第227話 レリダ奪還作戦
翌日の早朝、冒険者ギルドの招集に応じ、俺たちは難民キャンプから少し離れた草原に向かった。
集合場所にいた冒険者は1000人強といったところだろうか。ガリシア兵団や傭兵団に比べると兵数はかなり少ない。
だが、冒険者たちは魔物との戦いに慣れているし、Dランク以上の実力者ぞろいだ。兵力ではそう大きく劣りはしないだろう。
魔物に占拠された鉱山都市レリダは、いわばダンジョン。ダンジョンアタックは冒険者達の領分だしな。
「あいつが噂の『竜殺し』か……」
「セントルイスの英雄らしいぜ。あいつらだけで食糧危機を解決したってよ」
「魔法使いのくせに剣も使えるそうだ」
「あの剣……相当な業物だな。秘めた魔力が尋常じゃねえ」
大半は土人族なので、央人や獣人はやや目立つ。それを差し引いても俺は冒険者たちの注目を集めているようだ。
「さすがだなー、兄貴。『竜殺し』だってよ」
「Bランクの地竜を単独討伐しちゃうぐらいなんだもん。アルフレッドさんにぴったりな二つ名よね!」
「実際に地竜を倒してたのは、ほとんどお前らなんだけどな」
ダミー達のレベル上げが目的だったから、地竜狩りではひたすら盾と妨害役をやっていた。俺は数えるほどしか地竜を殺していないのだ。
「そりゃ兄貴とアスカがいてくれたからだろ」
「そうですよ。『竜殺し』の二つ名はアルフレッドさんにこそふさわしいです」
「そんな物騒な二つ名いらないんだけどなぁ」
ほんと冒険者たちは二つ名をつけるのが好きだな。紅の騎士、泥仕合、処女信仰者、魔法剣士、魔人殺し……ときて今度は『竜殺し』か。一部、変なのが混じってる気がするけど。
「さすがあたしの騎士ね!」
自慢げに鼻を膨らましてふんぞり返るアスカ。うん、偉そうに胸を張っているのに、威厳の無いアスカも可愛らしい。
「アルさん、すごいのです!」
そして、その隣りでパチパチと手を叩くアリス。いやいやアリス。お前もほぼ単独で地竜を倒してたよね?
「我々も王都に戻ったら、竜殺しを名乗ろうか」
「いいっすね! マーカス王子親衛隊、またの名をチーム・ドラゴンスレイヤーズ!」
「勘弁してくださいよ。恥ずかしい」
「そうよ。親衛隊でいいじゃない。なんでそんな恥ずかしい名前を名乗らなきゃいけないのよ」
おいジェシー。恥ずかしいって、それは俺に言ってんのか?
しかし、戦いの前だと言うのに『リーフハウス』の面々は落ち着いてるな。親衛隊組は2頭の地竜を同時に討伐するほどの実力があるし、孤児院組も弱冠15歳の3人だけで討伐に成功している。程よく緊張しつつも、心の余裕もあるというところだろうか。
そのまましばらくパーティメンバー達と雑談をしていたら、周囲の冒険者達の騒ぎ声が不意に静り返る。どうやら、急ごしらえの演台にパウラが登壇したようだ。
「冒険者ギルド、レリダ難民キャンプ特設支部の臨時ギルドマスター、パウラだ! まずは義勇兵の募集に応じてくれたことを、心から感謝する!」
拡声の魔道具を使っていないのに、最後尾にいる俺達にもしっかりと声が届く堂々たる演説。冒険者達は神妙な顔つきでパウラを見つめている。
「事前に通告した通り、南部を112か所のエリアに分け、それぞれのパーティに担当してもらう! 各パーティは担当エリアにいる魔物を殲滅、その後は南大通りの防衛に回ってくれ!」
鉱山都市レリダは中央部、東部、北部、南部の4つの区域に別れている。冒険者義勇兵が担当するのは、南部にいる魔物の殲滅だ。
南部には南門から中央部へと向かう目抜き通りがあり、そこから細かい街路や小路が蜘蛛の巣のように伸びている。偵察隊の報告によると、道幅の広い目抜き通りには多数の地竜が待ち構えていて、街路や小路には軍蟻やゴブリン種が巣食っているそうだ。
俺達のパーティには、目抜き大通りの中央部寄りのエリアが割り振られている。ここ2週間ほどの間に地竜肉を中心とした大量の魔物肉を納品したことから、112ものパーティの中でもトップクラスの実力を持っていると見做されたらしく、最も危険度の高いエリアを任されてしまった。
「まずは私達のパーティが先陣を切る! その後に続き、担当エリアに向かってくれ!」
正午の銅鑼の音とともにパウラのパーティが突入。俺達はその後ろに続き、担当エリアまで駆け抜ける。その後はエリアにいる魔物の殲滅、その後は別途指示があるまでは待機しつつ他エリアから流れて来た魔物を討伐する……という段取りだ。
「なんとしても私達の故郷、レリダを取り戻す! みんな、力を貸してくれ!!」
「おおぉぉっっ!!」
パウラの檄に呼応した冒険者達の怒号が草原に響き渡る。
「レリダを取り返すのです!」
「兄さんの仇をとるぞ!」
「うん。姉さんの屈辱をはらしてみせる!」
「シスター、私達を見守って……!」
アリスが、孤児院組の3人が、決意を噛みしめる。
士気は上々。いよいよ決戦だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ゴオォーン!
ゴォン、ゴォン、ゴォン、ゴォン……ゴオォーン!
ガリシア兵団の本陣で打ち鳴らされた銅鑼の音が、草原に響き渡る。
「行くぞォ!! ついて来い!!!」
「オオォォォォッツ!!!」
パウラの怒声に続いて冒険者達が雄たけびを上げた。
「グギャァァァッ!!」
冒険者達の声に呼応するかのように、南門から数頭の地竜と軍蟻が姿を現す。
「おらぁぁっ!」
先頭を走るパウラが軍蟻に接敵し、長柄の戦斧を振り下ろす。戦斧の刃が軍蟻の堅い甲殻をものともせずに切り裂いた。
「ぐっ、うぉぁっっ!!」
「止まれぇっ!!」
パウラを追い越して前に出た剣士が、地竜の突進を受けて跳ね飛ばされる。しかし、その後ろから別の男が大盾を掲げて突っこみ地竜をなんとか食い止める。
「行け、行け、行けぇっ! 立ち止まるな! 突き進め!」
パウラが腕をグルグルと回しながら叫ぶ。続く冒険者達はパウラの両脇を次々と通り抜けて、南門に突入していく。
「パウラッ、武運をっ!!」
「おうっ!!」
地竜に戦斧を叩きつけるパウラを横目に、南門へと走る。大通りのそこかしこから、戦士達と魔物達の咆哮が聞こえてくる。
「ふっ!!」
地竜に槍を突きつけて牽制していた男の脇を通り過ぎつつ、太い後ろ脚に斬撃を浴びせる。その隙を逃さず、槍使いはバランスを崩した地竜に突貫した。
「竜殺しっ、感謝する!」
「おうっ!」
後ろからかかる声に振り向かずに答えつつ、戦場と化した鉱山都市を突っ走る。前を走っていた冒険者達が次々と接敵して戦闘を開始し、その横をすり抜けて進んだ俺達は冒険者義勇兵の先頭に躍り出た。
「前方に地竜2、蟻3! エド達は竜、アルとアリスはもう一頭を! ダミー達は蟻を各個撃破! いっくよー、目と耳を塞いで!」
「おぉっ!!」
ッバァァンッッ!!
弾けるような轟音と共に世界が真っ白な光で埋め尽くされる。目を閉じ、耳を塞いでアスカのフラッシュバンをやり過ごした俺達は、立ち尽くす魔物達に襲い掛かる。
「ッシャァッ!」
「くらうのです!」
「【魔力撃】!」
「【牙突】!」
「【エレメントショット】!」
「【盾撃】っす!」
「【爪撃】!」
「【風刃】!」
「【剛・魔力撃】!」
いくら巨大な魔物と言えど、動きを止めればただの的だ。俺達は最初から出し惜しみなしでスキルを発動し、次々と魔物達を屠っていく。
「行くぞっ! 俺達のエリアはまだ先だっ!」
「おぉっ!!」
この戦いに備えて、アスカは王都で手に入れた素材を加工し、大量の回復薬を用意している。アスカがいる限り、俺達に魔力切れは起こらない。惜しみなく全力のスキルを放つことが出来る。
「すっげぇ……」
「これが、竜殺し率いるリーフハウス!」
いや、率いて無いから。リーダーはクラーラだから。
後続の冒険者達のどよめきを背に、俺達は中心部に向けて再び走り出した。




