第230話 不和
「俺らの名誉の回復……」
「ああ、お前たちはレリダが解放されたら『リーフハウス』を再建するんだろ? 盗人の濡れ衣を着せられたままってわけにはいかないじゃないか」
「そっか、俺達のために……」
「だけど……クラーラ、勝手やってすまなかった」
「い、いえ。むしろ、ありがとうございます、アルフレッドさん。私は、アイツを見て怖くなっちゃって……ダミー達が見殺しにしようって言った時、そうだよ、あんなヤツ死んじゃえって、それぐらいしか考えてなかったから……」
中央部に向けて走りながら、ダミー達に俺の意図を説明する。
ダミー達自身が恨みを晴らすチャンスだったのに、勝手に俺が割り込んだんだ。良い気分はしなかったはずだ。特にクラーラにしてみたら、あの場に長居したくなかっただろう。あんなヤツなんか見捨てて、すぐに立ち去りたいと思っていたはずだ。
「これからのことを考えると、ああすべきだと思ったんだ。幸いアリスがいたから、名前と階級さえ把握しておけば公正な裁きを下すことも出来るだろうってね。アリスも、巻き込んでしまってすまなかった」
「いえ、いいのです……。ガリシアの者が、ご迷惑をかけて……申し訳ないのです……」
ヨアヒムは武装解除したうえで、いったん戻ってエドマンドさん達に預けてきた。危険を冒してまで連行する必要はないと言ってあるので、もしかしたら死ぬかも知れないが、そうなったらそうなったでしょうがない。今は作戦行動中なのだ。
「この戦いが終わったら、ダミー達の汚名を晴らして欲しい。協力してくれるか?」
「はい。もちろん、なのです……」
そう答えるアリスの表情は暗い。ガリシアの兵が起こした愚行に心を痛め、責任を感じているのだろう。
戦時下での略奪や暴行。どんなに規律に厳しい組織であっても、起こってしまう悲劇ではある。侵略戦争では、それが黙認されることすらある。
だからと言って、許されることではない。蛮行を止めることが出来なかったのは、兵を監督するガリシア氏族の責任だ。
「にしても……まさか」
「ガリシア氏族の人だったなんてね……」
ダミーとメルヒが呟く。
「あ、あのっ、ガリシア氏族の関係者が、とんでもないことを……」
アリスが沈痛な面持ちでクラーラに話しかける。そんなアリスにクラーラはそっけなく答えた。
「……その件については、後でいいですか? アリス様」
「あ、はい……。ごめんなさい、なのです」
ついさっきまで尊敬の眼差しを向け親しげに話していたのに、3人のアリスに対する態度は手の平を返したかのように冷やかになってしまった。
やはり、ダミー達にとってのガリシア氏族は、レリダを守れなかったばかりか、親兄弟を死なせ、自分達に危害を加えた、恨むべき対象なのだ。
もちろん彼らだって、ランメル鉱山に籠っていたアリスに直接の責任が無いことも、自分達のためにヨアヒムの断罪に協力してくれるのだということもわかってはいるだろう。親兄弟を汚し、殺したのは魔物であって、ガリシア氏族では無いこともわかってはいるだろう。
とは言え、頭ではわかっていたも、感情ではそう簡単に割り切れるものじゃない。アリスと今まで通りの関係でいられるはずもない。
俺がアリスの出自を明かしてしまったせいで、嫌な思いをさせてしまった。ダミー達のために、ああすべきだとは思ったんだけど、アリスには悪いことをしてしまったな……。
「アリス、すまない。あいつらだってアリスを責めても仕方が無いって、本当はわかっているんだと思う。それでも……納得できることじゃないんだ」
ダミー達に聞こえないように、アリスに耳打ちする。
「……いえ、これはガリシア氏族の問題なのです。非難されるのは当然なのです」
ガリシア兵だって、突然に多数の魔物に襲われて為す術もなかったのだろう。難民キャンプを維持し、安全を確保するだけで精いっぱいだったのだろう。
それでも、民を守れなかった施政者が非難されるのは仕方がない。アリスもガリシア氏族の直系の血筋にあたるのだから、その責めを負わなければならない。民の安全と生活を守ってこその施政者であり、その血族に課された義務なのだから。
「レリダを取り返す。今はそれだけを考えよう」
「……了解なのです」
俺達はやるせない思いを飲み込み、先行するダミーの背を追いかけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
中央部に近づくにつれて魔物との遭遇頻度が上がってきた。逆に周囲の戦闘音は遠ざかっていく。おそらく、ガリシア兵団は東部から進軍できていないのだろう。
「どうするの、アル?」
「路地と中央通りを出入りしつつ、地竜を間引いていこう。俺達だけで中央広場に乗り込むのは、さすがに危険過ぎる」
「だね。中ボスを倒せばミッションクリアってわけでもないし」
俺達は南大通りの受け持ちエリアから、路地の魔物を殲滅しつつ、中央通りに向かって北上している。
レリダ奪還作戦は、中央通り西端にあるアルジャイル鉱山の出入口に面した中央広場の制圧が、最終目標だ。
俺達だけで中央通りと広場の魔物を殲滅するなんてことは不可能だから、ガリシア兵団が進軍して来るまで大物を狙って数を減らしていくのがいいだろう。大通りに突出し過ぎると魔物共に囲まれてしまうから、路地を出入りして、退路を確保しつつ戦うってところかな。
「了解です!」
「ふん、やっぱりガリシアの奴らは、東部から進めてないじゃねーか」
「ダミー、いいから行きましょ」
ダミーが悪態をつき、クラーラがそれを諫める。しかしクラーラの不機嫌そうな表情から、ダミーの言葉自体を否定しているわけではないことがわかる。
ダミー達とアリスがギクシャクしているせいで、パーティの雰囲気は良いとは言えない。今のところは、戦闘での連携にまでは影響していないが……。
「ああ。行くぞ、みんな。地竜の洞窟での戦い方を思い出せ。路地の出入り口付近まで地竜を引っ張ってきて、各個撃破。地竜は俺とアリスを中心に。他はダミー達が殲滅し、片付き次第で地竜討伐に加わってくれ」
「おうっ!」
それでも、やる事は変わらない。少しでも多くの魔物を倒さなくてはならないのだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁっ!」
地竜の爪撃を掻い潜り、左脚を火龍の聖剣で切り裂く。
「砕けろ、なのです!」
同時に右脚関節に、アリスが戦槌を叩きつけた。
「【大跳躍】! はあぁぁぁっ!!」
前のめりに崩れかかった地竜に、上空からメルヒの槍が襲い掛かる。
「とどめぇぇっ! せぇいっ!」
クラーラの跳び蹴りが、地竜の眉間に突き刺さる。硬い頭蓋が【爪撃】でパックリと割れ、地竜は地響きを立てて中央通りの石畳に倒れ伏した。
「はぁっ、はぁっ、どんだけいやがるんだよ」
「何頭目、だろうね、これで……」
「はぁっ、数えて、無いよ」
中央通りに戦場を移してから、けっこうな時間が経過した。ガリシア兵団はようやく視界に入るぐらいにまでは進軍してきたが、未だに中央部までは来れていない。
「エドマンドさんの言った通りだな。残念ながらガリシア兵団に、中央部を取り返す力は無さそうだ。早く傭兵団に支援要請すれば良いものを」
「…………」
俺の呟きにアリスが顔をしかめる。だが、それが事実だ。
東の方からはガリシア兵団の戦闘音が聞こえてくるのに、北と南からはほぼ聞こえてこない。つまり傭兵団と冒険者義勇兵の担当エリアの制圧は済んでいるということだろう。
作戦会議での打ち合わせ通り、『荒野の旅団』に中央部攻略の支援を要請すれば中央部と東部で挟み撃ちが出来るというのに、ガリシア兵団は支援要請をしていない。もしかして、プライドが邪魔して支援要請が出来ないのだろうか?
「兄貴っ! 新手だ!!」
「ちっ、戦闘準備! くそっ、地竜が二頭か! ダミー! メルヒ! クラーラ! 一頭、いけるか!?」
「ったりめえだ!」
「まだまだ、いけますっ!」
「いよしっ! アリス、行くぞっ! 速攻で一頭を叩く!」
「了解なのです!」
長時間におよぶ戦闘で、皆かなり疲れがたまって来ている。怪我や体力はアスカの薬で回復しているが、精神的疲労までは回復できない。
ガリシア兵団が頼りにならない以上、いったん担当エリアまで撤退すべきだろうか?
「グギャアァァァァッッ!!」
「【鉄壁】! ぐっ、おぉっ!!」
一頭目の地竜の突進をなんとか抑え込む。だが、そのすぐ後ろからもう一頭が、二本の角を前に突進して来た。しまっ、【挑発】の効果範囲をミスった!?
「ぐぁっ!!!」
なんとか火喰いの円盾を角の前に差し込むのに成功はしたが、突進の勢いまでは止められず弾き飛ばされる。
「アルフレッドさん!! このぉっ!!」
メルヒとクラーラがすかさず二頭目に突っ込み、俺への追撃を阻止してくれる。
「っ大丈夫だ! 怪我は無い! そっちは任せた!」
「はいっ!」
俺はすぐに立ち上がり、孤軍奮闘するアリスの元へと走る。
マズいな。長引くと周囲から魔物が集まってきてしまう。このままだと本当にジリ貧だ。
パァンッ!!!
その時、背後から炸裂音が響く。振り向いて空を見上げると、空中に黄色い煙を吐き出す火球が浮かび上がっていた。あれは……ガリシアの支援要請の合図か!?
直後、空を埋め尽くすほどの矢が目の前の地竜に飛来する。そのほとんどが地竜の硬い鱗に弾かれるが、おそらくは弓使いのスキルで放たれたいくつかの矢は見事に突き刺さった。
「行くぞ、お前ら!! チームガンマ、チームデルタ! 魔人殺しを援護しろ!!」
怒号と共に、中央通りを挟んで向こう側の路地から姿を現したのは、『荒野の旅団』のシンボルカラーである赤錆色の布を身体のどこかに括りつけた傭兵達だった。




