第233話 緋緋色の金竜
犠牲を出しながらも地竜を倒していくガリシア兵団を、俺達はただただ押し黙って見下ろしていた。
倒れ伏す地竜の巨体。あらぬ方向に手足を捻じ曲げられ、鋭い爪に切り裂かれ、強靭な顎に咬み砕かれ、石畳に横たわる戦士達。広場はまさに死屍累々といった有様だ。
それでも、次から次に戦士達が広場に乱入し激戦は続いていく。地竜の咆哮と戦士たちの怒号が飛び交い、矢や魔法が空を舞う。
アリスは歯を食いしばり戦場を睨む。ダミー達は青褪めた顔で、広場を呆然と見下ろしていた。
「グギャアァァァァッッ!!!」
一際大きい咆哮が響く。広場の中央で、先ほどまで伏せていた緋緋色の金竜が身を起こしていた。
「動き出したか」
ゼノが戦場を俯瞰しつつ、呟く。ついに地竜を掃討したガリシア兵団が、金竜に迫ったのだ。
前衛の戦士達が、大盾を構えて金竜に詰め寄る。剣士だけでなく、拳士や槍使いも盾役にまわっているようだ。
「グギャアァァ!!」
「おおぉぉっっ!!」
金竜の突進や尾撃で、次々と前衛の戦士達が弾き飛ばされる。しかし後続の戦士達がすぐさま間合いを詰めて、その穴を塞いでいく。その間も後衛の魔法使いや弓使いが、金竜に魔法と矢を撃ち込み続ける。
「これなら……」
「ああ、いい戦術だ。前衛が数の力で、うまく抑え込んでる。金ぴか竜はかなり硬そうだが、あれだけの魔法攻撃やら弓スキルやらを浴びりゃあ無傷とはいかねえ。ガリシア側の被害も大きいが、あれを続けりゃ削りきれるだろ。だが……」
何十、何百と魔法と矢を撃ち込まれ、金竜の鱗が少しずつ剥がれていく。山吹色に輝く鱗が、流れる赤い血に染まり始めたところで、金竜は四つん這いになり低い唸り声をあげた。
金竜が大きく息を吸い込み、胸部が膨らむ。同時に纏う魔力も膨れ上がった。
「危ない! ブレスが来る!!」
「グラアァァァッ!!」
アスカの叫び声と、金竜の咆哮が重なる。
突如、金竜の周囲に魔法陣が展開され、岩の杭が出現する。次々と打ち出された岩杭が、反応の遅れた者に容赦なく突き刺さる。咄嗟に大楯を構えた者も、岩杭の勢いに弾かれてしまう。
一瞬で前衛の壁が崩壊してしまった。前衛の頭上を超えて放たれた岩杭で、後衛にも少なくない被害が出ている。
「アルッ! もう限界だよ! 行こうっ!」
確かに被害が大きすぎる。これ以上は見ていられない。
「ここはアイツらの戦場だと言っているだろ」
ゼノが再び俺達の前に立ち塞がり、諭すようにアスカに言った。
「うっさい!! 戦場の流儀!? そんなのあたしの知ったことじゃない!」
アスカが、ゼノに掴みかかるような勢いで吠える。
「誇りなんてどうでもいい! 死んじゃったらどうしようもない! あそこに行けば、助けられる! だから行くの! ジャマしないでっ!」
アスカがまるで子供の癇癪の様に叫んだ。
ああ……だけど、その通りだよな。誇りや矜恃も、生きていく上で大切なものだ。だが、それは生きていてこそなんだ。
アスカには、教えられてばかりだな……。いいじゃないか。後で、邪魔しやがってと罵られても。矜持を汚されたと疎まれても。それで救える命があるなら。
「行くぞ、アリス!」
「はい、なのですっ!」
「お、俺達も行く! ガリシアのヤツらが戦ってるんだ。俺達だって!」
「お、おいっ」
「悪いな、ゼノ。俺達は兵士でもなけりゃ、傭兵でもない。戦場の流儀はお前達で守ってくれ」
「ああ、くそっ! 待て、俺も行く!」
俺はアスカを横抱きに抱え、走り出す。
「えっ、なに!?」
「飛ぶぞっ、口を閉じろ、アスカ!」
「えっ、うそっ! ひっ、ひやあぁぁぁっ!!」
3階建ての建物の屋上から飛び降り、アリス、ゼノ、ダミー達もそれに続く。
「んぐっ! ちょ、ちょっと! あたしは、アルと違ってか弱い女の子なんだからっ! 丁重に扱ってよね!」
「ははっ。戦場に行くって決めたのはアスカだろ?」
俺はアスカを下ろしながら、答える。
アスカも度胸がついたもんだな。旅を始めたころは血を見るだけで震えていたというのに。
「行くぞっ!」
「おうっ!」
「ちっ」
俺達は金竜に向かった一丸となって走り出す。一部不満そうだが。
「ゼノ? ついて来なくていいんだぞ?」
「るせえっ! お前に死なれちゃ困るんだよ!」
「ははっ。じゃあ、助けてくれよ?」
「くそっ、貸し一つだからな!」
「じゃあ帰って良いぞ」
「けっ。それで、どう戦う? なかなかの強敵だぞ?」
「俺が盾役。皆は隙を突いて攻撃を加えてくれ。大丈夫。あいつはちょっとデカくて、色違いの地竜だ。なんとでもなるさ」
「はいっ!」
「アスカはガリシア兵の治癒を頼んでいいか?」
「もっちろん!」
「気をつけてくれよ、アスカ! よしっ、出し惜しみは無しだ! 全力で行くぞっ!」
「おうっ!」
「【挑発】!」
全力で魔力をこめて挑発を発動する。まだ間合いは遠かったが、ブレス後に動きを止めていた金竜がこちらにその巨体を向けた。
「あいさつ代わりだ! 【爆炎】!」
金竜の顔面で魔力球が爆ぜて炎が飛び散るが、金竜は意にも介さず突っこんで来た。さすがは地竜の上位種だけあって、魔法が効きにくい。
「【大鉄壁】!」
金竜の巨体を真正面から受け止める。魔力の盾がガゴンッっと音を立てて撓むが、半歩ほど押され程度で突進を止められた。
よしっ、戦える! Aランクの魔物相手でも、俺は真正面から戦える!
「ひゅうっ! すげえな!!」
横から飛びこんだゼノが大剣を金竜の脚に浴びせながら叫ぶ。硬い金竜の鱗がゼノの大剣を弾くが、鱗には一筋の斬撃の跡がついていた。
「よっしゃ! 斬れねえわけじゃねえな! いくぜぇっ、【戦場の咆哮】!!」
ゼノが聞き覚えの無いスキルを発動し、獰猛で濃密な殺気がほとばしる。振り下ろした大剣が金竜の鱗を切り裂き、赤い血が噴き出した。
「くらうのです!!」
ゼノの反対側からアリスが突貫する。先端の尖った戦槌が金竜の脚に直撃し、鱗がひしゃげた。
「グギャアァッ!」
「させるかっ!」
猛烈な勢いでアリスに叩きつけられようとした【尾撃】を、【盾撃】で相殺する。
「シャアッ!」
「【爪撃】!」
「【牙突】!」
体勢を崩した金竜に隙を窺っていたダミー達が飛び込んだ。
「グラァァッ!!」
「お前の相手は俺だっ!!」
ダミー達に向きかけた金竜の意識を、挑発で無理やり引き付ける。振り下ろされた爪を火龍の聖剣で受け止め、噛みつきを盾撃で弾く。
「おらぁっ!」
「はぁぁっ!」
金竜の攻撃を俺が受け止め、その隙にゼノとアリスが波状攻撃を加える。一瞬の隙を突いてダミー達も攻撃に加わり、スキルを当てていく。
よし、攻撃パターンはほとんど地竜と同じだ。俺が壁役に徹して金竜の攻撃をおさえ、パーティメンバーの攻撃で削り切る。あと注意すべきは……
「グルルルゥッ……」
金竜が四つん這いになり低い唸り声をあげる。来たっ、ブレスの予備動作だ。
ブレスの対処法は、エルゼム闘技場で予習済みだ! 放たれる前に潰す。これしかない!!
「【大照明】!!」
渾身の魔力を込めて魔法を放つ。魔法使いの魔法スキルとは違い、ほとんど詠唱時間が無い生活魔法は即座に発動し、強烈な光を迸らせた。
「きゃぁっ!」
「ぐっ!」
すぐ側にいたゼノとアリスが呻く。金竜も狙い通り、突然の閃光に目を閉じ、身を捩っている。
「【盾撃】!!」
火喰いの円盾を前に金竜に突っ込み、四つん這いで下がっていた頭部に盾の一撃をお見舞いする。頭部が跳ね上がり、金竜が纏っていた膨大な魔力が霧散した。
「今だっ! 【牙突】!!」
一瞬の隙に最も予備動作の少ない突きのスキルを放つ。火龍の聖剣は金竜の鱗を貫き、深々と突き刺さった。
「グギャアァァッッ!!」
「【挑発】!」
再び金竜の注意を引きつける。怒り狂って爪を振り回し、牙を突き立てようとする金竜を、鉄壁で受け止め、弾き、受け流す。
よしっ、ブレスの発動を完璧に防げた。アスカの『フラッシュ・バン』の二番煎じだが、魔物相手なら通じそうだ。
特にブレスは予備動作が大きいから狙いやすい。相手の最大の攻撃を封じられるなら、あとは注意を引き続けて、仲間の攻撃で削り切るだけだ!
「放てっ!」
背後から怒声が響く。その直後、風の刃、氷の槍、風を纏った矢、炎の弾が金竜に殺到する。振り返ると、土人族の戦士達が大盾を構え、その後ろで短杖や弓を持った後衛達が魔法やスキルを放っていた。
「お待たせっ!」
アスカが戦士の後ろで飛び跳ねて手を振っていた。




