第225話 作戦前夜
「ほら、兄貴! 見てくれ!」
「アスカお姉さま! 見て!」
ダミーとクラーラが誇らしげに掲げたのは楕円形の金属板。黒鉄製の冒険者タグだ。
「おおー。あっという間にDランクか。よく頑張ったな」
「うんうん。すごいね、クラーラ!」
つい先日までは最下級のGランクだったというのに、ダミー達はもうDランクにまで上り詰めていた。この勢いだと冒険者ランクはあっさり抜かれてしまうかもしれない。
「へっへー。兄貴はCランクなんだろ? すぐ追い抜いちゃうかもな!」
「そんなわけないじゃないか。僕たちに安定して狩れるのはCランクがせいぜいだろ。追い付けたとしても抜けるわけないじゃないか」
「そうよ。それにアルフレッドさんはBランクの地竜だって単独であっさり倒せちゃうんだから。冒険者ランクをBに上げようと思えば、すぐにでも上げれちゃうんだよ?」
「わ、わかってるよ、そんなことは! 言ってみただけだろ!」
調子に乗るダミーを、メルヒとクラーラが二人がかりで諫める。加護の組み合わせはイマイチだけど、バランスは良いパーティだよな、ほんとに。
「下層に潜ればCランクの魔物もたくさん出るらしいんだ。Cランクの魔石をどっさり納品して、とっととランク上げたいんだけどなー。クラーラ達がうるさいんだよ」
「当たり前でしょ! 拠点に戻るまでが探索ってアルフレッドさんも言ってたじゃん! 私達には下層はまだ早いの!」
「中層にだって魔素溜まりにはCランクの魔物が出るんだから、地道にやっていかないとね。少なくとも装備を整えて、回復薬を揃えるまでは下層には行かないよ」
冒険者ランクはギルドに魔石を一定数納品することで上げることが出来る。俺は指名依頼や賞金首ハントをこなすことでコツコツとランクを上げてきたが、普通の冒険者は魔石を納品してランクを上げていく。
ランメル鉱山の中層には、Eランクのケイブリザードやマッドヴァイパー、Dランクの軍蟻、Cランクのハイオークなんかが出現する。魔物にも個体差があるのでEランクの魔物でも、Dランク大の魔石が手に入る事もある。ダミー達があっという間に冒険者ランクを上げられたのは、ギルドにDランク大の魔石を一定数納品したからだろう。
ギルドが提携している店で割引サービスが受けられたり、稼ぎの良い依頼を受けられたりするので、ランクが上げたいと思わないでも無い。でも俺達は過度にレベルを上げないようにしているから魔石はさほど手に入れられない。貴重な魔石はアスカが作る薬の材料やエースの食事に使いたいから、ギルドに納品することもほとんどない。
そのため俺のランクの上がり方はのんびりだ。まあ、ダミー達が異様に早いだけであって、俺でも普通より早いぐらいなんだろうけど。
「はいはい。わかってますよっと。あ、でもさ、パーティランクの方はCに上がったんだぜ!」
「へえ。それはおめでとう」
個人ランクは個人でそのランクの魔物を安定して狩れるかどうか、パーティーランクはパーティで狩れるかどうかで決定される。ダミー達はCランクの魔石も一定個数を納品して、実力が認められたようだ。
「そう言えば、パーティ名はなんていうんだ?」
ほんの興味本位で聞いた質問だったが、3人は目を見合わせ「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりにニッコリと笑った。
「リーフハウス、にしました」
「リーフハウス……? 由来は?」
そう聞くとメルヒが普段のおどおどした態度を引っ込めて、力のこもった目線で答える。
「僕達が生まれ育った孤児院の名前です。皆さんと一緒にレリダを取り戻して、リーフハウスも取り戻す。そこで、また兄弟達と暮らすんです。そう願って、パーティ名もリーフハウスにしました」
「……ステキなパーティ名だね」
「だろ?」
アスカが目を潤ませて言った言葉に、ダミーが親指を突き立ててニカっと笑う。
「じゃあ、明日は俺達もパーティメンバーに加えてもらおうかな」
「そだね!」
「アスカ姉様も入ってくださるんですか!? 嬉しい!!」
「それと、さっき話したセントルイスの親衛隊メンバーもな」
「すっげぇ! 超豪華じゃん!!」
ダミーが諸手を上げて喜ぶ。
龍の従者、王国親衛隊、ガリシア氏族の長女、そして新進気鋭の冒険者達。確かに、豪華だな。自分で言うのもなんだけど。
「アリスも頑張るのです!」
アリスが両手をぎゅっと握って、そう言った。うんうん、みんな気合も十分だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふー。上がったよー。アスカ、張り替えるから、お湯を捨ててきて」
「りょーかいっ」
子供たちを乗せた馬車をエースに引いてもらい、難民キャンプの端に戻ってきた俺達は夕食を終えて順番に風呂に入った。今日はアリスとアスカが最後だ。
さすがに10人以上の子供達が入れ替わり立ち替わりで風呂に入ったから、途中で何回かお湯を張り替えている。排水はアスカの役目、給湯は俺の役目だ。
猫脚のバスタブをアイテムボックスに収納して、キャンプから少し離れてから取り出して排水。再びバスタブをテントに設置した後に、俺が【静水】と【火球】で給湯だ。ここのところジェシーとアスカの要望で毎日のように風呂を用意したので、温度調整も手慣れたものだ。
「お待たせ。用意できたよ」
「ありがとっ。アリス、入ろっ」
「はいっ、なのです」
「アルー、見張り番よろしくねー」
「はいよー」
アスカがアリスの手を引きテントに入る。俺はテントの入り口の傍らに腰かけて、涼みながら見張り番だ。難民キャンプの端にテントを張っているわけだし、クラーラの件もあったから警戒は必要だろうからな。
「んんー! きっもちいー!」
「はぁ。ほっこりするのです」
「アルー! ちょうどいいよー! ありがとー!」
「ありがとー、なのです!」
「はーい、どういたしましてー」
風呂場、というかテントの中からアスカ達の元気な声が聞こえる。聞き耳立ててるわけじゃないけど、すぐ側で警戒してるのだからしょうがない。
「んー、アリスの髪、ツヤツヤになってきたねぇ」
「アスカさんに貰ったカメリアオイルのおかげなのです。イレーネも欲しがってたのです」
「あ、ほんとー? こないだ王都に行った時に多目に買っておいたから、あげよっか?」
「それは嬉しいのです! イレーネも喜ぶのです」
お、いつの間にそんなもの買ってたんだアスカ。油断も隙も無いな。
とは言っても地竜素材の売却でかなり儲けたから、路銀はかなり潤沢にあるし、その程度の贅沢は全く問題ないけど。新調しようと思っていた鎧もイレーネのおかげで無償で手に入ったわけだし。
あ、そう言えばまだイレーネに御礼をしてなかったな。アスカのスキンケアグッズとやらがお礼代わりになるなら丁度いいか。
「仲が良いよね、イレーネとアリスって」
「従兄弟はたくさんいますが、女の子はアリスとイレーネだけなのです。子供のころから、とても仲が良いのです」
土人族は女性が生まれにくいって話だからな。そりゃあ従妹も少ないだろうな。
「ん、アスカさん、くすぐったいのです」
「あ、ごめんごめん。やっぱりかっこいいなーって思って。あたしもワンポイントタトゥーとか入れたくなっちゃうな」
「これは、ガリシア氏族のトライバルタトゥーなのです。お洒落とは違うのですよ?」
タトゥー? ああ、そう言えばアリスは右の二の腕に魔法陣の様なタトゥーを彫ってたっけ。央人でも一部の地域では盛んにタトゥーを彫るところもあったよな、確か。土人や獣人とかかわりが深いところに、そういう文化が多いって聞いた事があるな。
「あー、そういえばそういうのあったなー。ハカ? あれ、ペアだったっけ」
「ハカ?」
「あーごめんね。前にいたところにもあったの。部族の戦士の象徴とか女性の美しさを表す……とかだったかな」
「そうなのですか。ガリシアのタトゥーは、地龍ラピス様から頂いた祝福の紋様なのです。大地と人を結ぶ錬金鍛冶の加護を授ける『地龍の紋』なのです」
「へぇー。鍛冶の加護を授かりやすくなるってこと? ガリシアの人達はみんなこのタトゥーを彫ってるの?」
「いえ、男性は彫らないのです。ガリシア氏族に生まれた女性だけなのです」
「へぇー、そうなん…………」
会話の途中にアスカが不意に黙り込み、賑やかだった風呂場がわりのテントが急に静かになる。
「…………アスカさん?」
「………………えっ!? あ、うん、なんだったっけ?」
慌てた様子のアスカの声。
「……なんでもないのです。…………本当に、気持ちいいのです。ね、アスカさん」
「う、うん……気持ち……いいね」
なんだろう。アスカの声から、戸惑いや焦りが感じられる。
「あ、あのさ。このタトゥー、地龍の紋だっけ。これは、イレーネも彫ってるの?」
「はい。イレーネも同じ場所に紋を彫っているのです。それが……どうしたのです?」
「う、ううん。なんでも……なんでもないの」
「……? はい、なのです……」
その会話以降、バスタブに張った湯がちゃぷんちゃぷんと揺れる小さな音しか聞こえなくなった。




