第232話 ガリシアの誇り
「手を出すな、だろう?」
「はい。ロレンツ参謀からの伝言です。中央広場の制圧はガリシア兵団が行う。傭兵団は北大通りまで兵を退くようにとのこと」
荒野の旅団の伝令が、ガリシア兵団を率いるロレンツの指示をゼノに伝える。ゼノは報告を聞き、肩をすくめた。
「わかった。北大通りまで撤退。以後、千人長の指示に従え」
「はっ!」
「ここに来て撤退か」
「レリダ中央部は俺達の援護のおかげで制圧できたようなものだからな。せめて最後に広場だけでもガリシア兵団の力で取り返したいんだろう」
「土人族の盟主としての面子か……」
荒野の旅団の援護を受け、ガリシア兵団はようやく中央部を制圧することができた。残すところはレリダの西の端、アルジャイル鉱山の出入口に面した中央広場の制圧のみだ。
「ここはガリシアをたてるさ。そもそも俺達は要請に従って動くだけだ。それに……旅団が血を流さなくて済むしな」
そう言ってゼノが笑う。作戦の大詰めに至っての撤退指示だ。旅団長ゼノとしては思うところもあるだろうと思ったが、さほど気にしてはいないようだ。
ガリシア兵団が広場を取り囲むように展開しはじめたので、俺達は広場に面した建物の屋上に登って高見の見物を決め込むことにした。
「ガリシアのヤツら、良いとこ取りしようってのかよ」
「ジオット族長は今回のレリダ奪還作戦のために他氏族の力を借りている。ガリシア氏族も力を示す必要があるんだろう」
「くだらないですね……。荒野の旅団の力を借りた方が、被害をおさえられるのに」
吐き捨てるように言ったダミーにそう答えると、クラーラが呆れたように呟く。でも、実際その通りなんだよな。
目の前の広場は、かなり広い。魔物に破壊し尽されて見る影も無いが、随所に緑が配置されていて、立派な噴水なんかもある市民の憩いの場だったのだろう。
その広場に、見える範囲だけでも十数頭の地竜が徘徊している。しかも中央の噴水の残骸付近には金色に輝きを放つ竜まで鎮座しているのだ。あれを討伐するとなると、少なくない血が流れるだろう。どう考えても荒野の旅団の力を借りた方が良い。
「アスカ、あの金色のヤツ、地竜の亜種なのか?」
「あれは緋緋色の金竜。地竜のエルダー種だよ。大地の竜って意味の、Aランクモンスター」
「Aランク! そりゃそうだよな、あの地竜がかわいく見えるぐらいの威圧感だもんな……」
「うん。能力的には、地竜の上位互換って感じの頑丈なパワータイプ。攻撃パターンは地竜と変わらないんだけど、やっかいなのは地属性のブレスを混ぜてくることかな。ブレスって言っても中位魔法の【岩槍】を全方位に撒き散らすって感じだけど」
「それは……やっかいだな」
地竜よりも強く、ブレス攻撃も有り……か。これは、ガリシア兵じゃ苦戦必至だな。
「……アリスは、ロレンツに荒野の旅団の援護を受けるように忠告して来るのです」
「おいおい、ジオットの娘。お前の話なんて、あのロレンツが聞くわけないだろ。ガリシア兵団は俺達だけじゃなく、同じレリダ市民の冒険者義勇兵にも支援要請を出してねーんだぞ? 自分達だけでケリをつけたいんだろ。言って聞くなら、初めから自分達だけでやろうとなんてしねえよ」
飛び出していこうとしたアリスに、ゼノが待ったをかける。
「でも、それで傷つくのは、兵士達なのです。兵士達にだって無事の帰りを待つ家族がいるはずなのです……」
「……そうだな」
俺達はほとんど手傷を負わずにここまで来れたが、今回の作戦で既に少なくない被害は出ているだろう。合理的に考えれば荒野の旅団、冒険者義勇兵、ガリシア兵団で三方から攻めた方が良いに決まってる。
「もう……アリスに出来ることは無いのです?」
「アリス……」
アスカがアリスにそっと身を寄せ、後ろから包むように抱きしめる。
アリスがガリシア兵団の一員として戦う事が認められていれば、あの場に立ってガリシア兵を助ける事も出来たんだろうけどな……。ガリシア兵団での参戦は認められず、俺達に同行したらダミー達に冷たい態度を取られ、最後には戦場から弾かれる。嫌な思いばかりさせてしまっているな……。
「なあ、ゼノ。さっきのアスカの話、ロレンツに伝えてもらえないか?」
「……しょうがねえな」
そう言ってゼノはおもむろに手を上げる。すると軽装の斥候職らしき男が、物陰から姿を現した。アスカ達は近くに人がいると思っていなかったようで、ギョッとした顔で驚いている。
【警戒】で近くにいることに気付いてはいたが、不意に現れた男は気を抜くと見失ってしまいそうなくらい気配を消すのが上手い。やはり、荒野の旅団は層の厚い優秀な傭兵団のようだ。
「おい、あの金ピカ竜の話、聞いてたか? ロレンツのとこに行って、情報を伝えてこい」
「はっ!」
斥候職らしき男は短く返答すると、ガリシア兵団の本陣に向かって走り去る。
「わるいな」
「ありがとうなのです!」
「貸し一つだぞ? 魔人殺し」
「はいはい」
面倒なヤツに借りを作ってしまったな……。まあ良いか。アリスが安心できて、ガリシア兵団の被害を少しでも減らせるのなら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
中央通りの終点、広場の正面口付近まで進軍したガリシア兵団本陣から、鬨の声が上がる。
「おっ、動くみたいだな」
大盾を掲げ、横並びで広場に突入していくガリシア兵達。その上を、夥しい数の矢と魔法が飛んでいく。鬨の声に反応して群がってきた地竜達が盾持ちの兵士に襲い掛かり、広場に怒号が飛び交う。
多数の兵士が突撃し、少しずつ地竜の数も減っていく。しかし、それ以上に脱落していく兵士たちの数も多い。
「ああっ……」
また一人、剣士らしき兵士が地竜の爪に引き裂かれる。
アリスが両手をぎゅっと握りしめて、歯を食いしばる。アスカも戦場を睨み、顔を歪める。
アスカのスキルがあれば、重症の兵士たちだってたちどころに癒すことが出来る。エルゼム闘技場で大活躍した『天龍薬』のストックだってたくさんある。
俺だって【癒者】の加護を修得してる。そこいらの癒者に負けないくらいの速さで【治癒】を施すことが出来るだろう。
だが、ここからでは届かない。回復魔法は射程範囲が短く、アスカの回復薬にいたってはすぐ側に行かないと使えない。『天龍薬』はアスカを中心に周囲の負傷者を一気に癒すことが出来るが、やはりここからでは届かない。
「ねえ、アル。援護に行こうよ。戦わなくても、救助活動だけなら……」
「……ああ、そうだな」
土人族の癒者班も走り回って救助をしている。だが、負傷者が多すぎて数が足りていない。このままじゃ、被害が大きすぎる。
「駄目だ」
戦場に乱入しようとした俺達の前にゼノが立ち塞がる。
「そこをどくのです!」
アリスが大声で叫ぶ。だが、ゼノは全く動じない。
「駄目だ。ここはガリシア氏族に連なる者の戦場だ。行っていいのは、ジオットの娘だけだ」
「ア、アリスは治癒が出来ないのです! アスカさんに手伝ってほしいのです!」
「駄目だ。なあ、アルフレッド。冒険者と傭兵は金で動く。なら、ガリシアは?」
ゼノは腕を組み、淡々と、だが重みのある声で語る。
「誇り……か」
「ああ。ガリシアはその誇りをかなぐり捨てて、冒険者ギルドや俺達に協力を求め、この作戦に挑んでる。最後の一戦ぐらい、やらせてやれ」
無駄な矜持、だと思う。命に代えられる物なんてないのだから。
でも、突然の集団暴走からレリダを守れなかったガリシア兵団が、自分たちの手でレリダを取り返したいと思う気持ちはわかる。
俺だって……チェスターでは町の人を救いたい、ギルバードを救いたいって思いとともに、貴族の矜持を果たしたい、そう思って戦ったんだったな……。
「ガリシアが面子を賭けて戦ってるんだ。あいつらが助けを求めない限り、手は出すべきじゃねえ。それが、戦場の流儀だ」
ゼノは、静かにそう言った。




