第23話 続・テンプレ展開
買い物を終えた俺たちは商人ギルドに向かいセシリーさんに、仕立屋で受け取ったばかりの下着をプレゼントした。カウンターで下着を渡されたことに慌てるセシリーさんを尻目に、回れ右して「山鳥亭」に向かい、デール達と落ち合う。
「立ち回りはよくわかった。ダーシャとエマが弓と投げナイフで遠距離から牽制、俺はアスカと後衛のガード、アスカは回復役、アルが前衛だな」
「うん。回復薬はたくさん用意してるから、バックアップは任せておいて!」
俺たちは食事をとりつつ、明日の予定と火喰い狼との戦いについて確認した。明日は昼前にデール達と共に、シエラ樹海に向かう。
消耗を避けるために出来るだけ戦闘を避けつつデール達が火喰い狼と戦った場所まで移動。火喰い狼を発見次第で討伐を試みる……という予定だ。
「じゃあ明日は臨時パーティってことで、よろしくね」
「よろしくー!!」
そう言ってダーシャが手を差し出し、アスカがその手を取る。
「でも、ホントにダイジョブなのニャ? アルがとっても危険なのニャ」
「そうね。デールからレッドウルフ3匹を一瞬で蹴散らしたって聞いたから、腕が立つってのはわかるんだけど……」
エマとダーシャが心配そうに聞いてくる。いや、それは俺が一番心配しているんだけどな。魔獣と戦ったのだって、そのレッドウルフ3匹とだけだし。
聖域の森で動物狩りは何年も繰り返しやっていたし、伯爵家にいたころに対人訓練は嫌というほどやって来たけど、魔獣との戦闘経験って意味ではデール達にかなり劣るだろう。アスカが、一人でも対等に戦えるって言ってたのを信じてるだけだしなぁ。
「アルなら大丈夫だよ。二人だけだとあたしが足を引っ張っちゃうと思うけど、デールがあたしをしっかりガードしてくれれば、その心配も無いし」
アスカが自信満々に言う。
「そうは言ってもなぁ。確かにレッドウルフを倒した時の動きはエマ以上だったから、そうそう簡単にはやられないだろうけどさ。火喰い狼だってかなり強いぜ?」
一度戦って危ない目にあっただけに、デールも不安みたいだ。そりゃあそうだ。パーティ全滅の手傷を追って、ぎりぎりで退避することが出来た相手だもんな。今日の明日で再戦しようなんて、普通は思えないだろう。
「俺たちだって、負けはしたけどただ黙ってやられたわけじゃない。アルほどじゃないけど火喰い狼もエマ並みには動きが早い。残念だけど俺の剣はかすりもしなかった。そのうえ、けっこう固いし、タフなんだ。投げナイフや弓は、多少の手傷はつけられても刺さりもしなかった。俺も、ガードした時に何度か盾で殴りつけてやったけどほとんど堪えちゃいなかった。アルは斥候職なんだろ? あいつの動きについていけたとしても、ダメージを負わせられるのか?」
むむう。俺と同じ盗賊のエマと同じぐらい早くて、剣闘士のデールが手こずるぐらいのタフさあるのか。本当に大丈夫なのか??
「大丈夫だって。アルは動きも早いけど、力だってかなり強いんだから。そんなに心配なら、試してみる?」
「試してみるって?」
「うーんと、そうだ! デール、アルと腕相撲やってみてよ」
腕相撲?単純な力比べで、俺が剣闘士のデールに敵うわけないだろ。そう、思いながらも「ほらほら」とアスカに促され、しぶしぶながらテーブル上でデールと腕をがっちりと組む。
「準備良い?じゃ、行くわよ。レディ……GO!!」
「ふっ!!」
「らぁっ!!」
俺とデールは、アスカの掛け声とともに渾身の力を腕に込める。ぐぅっ、さすがに強い……でも、意外にも拮抗してる?
「ぐうぅぅっ!」
「くおぉぉ!!」
互いの腕は開始位置からピクリとも動かない。俺もデールも腕やこめかみに青筋が走り、顔が真っ赤になる。だが、さすがに相手は剣闘士。30秒ほど粘れたと思うが、少しづつ少しづつ腕を持って行かれ、ついには倒されてしまった。
「くっそ、はぁっはぁっ……」
「はぁっ、はぁっ……」
残念、負けてしまったか。さすがだな、デール。そう思って皆を見回すと、アスカ以外の3人が驚愕の目で俺を見ている。
「アルって斥候職なのよね? デール相手に、なんでそんなにいい勝負が出来るの……」
「デール、もしかして手を抜いたニャ? 斥候職の腕力がこんなに強いわけ無いニャ」
「バカ言え、全力でやったさ。アル、もしかしてお前、上位職の【暗殺者】の加護持ちだったりするのか?」
「いや……盗賊の加護だけど……」
いや、俺自身もびっくりだよ。まさか非力な盗賊でしかもレベル1の俺が、剣闘士のデールといい勝負できるとは思わなかった。
「ね?アルは、すごいでしょ!? レッドウルフみたいに一刀両断! ってわけにはいかないけど、アルがいれば火喰い狼なんかに負けないわよ!」
「……確かに、あの動きが出来てこのパワーがあるなら、火喰い狼相手でも十分に剣を振るえるだろうな」
「うん。私たちもサポートできるし、もしもの時の回復役もいる……」
「イケるニャ!!」
なんとか…なりそうかな? 実際に火喰い狼と戦ったデール達がそう言うなら、勝率は高そうだな。
「絶対、大丈夫だよ! みんな、明日は頑張ろうねっ!」
「おうっ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の決戦に備えて十分に休息を取ろうということで、夕食会は早々に解散することになった。デール達は、今日の闘いで防具が損耗しているので装備の応急処置をしてから休むそうだ。俺たちの方は準備万端なので、そのまま宿に向かった。
「それで、どうするの?」
「面倒だけどずっとつきまとわれても困るからな。少し話をしてくるよ」
「話が通じる相手じゃないと思うけどー?」
「大丈夫さ。何かあったらすぐ逃げるから。アスカは先に宿に入っててくれ」
「はーい」
俺はアスカを宿に送り届けてから、宿を通り過ぎて路地裏に入った。オークヴィルの町はメインストリートと広場周辺だけは街路灯が設置されていて、日が落ちてからもそれなりに人通りもある。
だが一本路地に入っただけで、月明かりが照らすばかりの薄暗い夜道となってしまう。夜目スキルのある俺にとっては街路灯が照らす道と何ら変わりはないが、何かと問題が起こりがちではあるため一人で歩き回ることは推奨されていない。
「それで? 何か用かい?」
俺は路地を少し歩き、振り返らずに背後の薄闇に向かって声をかける。
「へっ、やっぱり気付いてやがったのか」
「ずいぶん余裕じゃん、なあ『草むしり』の兄ちゃんよぉ?」
現われたのはもちろん、昼間に冒険者ギルドで絡んできた無精ヒゲと尖りアゴの二人組だ。
「ああ。ウチの連れによると新人の冒険者にいちゃもんをつけて金を巻き上げたり、ケガさせたりするのは、『テンプレ』といってありふれたお約束事らしいからな。デール達にも、水虫みたいにしつこいヤツらだから気をつけろって言われてたし」
デール達に注意を促されたので帰りの道すがら索敵を使ってみたところ、案の定あとをつけている二人を発見したのだ。
【索敵】は魔物の気配だけを察知するわけではなく、人の気配も察知して位置を探れる。特に自分に対して敵意を持つ相手には鋭敏に反応する。
聖域の森で学んだことだが、動物達ですら人の放つ殺意や敵意には敏感に反応する。いくら物音を立てないように気配を消して近づいても、狩ろうとする気持ちが逸りすぎているとすぐ感づかれ逃げられてしまうのだ。奇襲の矢を放つその瞬間まで、平常心でいることが狩りの大事なコツだ。
こいつらは、分かりやすいぐらいに敵意を振り撒いていたので、すぐに察知することが出来た。たぶん聖域の森に行ったら動物の一匹も狩れないんじゃないだろうか。
まあ俺の場合は、殺気や敵意は隠せても、矢を外してしょっちゅう逃げられていたけど。
「あんま調子にのってんじゃねえぞ、『草むしり』が」
「這いつくばって詫びれば、半殺しぐらいで済ましてやってもいいんだよぉ? ヒャハハッ!」
無精ヒゲは威圧するようにドスの効いた声を出し、尖りアゴは逆に徴発するように猫なで声を出す。本当にアスカの言った通りお約束の通りなんだな。どうしたものか。このまま逃げてしまってもいいんだが、付きまとわれるのも面倒だしなぁ。
「すまないが、俺もそれなりに忙しいんだ。何について謝ればいいんだかわからないが、謝るから付きまとわないでもらえないか?」
無精ヒゲと尖りアゴは一瞬ポカンとした顔になり、その直後に目くじらを吊り上げて怒り出した。
「っざっけんなぁ!」
「イキってんじゃねえよぉっ!?」
二人して一瞬で激昂し殴りかかってくる。沸点の低いヤツらだな。
無精ヒゲの男が、大振りの右ストレートを放ってくる。当然、黙って殴られるいわれも無いのでスウェーして躱す。それに合わせて尖りアゴが前蹴りをしてきたので、バックステップで避ける。
二人してどんどん追撃を仕掛けてくるが、屈み、身をひねり、時にはステップで距離を開け、逆に虚を突いて詰め寄ってすり抜け、攻撃を躱し続ける。
「ちょこまかと鬱陶しい野郎だ!!」
「逃げてんじゃねえよっ!」
何度も躱し続けていると早々にしびれを切らしたのか、無精ヒゲは先端にトゲのついた鉄甲をポケットから取り出しで拳にはめた。尖りアゴの方は腰に差していた剣を引き抜く。
ふむ。無精ヒゲは喧嘩屋、尖りアゴは剣闘士ってところかな?
「死ねぇっ!!」
「食らいなよぉ!!」
二人組は拳と剣をぶんぶんと振り回す。こいつら、対人戦闘訓練をしたことが無いのだろうか。どれもこれも大振りで簡単に避けることが出来る。
尖りアゴの方はリーチが伸びたから少しは避けにくくなったけど、無精ヒゲの方は余裕だ。素手の攻撃を余裕で躱されてるのに鉄甲をつけるって、いったい何の意味があるんだろうか。
ただでさえ敏捷値が大きく開いているようで当たる気がしないのに、大振りの攻撃を繰り返しているため隙も大きく当たる気がしない。ついカウンターで手が出てしまいそうになるのを止める方が難しいくらいだ。しかし、早さのアドバンテージってのは影響が大きいものだな。
「ハアッ……ハァッ……いい加減にしやがれぇ!」
「ふんっ!ふっ!!…… ハアッ……ハァッ」
相変わらず大振りでの攻撃をし続けて、刻むこともしないし、フェイントも入れてこない。こいつら魔物とおんなじだな。レッドウルフの方がスピードあった分、避け辛いくらいだ。これじゃ対人戦闘訓練にもならないな。
「ハアッ……ハァッ……ハァッ……」
躱す、避ける、すり抜ける、躱す、屈む、躱す、飛びすさる、躱す……数分は経っただろうか。二人とも肩で息をし始め、動作がどんどん鈍くなってくる。
あれ? 喧嘩屋は体力自慢の加護じゃなかったのか?
「そろそろ気がすんだか?」
「ざっけ……んな……!」
「ハアッ……ハァッ……」
こんなにへばってるのに、まだやるつもりなのか。なんか、呆れを通り越して、逆に尊敬するな……。
「こう言っちゃなんだけどさ、あと何時間続けてもかすりもしないよ」
「ハアッ……コロして……やるよぉっ……」
威勢のいいことを言っているが完全に息も切れてるし、足も動いてない。なんでこんなに執着するのかわからないな。
もう、面倒になって来たので、俺は腰に帯びたダガーを引き抜き、二人を交互に睨みながらゆっくりと動かして刃を向ける。
「いい加減にしてくれ。俺が反撃していたら何回君らを殺せたと思う? 君ら、少なくとも10回は死んでるぞ?」
「ヒッ……」
低い声で言ってみる。二人の顔が、急激に青褪めた。
「面倒だな……殺すか」
俺はダガーを弄びながら、二人を睨みつつゆっくりと近づき……
間を通り過ぎる。二人とも、身体が固まったように動かない。試しに言ってみたけど脅しが効いたみたいだな。
「じゃあな。もう絡んでくるなよ。次は無いからな」
俺は、背後の薄闇に向かって声をかけ、そのままスタスタと宿に向かう。長い一日だった。さっさと戻って今日はとっとと寝よう。明日は、初めての賞金首ハントだ。