だろう。最悪は、第二、第三の集団暴走が起こる可能性すらある……」
ジオット族長は顔を顰めて、そう言った。第二、第三の集団暴走……想像したくも無いな。
「私達の旅の目的は、魔人族を倒すことです。地竜の洞窟を攻略し、集団暴走の原因を突き止め、それが魔人族の手によるものなら、必ず倒します」
火龍の天啓もひとつの理由ではあるが、アスカが読んだ物語の展開をなぞっていくことが俺とアスカの旅の目的だ。
チェスターでは町を守ること、王都では闘技場で魔人族を倒すことが物語の展開だったとアスカは言っていた。そして、集団暴走を止め魔人族を倒すことが、ガリシアでの展開ってわけだ。
「そうか……ならば、アリスよ。龍の従者殿とともに地竜の洞窟に赴き、その助力をせよ」
「は、はい、なのです!」
「ジ、ジオット様!!?」
「いいのだ、ロレンツ。我がガリシア氏族は、地龍ラピス様に土人族の盟主たる地位を授かった。その証が『地龍の紋』であり『神授鉱』だ。地龍ラピス様の御霊が魔人族に汚されておるかもしれんという時に、我らが何の協力もしないというわけにはいかん」
「で、ですが、それならば兵士から選りすぐり戦士を出せば……」
「緋緋色の金竜にすら引けを取らなかった龍の従者殿のパーティに加われるものが、アリス以外にいるというのか? 優秀な戦士達の多くはレリダ陥落の際に命を落としてしまった。生き残った数少ない優秀な戦士達を派遣したとして、万が一のことが起こった際にレリダに戻った民を護りきれるのか?」
「そ、それは……」
ジオット族長の言葉にロレンツが口ごもる。ジオット族長はロレンツの肩に労うように手を置いた後に、俺に向き直った。
「龍の従者アルフレッド殿、アスカ殿。地竜の洞窟、そして最奥の『龍の間』に向かい、集団暴走の原因を突き止めてもらいたい。そして二度と悲劇が起こらぬよう、その原因の排除をお願いしたい」
そう言ってジオット族長は深々と頭を下げた。王国で言えばカーティス陛下に当たる方が、一冒険者に過ぎない俺とアスカに頭を下げたことに、一同が驚く。
「あ、頭を上げてください、閣下。謹んで、ご依頼をお受けいたします」
俺は右手を上げ、握りしめた拳で自分の左胸を軽く叩く。王国の略式敬礼の所作だ。エドマンドさん達も、なぜかアスカも俺に続き、ジオット族長に応えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「タトゥーです? 見せるのは、かまわないのです」
そう言ってピンク色のドレスから肩を抜こうとする。
「ちょっ、待てっ!」
俺は慌てて後ろを向く。アスカがジトっとした目で俺を睨んでいる気がするが、今のは俺のせいじゃないだろ!
俺の背後でスルスルと服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえる。アリスは央人で言えば成人前ぐらいにしか見えないが、それでもかなり可愛らしい子だから、どうしてもドキドキしてしまう。
「はい、どうぞ」
「ありがと。ん……やっぱり……」
アスカが呟く。
「どうしたのです? 『地龍の紋』がそんなに気に入ったのです? でも、この紋様はガリシア氏族に代々伝わるもので、外部の方に彫るわけには……」
「あ、ちがうちがう。そういうんじゃないの。あ、もう服は着ていいよ。……アル、こっち向いていいよー。えっと、あのねアリス、実はあたし古代エルフ文字を……」
アスカは、アリスの右上腕に刻まれた魔法陣から、俺達が想像したことを伝える。
『封印』を意味する単語が刻まれている。その単語がアリスのスキルを封じているのかもしれない。魔法陣を刻んだ者がアリスのスキルを封じようとしたのではないか。全くの見当違いかもしれない。魔人族が関わっているかもしれない。
そこまで語り終えると、アリスの顔は真っ青になっていた。
「そ、そんなはずは、ないのです。まさか……まさか……」
「アリス……」
アスカがアリスを抱きしめて背中をさする。
「アリス、これは俺達の想像でしかない。だが、もしかしたら……アリスの『封印』を解く、きっかけになるかもしれない。どうするかは、アリスが決めてくれ。もし、何か俺達に出来る事があるなら、協力は惜しまない。何でも相談してくれ」
アリスは潤んだ瞳で縋るように俺達を見て、こくりと頷いた。




