第231話 荒野の旅団
中央通りの反対側の路地から荒野の旅団の傭兵達が大声をあげて飛び出した。2頭の地竜はその怒声に誘われ、俺達を放置して傭兵達の方へとその巨体を向ける。先頭を走る剣士らしき男達の【挑発】に釣られたようだ。
剣士の一人が握り拳を頭上に掲げると、矢に加えて【火球】や【風刃】が雨あられと地竜に降り注ぐ。魔法攻撃に怯んでいる間に地竜に接近した剣士達が、次々と【挑発】を発動しつつ密集して大盾を構えた。
一頭の地竜に対して4,5名の剣士が正面に立ち、【鉄壁】を発動。地竜は剣士達に爪を振り下ろし、尻尾を振り回す。
地竜の攻撃を受け止めた剣士が吹き飛ばされてしまうが、すぐに他の剣士がその穴を埋めて地竜を引き付ける。その間も矢や魔法は降り注ぎ続け、取り囲むように散らばった槍使い達が地竜に槍を突きたてる。
Bランク魔物の地竜を、傭兵達は見事な連携で相手どっている。どうやら、応援は必要なさそうだ。
「いよう! 大丈夫か?」
「ああ。助かったよゼノ」
大剣を肩に担いだゼノが、笑顔を浮かべて歩み寄る。ここが戦場だと思えないほどの飄々とした態度だ。
「無茶をし過ぎなんだよ、魔人殺し。たった6人で中央通りに攻め込むなんてよ」
「ガリシア兵団の進軍がここまで遅いとは思わなかったんだ。読み間違えたな」
「あいつらも、そこそこ頑張っちゃいるけどな。練度も足りなきゃ、動きもバラバラ。あんなもんだろ」
「ふーん……。それに比べて、あんたらの連携は凄いな」
見たところ突出した強さを持つ戦士は見当たらない。だがその連携は目を見張るものがある。
おそらくは、加護ごとに4,5人の班編成をしているのだろう。剣士班が敵に突っ込み【挑発】で引き付けつつ防御に専念。その後ろから弓使いや魔法使いの分隊が遠距離から狙い撃つ。拳士や槍使いは、周囲の小物の殲滅や剣士班の援護を担当しているようだ。
それぞれの班が流れるように連携して、着実に地竜を削り、集まってきた軍蟻やゴブリンを殲滅している。これが……一流の傭兵団か。
『支える籠手』もすごいと思ったが、『荒野の旅団』は層の厚みも練度も段違いだ。護衛任務を専門としている傭兵団と、戦争専門の傭兵団の違いか……。
俺は、武術や勉学の基礎についてはウェイクリング家で学んだが、戦術や用兵については触り程度にしか習っていない。これほどの大規模な作戦行動に参加するのも初めてだし。一流の傭兵団の戦い方を見ることが出来るのは幸運と言ってもいいかもしれない。
「ま、これでメシ食ってるからな。お前らもすげえじゃねえか。そっちの3人もなかなかやるし、ジオットの娘はかなりのもんだ」
「……アリスのことまで掴んでるのかよ」
「そりゃな。敵味方の戦力分析は、常識だろ? 全員、ウチに入ってもらいたいぐらいだ。一番欲しいのは、アルフレッド、お前さんだけどな」
「俺とアスカは、今のところ入るつもりは無いけどな。他のメンバーの勧誘は好きにしてくれ」
「残念だ。聖女の方もぜひウチに来てもらいたいとこだけどな。あんだけ回復魔法を使っておいて魔力切れする様子も無く平然としてるし……。しかも、あの地竜の死体を一瞬で消す技、ありゃなんだ? あんなの見たことも聞いたこともねえぞ?」
おっと。アスカの【魔物解体】とアイテムボックス収納を見られていたか。倒した魔物は片っ端から回収してたからな……。
「『王家の魔法袋』で収納しただけだよ。というか、見てたんなら、もっと早く援護してくれよ。諦めて撤退するところだった」
俺は不満を言いつつ話をそらす。
「仕方ねぇだろ。俺達は傭兵だからな。雇用主の要請が無きゃ動けねえ。金にならない仕事をするつもりも無いしな」
どうやら反対側の路地から俺達が戦っているところをずっと見ていたようだ。俺の【警戒】に引っかからなかったってことは、【暗殺者】が部隊ごと気配を消していたのかな? 【隠密】は周囲の気配も覆い隠せるとは言え、そこまで大人数の気配は隠せないと思うが……。
そうこうする内に、俺達が対峙していた地竜は傭兵団に狩られた。続々と路地から飛び出して来た傭兵達は、中央広場への進軍を始めている。
「お前達も一緒に来るか?」
「ガリシア兵団の援護には回らないのか?」
「俺達が要請されたのは中央部制圧の支援だからな。ガリシア兵団もそのうちに東部を片付けて追って来るだろ」
ふむ……『荒野の旅団』に任せておけば中央部の制圧も問題無さそうではあるが、せっかくだからついて行くか。ダミー達の心情と、隠れて参加しているアリスの事情を考えると、ガリシア兵団に混ざるより傭兵団と行動を共にした方が良さそうだし。
「皆、荒野の旅団について行こうと思うが、それでいいか?」
念のため確認すると、皆が肯いた。アリスだけは東側をチラチラと見ていたが、反対するつもりは無さそうだ。
「よし。ゼノ、俺達も混ぜてくれ。どうしたらいい?」
「俺と一緒に行動してくれ。遊撃として、大物狩りだな」
「え? お前は傭兵団のトップだろ? 単独行動していいのか?」
「部隊の指揮は部下に任せてる。軍隊相手じゃあるまいし、徘徊する魔物の殲滅なんかに指揮もクソも無いだろ?」
まあ、確かに。魔物達は連携して襲って来るわけでは無く、街中を徘徊して人を見つけると群がって来るだけだ。路地を上手く使って、数に押し込まれないように分断しつつ戦えばいい。地竜なんかの大物は逆に集団で潰せばいいわけだし。
「演習で森に入るのと然程変わりはしない。楽な仕事だよ」
そう言ってゼノはニヤリと笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
荒野の旅団が採った戦術は、俺達とほとんど同じだった。
拳士班と槍使い班が路地に潜む魔物達を殲滅し、大通りにいる地竜は剣士班・弓使い・魔法使いの分隊で討伐する。怪我を負った者は班ごと撤退し、制圧の済んだ路地裏に待機している癒者班から回復を受け、再び戦場に復帰していく。
「大隊でまとまって進軍したら、魔物どもが群がって来るなんてわかりきったことだろうにな」
大剣を血振りしながらゼノがぼやいた。足元には一刀両断されたゴブリンが転がっている。
「ああ。魔物の討伐は各個撃破が基本だからな」
「パーティ単位で動いた冒険者達の方がよっぽど理にかなってる」
傭兵団が班単位で路地を出たり入ったりしながら魔物を殲滅している間に、ガリシア兵団はようやく東部の制圧を終え、真正面から東大通りを進軍してきた。当然ながら魔物達は自らの縄張りに侵入してきた兵達に群れて襲い掛かる。
「真正面から打ち破るってのが土人族の流儀なのか?」
「正々堂々ね。それで被害を大きくしてんだから世話ねえや」
ガリシア兵団と魔物の群れの真正面からのぶつかり合いを路地裏から眺めながら、ゼノが呆れたように笑った。
「さてと、遊撃戦を続けるか。頼りにしてるぜ、リーフハウス」
俺達は魔物の群れの後方から奇襲を仕掛けてかき乱し、ガリシア兵団の支援を続ける。兵団が戦線を立て直したら即座に離脱し、路地を駆け回って小物を殲滅しつつ魔物達の後方に回り込む。そして再び後方からの奇襲を繰り返した。
ガリシア兵団は被害を出しながらもじりじりと西進を続け、日が傾き始めた頃にようやくアルジャイル鉱山の出入口に面した中央広場に辿り着く。
広場の中央には数頭の地竜とともに、一際強い威圧感を放つ、金属のような山吹色の光沢を持つ竜が鎮座していた。




